キレてない?

(前回のあらすじ)

 アイアンゴーレムの罠も食い破られ、包囲のための渓谷へ布陣した部隊にも魔人軍が襲いかかった。だが時間がないのは魔人軍も同じ。ムスタフ将軍は友軍に助力を要請する。


◇◇魔人軍ムスタフ将軍目線です◇◇


 後方から迫ってくるゴシマカス本隊――その前に渓谷の崖の上の両脇に布陣する包囲網を食い破っておきたい。


「友軍どの……出番ですぞ」

 そう声をかけるとのっそりと巨大な影が天幕の中に入ってきた。

 ヒューゼン共和国から派遣された“誰よりも敵将コウヤと戦った男”と聞く。

 得体の知れない敵将コウヤと、交えた刃の経験に賭けるのも悪くない。


「待ちかねたぜぃ?」

 そう言うと巨大な虎の獣人は笑った。


「ライガ殿、今こそその剛腕を奮ってもらわねばなりません。ご準備いただけますかな?」


「難しいこと言うなって。コウヤがいたんだろ? ぶっ叩いてくるぜ」

 なぜか喜色満面の笑みを浮かべている。

 ヒューゼン共和国に属する前から敵将コウヤとは因縁があったと聞くが……。

 

 第二空挺大隊の中でもむしろ魔人寄りな考え方に、彼らと友誼を結んだ小隊長バカも多い。友軍ほど警戒せねばならぬと言うのに。


「叩き方もあるでしょう? 作戦を聞かせてもらえますかな」


 彼の部隊は、ほぼ山賊と獣人で構成されている。

 その数百名。常時であれば鼻もかけない少数だが、ゲリラ攻撃をさせるにはうってつけだ。


「ん? ぶっ叩いてぶっ殺すだけだが?」


「ほ、ほう……? どうぶっ殺すつもりなのかを聞きたいのですがな?」


 なんだ? そんなことわかんねぇのか? と、牙を剥き出して戦況図をトンっと叩く。


「ここから(森へ回って)コウヤの後ろに回るだろ? んで、ドンッてやるんだ」


 むぅ……ともかく回り込むつもりらしいのぉ。

 この手のバカは陽動にも使える。生半可な作戦を立てて指示するより、陽動として使った方が良さそうだ。

 

 チラリとライガに目を向けると、

「期待しておりますぞ、ライガ隊長殿。連携を取るためにも十将が一人サガンとその部隊をおつけしますが良いですな?」にこやかに笑いながら肩に手を添え左手で手を握る。


「あんた、いいヤツだな? 任せろって」

 ガハハハ――ッ、と笑いなら天幕から出ていった。


「良かったのですか? あのような得体の知れぬ獣人などを使って? 万が一手柄を取られては……」


「なに、そのためにサガンをつけた。敵将コウヤ以外はくれてやれば良い。その間に我らは後ろ(ゴシマカス本隊)に備えておかねばならん」


「なるほど。後ろへの備えに前を掻き回しておいてもらうお考えですか――挟撃を避け、隙を見て敵将コウヤを討つおつもりで?」


「その通りだ。斥候も出しておけ」

 最悪、退路の準備も――。これは口にはしていないが、十将筆頭ともなると阿吽の呼吸で了解しているようで、

「御意ッ」

 素早く天幕から出ていく。


「さて、切所せっしょだの……」

 そう呟くと戦況図に見入ってしばらく思索の淵に沈んで行った。


◇◇コウヤ目線です◇◇


「見参っ!」

「見参ーっ」

「見参――ッ」


 黒い鎧を纏った魔人が、次から次へと崖の縁から躍り出てきやがる。


「「撃てっ」」


 隙間なく弾幕を張って押し返そうとするが、特殊な鎧と自前のシールドでダメージはない。

 光の矢ライトニングを撃ちまくっているのに、あっという間に盾兵まで上がってきて拠点を築きやがった。


「コウヤ将軍っ、ここは我らに任せて、本隊へ合流して下さい」

 熊族のモンが盾兵を指揮しながらこちらを振り向く。

「バカ言ってんじゃねぇよ。もうすぐ森の奥の一万と、本隊が合流すんだろ? それまで俺が踏ん張らなきゃどうすんだ?」


 そんな言ったって……。

 モンが口をつぐむのも、もう盾兵も持たないくらい敵の光の矢ライトニングが降り注いでいるからだ。


 近衛隊と獣人部隊を合わせてもここにいる戦力は五十名。あと残り森の反対に配置した一万は到着が遅れていた。


『くれぐれも数的有利を作ってから……』

 と忠告してくれていたオキナのアドバイスを無視して攻撃を開始したのは俺だ。


 こちらが奇襲を開始する時間には森の反対側に潜ませていた一万が合流するはずだった。

 だが、予定の時刻を過ぎても後続は現れない。


『合流が遅れて勢いをとりも出される方がまずい。――だろ?』

 と強引に奇襲を仕掛けたのは俺の独断だ。


 だって本隊に全力で向かわれたら……ヤバくない?

 

 って、その前に俺がヤバくなった。

 ――どうすんべか?

 

 そうです。

 今に後発が来る――なんて思っていました。

 だってそういう作戦だったんですもの。


 ところが裏切りが出やがった。

 思えば後発は貴族の属軍だ。言わばゴシマカス王国の貴族だから、国王の部下の部下。直属は五大侯の一つだから選民意識が半端ない。

 数合わせで嫌々出てきた連中なんだろう。

 サボタージュって言葉がこちらにあるかは知らねーけど。

 我が身かわいさでサボりやがった。


「わかったって……俺はバカだよ。

 でもなぁ、都合が良くなったら合流しようってバカよりはマシだ。

 ましてこのまま俺がやられるって思っているバカどもにも腹が立つっ」

 鞘に収めていたミスリルの剣を引き抜く。


「し、師匠っ落ち着いてっ」

 リョウが後退りながら目を見開く。フラグって意味がわかって言っているようだな?


「全く、どいつもコイツも……」

 怒りに全身の魔力が循環し、足下の地面がドンッと沈む。


「俺を舐めやがって」


 リョウが目を瞑った。もう、知らないッスよ――と言いだけじゃねぇか?

 なら好きにするさ。


「盾兵っ、獣人も全部退けっ。魔人の百人や二百人なんぞぶち殺してやらぁぁ――っ」


 一瞬、俺の闘気に当てられて静かになる。だが、その二秒後。


「「「敵将コウヤ発見っっ!」」」


 見たこともない数の信号弾が打ち上がり、崖下から躍り上がった魔人軍がこちらに押し寄せてくる。


『魔練鉄心――っ』

 全力で魔力をかき集め、全身に行き渡らせる。闘気、神気、魔力のすべてを練り上げた。


「テメェらっ、覚悟しやがれっ!」

 そう叫ぶと神速で押し寄せる魔人軍に突っ込んでいく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る