地を舐めろ

(前回のあらすじ)

 ムスタフ軍の十将サガンを斬り捨て、ライガも両断しようとした時カノン・ボリバルが割り込んできた。


◇◇


「悪いがこれ以上失うわけにはいかないのでな」


 大きく張り出した額に鋭い眼光。

 身長は俺よりちょっと高い――いや、ごめんなさい。見栄張ってましたカッコ汗。

 

 俺より十センチは高いその長身を、下から迫り上げてくるかのように俺の剣を受け止め、腰を落として睨み上げてきた。

 飛行服を着ているのは、先ほどコウから撃墜されてすぐにこちらへ駆けつけたのだろう。

 金色に光る目が、魔力で全身をブーストさせているのを示している。


 くっそ、面倒臭いのがもう一人出てきやがった。


 ライガがその背後でムクリと起き上がり、

「カノンッ、助かったぜぇ――あとはオレに任せろ」

 とカノンの後ろから殺気をビンビン飛ばしてくる。それを背中で感じているのであろうカノン・ボリバルは少し口角を上げた。


「ああ……任せるさ。だが、オレが一太刀助力してやろう」


 そういうとユラリと揺れる。

 いつのまにか俺の左側へ移行し、剣先を半月のように翻すとすねを狙ってきた。

 飛び上がってそれを避けると、流れるように胴を抜きにくる。


 コイツの嫌ぁなところは、その水流がごとき剣捌きだ。ライガの『剛力』や俺の『神速』のスピードと違う質の速さ。

 次の動作の起こりが全くないから予測して受ける動作がしにくい。


「ぐっ……」


 喉から声が漏れてしまう。

 飛び上がって足元の斬撃を避けた直後だ。身をよじるように体をひねりながら、カノンの剣と自分の胴の間にミスリルの剣を挟み込むのが精一杯だった。

 ガスッ、と剣が噛み合って火花が散ると、グリッと妙な音がした。

 無理な角度で受け止めたから手首を痛めたようだ。


「相変わらず(の剣捌き)だな?」

 余裕ぶってカノンに笑いかけるが、内実ヤバイんですよねぇ……。

 

 くっそ、ジンジンしやがる。

 そんな仕草をして、相手を勢いづけてやるつもりもないから、軽くバックステップで距離を取ってやる。


 魔力、神力の残りはどれくらいある?


 ふぅ――っ、スッ、スッスッスゥ――と鼻から息を吸っては細かく吐き出す。

 光陰流の奥義『息吹き』だ。


 ただ、不思議に当初より効果が高まっている。

 あたりから蛍のような光が湧き上がり、俺に向かって集まってくる。

 ふぅ――っ、スッ、スッスッスゥ――。

 

 それを二、三回繰り返すと、体に芯がシャンとなりカノン・ボリバルの動きが観えるようになってきた。おかしくした手首の痛みも引いていく。

 

 俺の身体の異変に気づいたのかカノン・ボリバルは皮肉な嘲笑を浮かべる。


「相変わらず化け物だ。だが所詮は強者の飼い犬――権力者のために自らをすり減らす輩だ」


「何が言いたい?」


「おまえも捨て駒ということだ」


「テメェの都合の良い解釈だな」


「『災禍』が過ぎれば、弱者はほとんど生き残れまい。残された強者は次の搾取する相手を求める。

 王国は常ににし続けるこの世の癌だ」


「だから滅ぼしたいってワケかい?」


「違うな……滅びるべくして滅びる。オレはそのあと推しをしてやるだけだ」


「事情は違うかもしれんが、変える努力を放棄しただけだろ?」


「獣人がか? 誰も相手にせん。力を持ってコチラの言うことを無理矢理聞かせぬ限りはな」


「話せないなら力ずくか? ただのゴロツキと変わらねーわ」


「知らぬ者はなんとでも言える。滅んでから身をもって知るが良い」


「くだらない戯言ってか? だがそれは理想を掲げるおまえが言ってはダメだろ?」


が言うか? 戯論たわごとに反吐が出そうだ」


 獣人との融和を怠ってきた王国のツケか、獣人を見下す見当違いな教育の成れの果てが、歪みまくったコイツらだ。


「そうやって捻くれてれば誰も相手にせんわな。哀れなヤツだ」

 

「……そうか? お膳立ての上で踊って来たおまえに哀れまれるほど、安い生き方をしてこなかったつもりだが?」


「違うな――おまえは所詮は過去の恨みつらみから、国をぶっ壊そうとしただけだ」


 要するに“若気のいたり”ってヤツだ。『我が身が至らずに思い至らず』って――。


 

「俺がおまえらの思いを伝えてやるよ。だからここは大人しく引け」

 ヤツらは魔人軍の助っ人に過ぎない。だから離反を誘ったわけだ。

 意に反してカノン・ボリバルが嗤った。


「知っているか? その場しのぎを繰り返すヤツは躓くだけで転げ落ちる――それがゴシマカス王国だ。

 もうすでに躓いているじゃないか? それも国王自らが蒔いた種でな」


 もう無駄口はここらで良いだろう――と腰を落とし剣先をピタリと俺に定めた。


「シッ」

 短い気合いとともに互いの距離が0になる。

 

 キンッと交わす刃が火花を散らし、身にまとう空気がヒリヒリと焼け付くように熱くなっていく。

 高速で交わす剣が、互いに打ち付けあって鍔迫り合いになると、カノンは腰を低く落としこちらを押し上げると脚を払ってきた。


「のわっ!」


 バランスを崩して転げそうになるが、鍛えた体幹が踏ん張ってくれて持ち堪える。だが、その隙をつくように半身になった俺の腰を目がけ剣が振り下ろされてきた。


「ぬっ?!」


 肘を折りたたんで、ミスリルの剣をぶつけ勢いを殺すもキンッ、と弾き返され腰に衝撃が走る。 

 胴巻きと鎖帷子をつけていなければ今頃腸をぶちまけていたところだ。


 カノン・ボリバルは弾かれた剣をツイッ、と上げるとそのまま左袈裟に振り降ろしてくる。

 慌てて体制を立て直すと、右手に持った剣を振り抜いて弾き返した。


「無様な剣だな。よほど(鍛錬を)怠ってきたと見える」

 すぅ――っと目を細め、無風の湖面のように静かに表情が消える。

 

 俺は正直驚いていた。以前戦った時よりも数段腕を上げている。獣人独特のしなやかな体捌きはもちろんだが、重心がブレることなく剣を振るうようになっている。

 そんな俺の顔色を見てカノンは少し口角を上げた。


「地を舐めろ」

 

 ユラリと揺れるように身体を屈めると、風のように斬り込んできた。

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