引き際

(前回のあらすじ)

 崖の上を制圧にきた魔人軍。コウヤは『神速』の技を使って退けた。神力を使い果たし、気を失ったコウヤが目覚めると、本隊の一万の軍勢とコウが彼を待っていた。


◇◇


「コウヤ将軍ッ」

 駆け寄ってくるサンガ少佐に、大丈夫だ――と軽く手を上げて応える。


 心配しましたぞ――と、ここでも叱られそうなので努めて冷静に

「心配かけて申し訳ないです。包囲したんですか?」

 急に真面目な顔になって丁寧に話を逸らしてしまう。

 

 うん。こうした方が怒られる時間が短いのを俺は知っている。

 伊達に社畜だったわけではないんですよ。

 ふふふ……。


「戦況図を」

 と、渡されたそれをサンガ少佐は手に取ると、簡単なさわりなんですが――と作戦会議が始まった。


「崖下に向かって攻撃を開始したら、コウさんと飛竜スカイ・ドラゴンのスンナで上からの攻撃を。上下の挟み撃ちに会えば、視界を塞ぐ森の中へ逃げるしかないでしょう。それを追撃し――」

 と示す先には入り口の空いた魔口ダンジョンがある。


「ここまで追い込みます」と、

 トントンッとタップする。そのためにそちらに一番近い方角の包囲網の一部をわざと開けている。


 その魔口ダンジョンはすでにムスタフ将軍に抑えられていた入り口の空いている魔口ダンジョン

 ムスタフ将軍の本隊が行方をくらましていた先がココだ。撤退する先はここしかない。

 

「だがそのまま魔口ダンジョンに立て篭もられたら、手が出せねぇんじゃねぇの?」


「それで追撃は終わりです。殲滅より避難を優先します。我らは第二の魔口ダンジョンまで敵の前を横切りそこへ避難する、それがゴールです」

 と、指さした先には入り口が塞がれた魔口ダンジョンが。


「魔人軍の横を突っ切る形になるよな?」


「そのために私が来たんだ」

 とコウが口を開く。

 

「スカイ・ドラゴンのスンナと私で牽制する。中央軍と右軍は大人しく見ていてもらうさ。オキナはそこまで見通していた」

 

 ちょっと微笑んでやがる。思い出し笑いか?

 けっ、お熱いことで……。


「もっともコウヤ、おまえが一人で魔人軍へ突っ込むなんて無茶は予想していなかったけどな」


 おっと? 風向きが怪しくなってきやがった。


「万事了解した――で? 俺は何をすれば良い?」

 途端に眉を顰めたシリアスモードの顔を作る。

 

「「「何もしないでくださいっ」」」

 

 一斉に振り向いた将校たちの顔が怖い。

 

 えっ? なんで……?


◇◇ムスタフ軍Side◇◇


「くっ! 次から次とっ……」


 いまいましげに十将が吐き捨てる。

 崖の上から雨霰のように火山弾ボルガニックが降り注ぎ、次々と戦力が削られている。

 魔導官の展開するシールドもブルブルと震え、今にも弾け飛びそうだ。


 ムスタフ・ゲバル・パジャ将軍は特殊なシールドに守られながら、渓谷に降り注ぐ火山弾ボルガニックで赤黒く染まる中空を睨み、腕組みをしながら戦場を見ていた。

 もちろん十将がその周辺を固めているが。


「ガァッ!」

「ぐぉっ」


 シールドの隙間をくぐり抜けて着弾する火山弾ボルガニックが、河原の石を吹き飛ばし巻き込まれた魔人が宙に舞う。 


 敵の本隊との合流を許してしまった。全てはそこから始まっている。

 だが、失地を取り戻す策はまだある。

 

友軍ライガの部隊はどこにおる?」

 十将の一人サガンを目付けとしてつけている。彼の撹乱次第で戦局は変わる。


「それが……行方がわかりません」

「そうか――」


 頭を抱えたくなる。

 撹乱すらできぬか? そもそも友軍など当てにしていたのが間違いであったか?

 

 敵将コウヤの所在は崖の上に派遣した部隊からの信号弾で判明した。

 だから第一部隊の全てをそこへ送り込んだのだ。だが、勇者コウヤの戦闘力を見誤っていた。

 

 単身で……?

 百を超える精鋭を? あり得ないだろう?

 

 囮と撹乱を意図して投入した友軍も。

 あの虎の獣人と十将のサガンまでもが行方不明とはの――。


 

 戦場に例外はない。

 ちょっとしたことで死ぬ――それは魔人軍である限り覚悟はしている。が、ムスタフは出来うる限り戦死した魔人の家族には文を送っていた。


『彼はとても勇敢だった――』で始まるムスタフの手書きの文は、戦死者の家族の傷を癒やしてきた。

 それは贖罪でもあり、生き残った者たちへのメッセージのつもりでもあった。


『彼らは勇敢な戦士であった。その犠牲を無駄にすること無かれ。願うわくは残された家族たちが安息の日々を送れるように我らは――』

 その続きがある限り、我らは手足がもがれようとも。それが……。


「ムスタフ将軍っ、スカイ・ドラゴンが!」


 白銀の尾を引いて巨大な魔力が近づいて来る。――もはやこれまでだ。

 

「撤退じゃ。森の中まで軍を退げる」

「な、なんと? まだ第二将サガンと友軍のライガ殿が」

殿しんがりを残して合流させよ。森の中まで後退する。視界の開けたここでは(スカイ・ドラゴンの迎撃は)無理じゃ」


「ですが――!?」

「無念だがこれ以上は無駄に戦力をうしなう」

 ムスタフの言葉に十将筆頭がら言い募る。

 

「私が出ますっ、私の軍団を囮にして……「無駄じゃ。無駄死には許さん」――なぜですか?! 敵将コウヤを討ち果たせば、戦局は覆せますっ。」


「敵将がもう一人増えた」

 とスカイ・ドラゴンを検知した方向を指差す。


「コウヤを討ったところで戦局は変わらん。ドラゴンを使役するものが、ただのテイマーだと思うか?」

 無念の思いは痛いほど伝わってくる。


「見誤るな――引き際も束ねる者のつとめだ。次の勝利を得るための布石と心得よ」

 そう告げると、筆頭の顔がムスタフへ向き直る。


「必ずや――必ずや敵将を討ち果たして見せます。この屈辱は倍にして敵将コウヤに」

「そう言うことだ。グズグズするな。戦力を無駄にうしなう意味はない」


 ムスタフ将軍に頷いた筆頭が走り出し伝令に信号弾の打ち上げを命ずる。


「森の中まで後退するっ、殿しんがりは我らが引き受けるっ。後列から順次後退せよッ」

 後退と告げたのは彼なりの矜持であり、無敵を誇ったムスタフ軍の矜持でもあるのだろう。


「森の中まで後退っ」

「森の中まで後退ーっ」

「森の中まで後退――っ」


 復唱が終わると黒い鎧の軍勢は森の中へ消えて行く。

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