ミズイ戦線⑦ もたらされた災い


(前回のあらすじ)

 敵将ムスタフ・ゲバル・パジャ将軍の奮戦により、スタンピードは殲滅された。


 ◇◇コウヤ目線です◇◇


「スタンピードが消えた?」

 

 信じられない報告に仮設のベッドから飛び起きた。

 

『サンガ少将が呼んでいる』

 伝えにきてくれた少年兵が、泥のように眠る俺を揺り起こした第一声がそれだ。


 そんなバカな話があるもんか。五万のスタンピードだぞ?


 対応を誤れば一国が滅ぶ――以前スタンピードを退けた記録によれば、高い城郭から大規模な魔法を打ちまくり、相当な犠牲を払いながら撃退したという。

 

 いくら魔人とはいえ、今回のように身を隠す所のない平地で襲われれば雪山で雪崩に遭遇するようなものだ。

 ひとたまりもなく飲み込まれてしまうはず――それが全滅?

 

 時刻はまだ朝の五時ごろなんだろう。

 完全に空け切る前の薄明かりの中、手早く着替えて物見台まで駆けていく。

 

 魔獣の森を背に一万の軍容が展開されている。残りは魔獣の森の裏手がわ。

 昨日の騒ぎにほとんどの兵や将校が起き出して、装備の点検やら点呼がもう始まっていた。

 そんな中を俺が走っていくものだから、何事か? と怪訝な視線が集まってくる。


◇◇


 物見櫓ものみやぐらによじ登ると、サンガ少佐が双眼鏡を手渡してくる。


「あの轟音の中、よくお休みになれましたな?」

 揶揄からかうくらいの余裕はあるようだ。


「すまねぇ。気がついたら今――みたいな?」

 決まりが悪くて頭をガシガシかきながら、手渡された双眼鏡を覗き込む。


「信じられないことですが……。どうやらあのスタンピードを」

 手渡された双眼鏡を覗き込んで言葉を失う。

 ♾の縁取りに切り取られた景色は、点々と地に臥した魔獣と血に染まる魔人の一団が引き上げていくそれだった。


「なんなんだ? あいつら……」

 呆れてこぼれ落ちた独り言に、サンガ少佐は肩をすくめる。


「どうやら魔人の壁を作り、囲い込んで殲滅したようです。ここまでアヤツらに死力を振り絞らせるとなると……どうやら相対している敵将は、ムスタフ・ゲバル・パジャ将軍かと」


「誰だい、そりゃ?」


「コウヤ将軍がご存じないのも無理はありません。あれは第一次侵攻の時名を上げた武将でしたからな」

 そう言ってしばらく唇を横に引き締める。


 たっぷりと間を空けて、サンガ少佐が語り始めたムスタフ・ゲバル・パジャ将軍の逸話に、身の毛がよだった。

 

 曰く、とり囲んだゴシマカス軍に休戦の使者を装いった魔人を送り込み自爆させた。

 曰く、自ら打って出て金属兵を引きつけては大規模な火炎魔法で焼き尽くした。

 曰く、捕虜に爆発魔法を付与して突っ込ませてきた――などなど。


 なんだい? そりゃぁ……ヤッベェのが出てきやがった。

 

「なり振り構わないヤツってことかい?」

 おそらくは……と、言葉少なにサンガ少佐が頷く。


 少々魔人軍を甘く考えていたらしい。

 そんなクソ野郎を相手にするのだ。スタンピードが少しでも戦力を削っていてくれたら良いんだが。

 

「(スタンピードで)戦果はどれくらい稼げた?」


 交代で詰めている軍監の報告では死者およそ一千、戦闘不能な戦傷者が四千くらいだろうとのこと。


「もうちょっと削ってると思ってたんだがな……」

 思わず渋面になり鼻頭を掻く。

 

 魔人軍全体から見れば一割ちょい。すぐに補強してくるだろう。


「ですがこちらが戦力を保持したまま、ダメージを与えられたのは大きいですぞ?」

 サンガ少佐が双眼鏡を俺から受け取ると、戦地を見渡しながら告げる。

 

「なんにしろ早めに追撃しときたいな。回復のヒマを与えたくねぇ」


「早速次のフェーズへ行きますか?」

 

「速攻で仕掛けたい。全軍に準備させといてくれ。

 事前に千人将以上ですり合わせといこう。本陣に集めといてくれよ。あ、それとリョウもな。

 本部への報告は俺がやっておくよ」


 本格的にぶつかる前にスタンピードの戦果と、このまま“野伏の計”を仕掛けることをオキナへ報告しておきたい。

 敵さんも追撃してくることくらい予想してるだろうし、前夜誘導されてスタンピードに襲われたばかりだ。

 簡単に釣れてくれるかどうかも疑わしいが、激戦は覚悟の上だ。ミズイの領都オーラン・バータルに魔人軍が届く前に、削れるだけ削っておきたい。


 ナナミやかぁちゃん、義母ナナミママ(カイの奥さんね!)キタエは王都ド・シマカスへ避難させているが、ここミズイを抜かれるとウスケ陛下が頑張っているゴシマカス神国(旧ブホン)がある。

 コイツらが手を組むとなると、その後ろにある王都ド・シマカスまでは一週間で到達してしまう。


「オッチャン(通信兵のことをそう呼んでいた)本部へつないでくれよ」

 本陣の天幕へかけ戻ると、王都ド・シマカスの作戦本部へ繋いでもらう。


「さてと……。オキナはさすがにいないよなぁ。まだ六時くらい? だしな」

 交代で伝令くらい詰めているだろう。

 手短に戦果の報告と追撃を報告して折り返しを待とうーーーと思っていると、いきなり冷涼な微笑みを浮かべるオキナにつながった。


「コウヤ将軍、ずいぶん早起きだね」と第一声。

 

 いつものようにピンッと一本の筋が通っているような姿勢に、可笑しみを堪えている笑顔を浮かべている。

 だが、目の下には隈が浮かび綺麗に整えられている頭髪に少し乱れた跡がある。


「宰相もお早いお目覚めで?」

 軽口で返してやるがなんか変だ。


「っつうか寝てないだろ? どした? なんかあったのか」

 オキナはキラリと光る白い歯を見せると、おかしそうに笑った。


「魔人軍にスタンピードをぶつけといて何かあったのか? はないだろう? 大ニュースだよ。そんなことができるのは君くらいだ」


「あれを考えたのはリョウだ――俺はその手助けをしただけに過ぎねぇ。そんなことより、これから追撃に入ろうと思っている。弱っている今、叩くつもりだ」

 そんでもって――と言いかけオキナの顔が硬くなったのを見てやめた。


「……何か戦略上まずいのか?」


「このゴシマカスの遥か上空に魔眼が配置されているのは知っているだろう?」


 あの静止衛星みたいなアレ?


「そこに災禍の予兆が観測された」

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