これ以上失うわけにはいかないのでな
(前回のあらすじ)
ムスタフ軍の十将サガンを相手取っている間に、ライガから急襲され挟撃されてしまう。
◇◇
横凪に一閃――。
俺のミスリルの剣はムスタフ軍の十将サガンの
だが、左手の自由を奪うことはできたものの、剣先を肘で
「流石と言ったところか……?」
左手がダラリと下がる。
「だが、視野が狭いな」
余裕こいて嗤うヤツの目線を辿ると、金色の虎が姿を現した。
「ありゃねぇ〜ぞっ!? デバフはねぇだろ?」
まるでジャンケンでズルしたみたいに吠えるコイツ。あちこち斬られたのか流血で茶色くなっている。
「テメェがいたからガキは見逃してやったぞ?! 結構斬られたから
上機嫌で訳の分からないルールを押しつけてくるコイツ――ライガが無くしたオモチャを見つけたように笑っている。
おまえどこ目指してるんだよ? 最悪? 災悪だよ、おまえはよ。
「二人相手で五分? ふざけすぎだろ……」
もう、コイツに構っていたら命がいくつあっても足りないのではなかろうか?
俺の引き出しは全部ヤツは知っている。
目の前のムスタフ軍のサガン君でさえ、スケールダウンしたライガクラスはあるってぇのによぅ。
どうせ堅いこと言うなよって言うんだろ?
「堅いこと言うなって――「ふざけんなっ!」」
闘気を全身に纏う。
もうここまで来たら理屈じゃない。
考える時間があれば剣を振るわなけりゃ死ぬだけだ。
「「「ウォォォォォ――ッ」」」
三匹のケダモノが吠える。
生き残るために、己の全てをぶつけて斬り抜けなければ、その次はない。
『亀――神速っ』
リクエストを念じると、あたりの景色はモノクロの線に変わる。
俺に合わせるように二人も
空気がねっとりと粘度を帯びる。
空気抵抗を感じるほどの高速の動きへと変わった証拠だ。
ライガが右袈裟に斬り下ろしてくるのに合わせて、サガン君が俺の退路を塞ぐように右片手に持った太刀を突き入れる。
サガンの突き出した剣をミスリルの剣先で逸らし、ライガの右袈裟を左手のバックラーで軌道を左下にそらす。
サガン君が剣を引き戻すのに合わせて、手首を返し体の回転だけで斬りつける。
シュッ、と絹を裂く様な風切り音が後から追いかけてくる。その切っ先が僅かにサガンの兜を削った。
「ぬおっ!」
パンッ、と火花が散った。
掠めただけとはいえ、音速で振り抜かれた剣だ。散弾銃を喰らったくらいの衝撃はある。兜が跳ね上がるのを見て的をサガンへ切り替える。
狙いは足元だ。
視界が跳ね上がった今、完全に死角になってるはず。
シ……ッ! 食い縛る歯の隙間から短く気合いがもれる。
腰をグッと落とし、脛と言わず腿と言わず斬りつけた。
「クッ、グッ」
サガンの喉の奥から漏れる声。
鎧の脛当てが吹き飛び、鮮血とともに鎖帷子がシャンッ、と飛び出した。
高速戦において脚をやられるのは致命的だ。
傷ついた右足を持ち上げ、バックステップで回避しようとする。
そのまま切り取ろうと詰める俺の背中から、グォォォォ――ッと咆哮が上がった。
「おまえの相手はオレだろうがぁぁぁぁ」
背中から斬りつけてくる刃を転がって避ける。全方位視線――『神速』の俺が見える視線は三百六十度に及ぶ。でなければ『神速』で動いた先に岩でもあれば木端微塵だ。
常人であれば俺が消えたように覚えるであろう回避のスピードに、ライガが着いてきている。
ヤツなりに前回の敗北からスピード負けを自覚し、『金剛』と『剛力』を強化してきたらしい。
チッ――思わず舌打ちしたくなる。
あとどれくらい
もってあと五分。
その間にこの二人のバケモノを相手しなくちゃならない。
「ムスタフ軍が十将っである限りっ、手足をもがれようとも貴様を――!」
自由の効かない左手を、手にした大太刀に巻き付け腰だめに構えると、もう倒れそうな前屈でゴム毬のよう縮んだ。
「死ねっ」
禍々しい呪詛を吐きながら“神速”の空間にいる俺でさえ見失う猪突をしてきた。
ブンッと空気が揺れる。
『亀――』
それ以上のリクエストが思いつかない。“必死”ってこんなに怖いものだったのか?
その身体ごと弾丸と化したサガン君が飛び込んでくる。
『神速……ブースト』
耳慣れない声が頭の中にひびく。
それが誰か? は知っている。コイツはきっと……。
神力に魔力が加算された。それも信じられないくらいの。
あたりの時間が止まった。
“必死”の形相で突っ込んでくるムスタフ軍のサガン君でさえ、水の中で必死に歩を進めるがごとくゆっくりとした突進へ変わっている。
「だ……ぁ……ぁ……ぁ……っ」
ライガが背中から斬りつけてくる。
その剣先が届くより
着地と同時に振り返り、行き違いになったサガン君の背中を割る。
魔力を纏ったミスリルの剣は、まるで豆腐を割るより容易くその鎧を真っ二つにした。
ライガを見ると、すでに斬り上げのモーションに入っている。
その軌道を読み切ると、斬り下ろした剣を合わせる。……キン……ッと火花を散らし、ライガの大太刀が撥ね上げられた。
「な……ん……?!」
ライガの目が驚きに見開かれる。
ライガの剣を跳ね上げた剣先を返し、スルリと一歩踏み出すとライガの面に振り下ろした。
これでテメェとの因縁も終わりだ。
そう思った時、ライガを突き飛ばし割り込んできた黒い塊が、俺の剣を受け止めた。
ガシャンッ、と重い金属が潰れる感触と、岩でもぶっ叩いたような反動で手が痺れる。
そこで『神速』は解除され、ズサッ、「グォっ」キンッ、とこれまでの音が追いかけてきた。
「誰だ?!」
俺の剣を両手持ちの剣で受け止めている黒い塊。
「悪いが割り込ませてもらうぞ。これ以上失うわけにはいかないのでな」
総髪を後ろに束ねたカノン・ボリバルがそこにいた。
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