あっけない結末

(前回のあらすじ)

 カノンとの剣戟の最中、ライガを食い止めていた近衛隊長が斃れた。息はまだあるようだが、救出は待ったなし。その近衛隊長を退けたライガが参戦してくる。


◇◇


「そう、これは宿命ってヤツだ」


 自分が吐いたセリフが気に入ったのか、金色の毛並みを返り血で茶色くそめたライガが、グルグルと喉を鳴らしながら上機嫌で近づいてくる。


「まるで絵巻物みたいじゃねぇか?」


 そう言うとピタリと俺に剣先を定めた。もう笑ってはいない。


 誰だよ? そんな物騒な絵巻物モンコイツに見せたのはよっ?!


 喉がゴクリと鳴る。

 知らぬ間に口の中がカラカラに乾いていたようだ。

「まぁそうだな。さしずめ売れない三文芝居くらいにはなるだろさ」

 掠れた声で答えてやる。


 盾にできる遮蔽物はないか? 『瞬足』を使って初撃をかわしたいところだが魔力の復活はどうだ?


 剣先で牽制しながらもギョロギョロとあちこちに視線を走らせ、ジリジリと後退する。

 本隊のところまで下がれれば、なんとかしのげるんじゃないか?

 と思って周囲を見回すとよほど集中していたんだろう。

 いつのまにか乱戦になっている光景と怒号が飛び込んできた。


「だぁっ!」

「押し切れっ、コウヤ将軍の元へっ」


「させるかよっ」

「サガン闘将の仇だぁっ」

 

 なんだこれ?


 乱戦の中にぽっかりと空いた二十メートルほどの空白地帯に、俺とカノン、ライガがたちが死闘を繰り広げていたワケだ。

 魔人軍の殿とライガの率いている部隊が、ゴシマカス本隊と俺を切り離すように壁を作って、こちらへの援護を塞いでいる。

 ちなみに、いつのまにか近衛隊長とリョウも回収してくれている。

 

「決めてくれぇっ、ライガの旦那ぁ」

「カノン殿っ、我らが(魔人軍のサガン闘将の側近たち)そこに行くっ。それまでコヤツらを貴殿の軍で――」


 ちょっと軍によって見解が分かれているようだが。

 

婿むこ殿ぉォォォ――ッ」

 あれはカイ(ナナミの父ちゃんね)だな。この人壁の厚さじゃ、さすがに突破できないか。


 呆然とあたりを見回し、目の前の二人に視線を戻す。俺が生き残って近衛隊長を救うには、この二人を倒すしかなさそうだ。


 グロォォォ――ウッ!


 ライガが鼓膜を裂くような咆哮を上げた。

 俺の右側へ流れるように飛び込みながら、大太刀を叩きつけてくる。 

 咄嗟とっさに右足を下げて、左手の海亀バックラーで受けながら後ろへ飛ぶ。

 バンッ、と跳ねられたように一瞬意識が飛んで体ごと持っていかれた。

 ゴロゴロと転がると、


「効くねぇ……」と立ち上がる。


「覚悟を決めたようだなぁ」

 

 ライガが大太刀を振り上げる。

 大雑把な構えの癖しやがって、こちらの仕掛けに合わせられるように柔らかく構えている。


「悪いが諦めは悪い方なんでね」

 体中が非常事態エマージェンシー警報音アラートをかき鳴らしていやがる。

 それでも俺は笑って見せた。

 それは……俺はある音を捉えていたから。空気を切り裂いて近づく、ヒューンッて音。


「ん……?」


 カノン・ボリバルが同じくその音を捉えたのか、ライガを引っ張って地に伏せた。


 スダダダダ――ッンンッ、とライガのいたあたりに着弾痕が巻き起こる。

 砂煙が収まると白銀の飛行跡を残して宙に駆け上がるドラゴンが見えた。


『コイチ……今はコウヤだったね。もう一回行くからシールドで防いで』

 スンナからの念話が届いた。


 ってバカッ、魔力切れだってのっ! シールド張るのも無理だからぁぁぁ――っ


 心の叫びは届かなかったよ。

 敵味方が入り乱れているところをキレイに避けて、俺たちのいた空白地帯にシュタタタ――ンンッ、と着弾痕が舞い上がった。


 おバカなの?

 俺がそこにいたって知ってたよね? それともワザとなのォォォ――ッ!


 そのまま飛び退って地に伏せる。

 味方に殺されるかカノンに殺されるかってだけで、殺されること確定なんですけどッ?!


 涙目になりながらあたりを見渡すと、呆然と空を見上げる魔人軍と、ライガの連れてきた雑魚モブたち。


「ド、ドラゴンだぁぁっ」


 そのうちの一人が武器を捨てて逃げ出す。


「ぐぬぅ……撤退だぁ! 撤退しろっ」


 黒い鎧をきた大柄な魔人が吠えている。

 それこそ蜘蛛の子を散らすように、“魔獣の森”へ駆け込んでいく。

 よく見ればスカイドラゴンのスンナが現れた時点で、ゴシマカス本隊は乱戦を解いて距離を置くように、後退したようだった。

 だからか……。

 敵味方の混戦中なら敵も狙い打たれることはない。

 だが目の前の敵が突然いなくなり、その直後にドラゴンが現れたなら逃げるわな。


「さて――どうする?」


 ミスリルの剣を地に突き刺すと、埃まみれになった戦闘服を叩きながらライガとカノン・ボリバルに向かい合う。


「抵抗しないなら命は助けてやる。だが、まだやる気なら容赦はしねぇぞ」


 スンナがね――もう俺は空っけつだもん。


「くっ……」


 カノン・ボリバルは周囲を見渡し上空を見上げる。

 真っ青な空に銀色の飛行跡をたなびかせ、スンナが再び旋回してくるのが見える。

 あたりにいたはずの魔人軍と、ヒューゼンの軍は“魔獣の森”へ逃げていき完全に取り残された状況だ。

 玉砕って性根タマじゃないだろう?


 さぁどう出るか?

 できることなら捕縛して敵の状況を知りたい。『災禍』の事をどこまで掴んでいるかとか、隠し球を持っていないかとか。

 だが予想に反してカノン・ボリバルは笑った。


「あいにくだな。貴様の思うようにはならん」


 そう言うと近づいてくるスカイドラゴンに向かって片手を翳した。


『遮断――』


 ボゥと一瞬あたりが闇に包まれた気がする。

 スンナを狙いやがったか?!

 させるかよっ。

 

 突き出した腕ごと切り落としてやらんと、カノンに駆け寄る。


 だが次の瞬間、目の前が真っ黒な煙で覆われた。

 煙幕を叩きつけやがったらしい。火薬のツンッとした匂いと目に染みるアンモニアの匂いが広がる。


「うげっ、グホッ……」


 両手をやっためたらと振り回して、煙幕を振り払っているとやっと視界が開けてくる。

 ご想像の通り、そこにはカノンもライガの姿もありはしなかった。

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