ミズイ戦線 『災禍』の正体

(前回のあらすじ)

 災禍そのものを潰して欲しい――オキナからの依頼に固まってしまったのは俺のせいじゃねぇ。


◇◇


「どう言うことだ?」

 

 しばらくフリーズしていた頭が、やっと再起動したんで聞いてみた。


「――なにを言っている?」


 ずいぶん間抜けな顔になってるんだろうな……。ぼんやりそんなことを考えながら、オキナを見つめる。


「おそらく今回の『災禍』は大規模な台風を操るもの――ではないかと思うんだ」

 

 これを……と、オキナから切り替わって映し出されたのは、地上から遥か遥か上空の“魔眼”から映された大きな雲の渦だった。


 画面が切り替わりズームを引くように、さらに上空から見た大陸と周辺の海の映像が映し出される。

 ゴシマカス王国とヒューゼン共和国のある菱型のユーロプロ大陸。

 その東の海上に大きな雲の渦が周りの雲を引き連れて近づいているのがわかる――それも幾つも。


「こりゃぁ……。大陸がすっぽり収まっちまうぜ」


異常気象スーパータイフーンだよ。過去百年なかったクラスの台風が上陸する。これに襲われたら我が国の領土は崩壊する」

 

 もし仮にこれが直撃した場合――と、手元の試算表らしいものを画面に近づける。


「今まで経験したことのないほどのあり得ない量の雨が降り続き、河川は氾濫し吹き付ける暴風で人家のほとんどが倒壊する。雷雲も見て取れるから、落雷による火災も起きるかもしれない」


 昔ニュースでなんちゃらって台風が上陸した時、暴風雨にあおられた車が転がっていく映像を見た記憶がある。

 それを上回ってくる?


「そんな異常気象を俺がどうにかできるはずねぇじゃねぇか!? 俺は人間だぜ? 神じゃねぇ」


「台風と戦って欲しいと言っているんじゃない。これを見て――」

 巨大な台風の目が大写しになり、どんどんズームアップしていくと細長い何かの影が写っていた。


「なんだい? こりゃぁ?」


 おそらく……とたっぷり間を空けてオキナが告げた。

青龍ビーレドラゴスだ。」


 へ? ドラゴン?

 

 そうか?! 悪いドラゴンと戦って討伐するのは勇者って定番テンプレ――無理なんですけど?


「なに言ってんの? こんなのと戦えるワケないじゃないのっ?!」


「肉弾戦なら確かに無理だ。だが、君にはコレを制する力を授かっているだろう?」


 なに言ってんのさ?

 ドラゴンって言ったってコレはどう見ても神龍シェンロンクラスじゃないのよ? ……もう勘弁してほしいわ。


「なんの力だよ? そんな神殺しみたいな力持って「ディストラクションだよ」……ねぇって、それだったかぁ……」

 

 焦る俺にオキナが苦笑しながら続ける。


「君の左手には玄武様亀の神獣がおわしますだろう? 玄武様は北の守護神獣――ミズイの守護神獣にして、唯一人間に味方するために顕現された神の使徒なんだよ? ――それ、わかってるかい?

 しか青龍ビーレドラゴスに対抗できないんだよ」


 え……? 結構使える便利グッズとしか思っていませんけど?


「戦うんじゃない。青龍ビーレドラゴスの怒りをおさめて欲しいんだ」


 なんの話だよ……?


 突飛すぎて頭が追いついていかない。


「『ドラゴンズ・アイ』の事をずっと調べてきてわかった事がある。そもそもなぜ世界を滅ぼすほどの『災禍』を巻き起こすモノがドラゴンの名を冠するのか? ってね」


「は? そりゃ暴力の象徴でドラゴンってつけただけだろ?」


「最初は私もそう思っていたさ。だが、なんでドラゴンズ・アイドラゴンの目なんだ? なぜ龍の目を人間が持っている?」


 うさん臭い神話の類いなんだろ? ――としか認識していませんが? 


「キミんとこのサイカラ君の持っていた古文書に答えはあったよ。超古代神話の世界に答えは記されていたんだ」


 オキナが語る神話によれば――。

 かつて人間は神々に管理される愛玩動物的な存在だった。

 神々の加護を得た人間は、もたらされた収穫を神々にささげ感謝の念を返すことで繁栄を極めたそうだ。

 そこに“欲望”という名の邪神が『もはや神々の力は必要ない。我らだけでその繁栄を甘受しないか?』と――。


 うん、要するに脱税を勧められたわけね。


「人間の裏切りに神々は怒り、使徒をして『災禍』を巻き起こし滅亡寸前にまで追い込んだ。その使徒が青龍ビーレドラゴスさ」


 ふぅ、と一気にここまで語ったオキナが息をついた。


「人類滅亡の寸前、勇者が現れ青龍ビーレドラゴスを打ち倒し、そしての両眼をくり抜いて討伐の証としたという――。

 だがこれには他にも考察が載せてあってね。

 青龍ビーレドラゴスは討伐されたのではなく、『ドラゴンズ・アイ』を託したのではないか? と言うんだ。人間を試すためにね。

 人間が再び欲にまみれ神々に仇なす存在に成り果てた時、あたかも世界を自由に蹂躙できる魔法『災禍』を呼び出す道具として――」


 んっ、ンンッとしわぶきを一つ飛ばすと俺を真っ直ぐに見つめて語り続けた。


「不思議と思わないかい?

 これだけの災害をもたらす『災禍』の記録が、今の今まで見つからなかったんだよ?

 その事こそが神々の意志を物語っているとしか思えないんだ」


 そこで与えられた試練をくぐり抜けた人間だけが福音を授かり、進化が始まり魔法が使えるようになった。


「だから『災禍』は人間への試練であり、福音でもあると言う伝説が残ったんだ――」


 その話長くなりますかね?

 神話の世界のロマンもわかりますが、追撃を命じた兵たち現場では俺を待ってるんですけど?


「オキナ、ともかく俺たちは今魔人軍と睨みあってる。魔口ダンジョンに避難するならするで、作戦を変更しなきゃならねぇ。

 避難する魔口ダンジョンの位置はどこなのか? 周知も急がなきゃならねぇし、編成も練り直しだ。対決するのか、食い止めるのか?

 それだけでも方針を示してくれなきゃ動きようがないぜ?」


 全く――と苦笑いしてやがる。


「食い止めだ。少なくとも三日、三日あれば避難用の物資を送れる」


 そこからのオキナの指示は早かった。


「ちょ……っ、ちょっと待て! 今メモするからっ」


 かくて決戦を前に大幅な作戦の変更がなされた。


 ムスタフ・ゲバル・パジャ将軍が魔口ダンジョンを塞ぎにかかって来るとも知らずに。

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