ミズイ戦線⑧ 試練のとき

(前回のあらすじ)

 スタンピードを利用して緒戦を制したコウヤたち。

 追撃の許可を取ろうと、オキナへ連絡すると『災禍の予兆が観測された』と禍々しい情報がもたらされた。


◇◇


「災禍の予兆って……? 天変地異が始まるってことかい?」


「そうだ。どうやら『ドラゴンズ・アイ』が発動したらしい」

 先ほどのおかしみをこらえるような顔と打って変わり、沈鬱な面持ちとなる。


「あとどれくらいで(天変地異が)始まる?」


「おそらくひと月ないくらいだろう」


 こりゃぁ……。


「で? どうする?」


「これ以上味方を削られることのないように、ヒューゼンと魔人軍に『災禍』が迫っている情報を送りつけ、休戦の申し入れをして時間を稼ぐつもりだ」


「そりゃ無理な話だ。

 ハナからアイツら信用しねぇよ。ヒューゼンと魔人軍はグルだぜ? 勢いづいて攻め込んでくらぁ」

 

 あきれて背もたれに体を沈みこませる俺に、引き締められたオキナの唇が歪んだ。


「すでに敵はこの事を知っていたと思っていい。

 『ドラゴンズ・アイ』を発動させたのはおそらく……いや、間違いなくヒューゼン共和国とウスケ陛下だ」


 なん……だと?

 

「ヒューゼン共和国に潜り込ませている諜報員スパイから『国民がシェルターへの避難を始めた』と報告があった。

 それと時を同じくしてヒューゼンは国境付近まで下がり始めている。

 発動したのはヒューゼン共和国――

 そして選択のドラゴンズ・アイを発動したのは、ウスケ陛下に間違いない」


 “選択”と“発動”。

 ドラゴンズ・アイが二本に分かれているのは、片方が暴走して“発動”しても、もう片方が止めに入れる仕組みだ。

 片方が発動するともう片方が点滅し、“発動するか?”の意思を問う。


 どうやら追い詰められたウスケ陛下が“選択”のドラゴンズ・アイを発動。

 それを知ったヒューゼンが“発動”のドラゴンズ・アイを起動させ『災禍』でゴシマカスを滅ぼそうとしている――って事らしい。

 魔人軍と共闘したのはそれを隠すためのブラフだ。


「ヒューゼン共和国と共闘している魔人軍もそれを知っているはずだ。

 つまり、は『災禍』が訪れることを知っていた。

 魔人軍とヒューゼンが打って出たのは、ゴシマカス軍を避難させる事ができないところまで引きずり出す策略だったんだ」

 

「魔人軍は俺らと心中する気でここにいるって事か? そんな馬鹿な話があるもんか」


「魔人軍は問題なく戻れる位置だ。ヒューゼンはさっき言ったとおりだ」


 なんで今まで気が付かなかった?――と言いかけて、言葉を飲み込んだ。オキナだって人がいないなかパンク寸前で走ってたんだろう。


「逃げ道あるの?」


 釣り出されたのは俺らだった?

 

 詰んでたんだんだ――。

 そう思ったとき思考は停止し、オキナへすがるように尋ねていた。


 どうすりゃあいいんだ?

 

 王都まで一ヶ月以上かかる距離だ。今さら後退してもその前に『災禍』に見舞われる。

 後退できたとしても二万の兵が避難するところなどない。

 

「軍を魔口ダンジョンへ避難させられないだろうか?」


 へ?……魔口ダンジョン


 しばらく空いた口が塞がらない。


 魔口ダンジョンだと?


 何を言ってやがる。

 確かに魔口ダンジョンの中ならば、地上とは別世界だ。

 『災禍』でどんな天変地異が巻き起こっても影響しないし、二、三万人くらい収容できるかもしれない。

 

 だが、そこには魔口ダンジョン産の魔獣やらゴーストやらがひしめいているはずだ。

 そいつらを攻略し続けてひと月暮らせっていうのか?


「天変地異の地上よりマシって言いたいんだろうが、そっから魔人が出入りしてるんだぜ? 魔人とモンスターを相手に戦いながら、災禍が過ぎるのを待てって言うつもりかよ?」


「いや、そうじゃない――第一次、第二次侵攻の際、徹底的に調査したのだが魔人の出入り口は、一箇所の魔口ダンジョンに限られている」


 だったら他の魔口ダンジョンは大丈夫って言うつもりかい?!


 頭痛え――と呟きながら、

「うん、可能性としてはなくはないわ。無くはない……んだが、ふざけんなって感じかな? 兵站飯や水はどうすんだ? 今の手持ちの分だけなら三日で干上がってしまうぞ?」

 と一番気になったことをたずねてみた。『災禍』が始まれば補給は絶たれる。

 魔口ダンジョンのような極限状態に放り込まれて、補給を絶たれたら寄り合い所帯の軍なんか簡単に崩壊する。


「そこも考えてある。マジックバックは知ってるだろう?」

 よくある小さなリュックにびっくりするくらい入るアレだ。だが、義勇軍とミズイの軍合わせて二万人分だぞ?


「それを送る」


 おいおい――詳しくは知らないが、確か防災サイトで見たことがある。


 一人当たり水だけで一日二リットルは必要となる。それに、乾パンで凌いでも一日三百グラム。その二万人分のひと月……百八十トンになるぞ?

 約二万トン分の水や食料を入れられるマジックバックだぞ?


「二万トン分入るマジックバックがあるワケが、「あるよ」って、あるのかよっ?!」

 

「――ある。これは信じてもらいたいのだが、運搬費を十年対比で出して、マジックバックの購入を勧めたのは、私だからな。君の返事に関係なく準備は進めている」


「水と乾パンだけの話だぜ。その他にも――「非常食でひと月ぶん用意してある。

 あると言っても、過酷な世界で生き延びてもらわねばならないから聞いているんだよ」……ってわかっている上での話ってか?」


 要するにするか? しないか? って話なんだよな?


「キッツイぜ……」


「ここまで追い込まれるまで敵の策略に、気が付かなかった――すまない」

 そう言って黙り込む。


 頼む――と言いながらさらに眉を顰める。


「他にもあるんだろう? 言っちまえよ」


「災禍そのものを潰せないだろうか?」


 ナ・ン・デ・ス・ト――?!


 固まってしまったのは俺のせいじゃない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る