ミズイ戦線④

(前回のあらすじ)

 魔人軍へスタンピードをぶつける。

 その作戦実行のため、俺(コウヤ)は森に潜入した。


 ◇◇

 

 ねぇ、ちょっと聞いて? 大変だったのよ。


 はい!

 そうですともさっ。いろいろやらかしました。


 あの後スタンピードを起こすために、精鋭を五名ほど連れて森の中へ入ったのさ。

 作戦の手順は、まずスタンピードの核となる群れを襲撃し魔獣を刺激する。

 それを魔人軍へ誘導したら、俺は転移の魔法陣で脱出――。


 名ばかりだけど俺、将軍だったよね?

 よく考えたらこの時点で工作員の仕事なのよね。

 なんだかなぁーーーっとぼやきながら、昼のうち狩っていたコボルトの死骸と血を振り撒いていた時だった。


「上空から火山弾ボルガニックーーー多数っ!」


 見上げた夜空に漆黒の闇を裂いて火山弾ボルガニックが飛んで来たのが目に入った。


「伏せろっ」

 地面に飛び込んだのと同時にダンッ、ダンッ、バァンッと轟音が響き渡り、閃光に覆われた。

 振動が収まり恐る恐る顔をあげてみると、あたり一面火に覆われている。


「……ッ?!」


 焼夷弾しょういだんって知ってる?

 燃焼火薬をぶち撒けて火の海にする非人道すぎるアレ。

 あんなのがガンガン降ってくる。落下した途端に下草に燃え広がってあたりを煙が包んだ。

 

 あとから聞いた話だが、敵のムスタフ・ゲバル・パジャ将軍ってヤツが伏兵を疑って、火山弾ボルガニックを打ち込んで来たらしい。


 咄嗟とっさに方位石を放り投げる。

 脱出用の魔法陣へのルートを示すはずーーーだが、燃え盛る炎の光と立ち込める煙が邪魔してなにも見えない。

 なにより酸素が急速に消費されるおかげで息ができない。


「グハッ、ゲヘッ、魔導官っ、煙を――」

 鼻水と咳と涙でまともな指示も出せない。


「ウ、ウォーター・バレットッ!」


 バレーボール大の水球を次々と火焔に打ち込むが、燃焼魔法が付与されているのか油に水をぶち込んだようにあたりに飛散し、余計に被害を拡大する。


「ち、ちがっ!」


 小学校の頃にみた消火のビデオがよみがえった。


「シールドッ!」


 俺の下手くそな魔法が炸裂し、畳二畳分のシールドを炎に覆いかぶせると、燃え盛る炎は次第に縮んで行きやがて小さな炭火ほどになる。


 こんな要領カンジで――。

 喉をヒューヒュー言わせながら指を刺し、魔道士により大きく燃え盛る炎を示すと、涙と鼻水と煤ですごい顔になっている魔導士がうなずいた。


「……シ、シールド……」


 一箇所が鎮火すると少し呼吸ができるようになる。


「ゲヘッ、煙ごと(被せるように)っ」


 あちこちで魔素の流れが変わる。

 魔道士たちが詠唱しては俺のよりもっと上等な大規模シールドが地を覆って行く。

 あたりの煙ごと覆い尽くしたシールドが煙と炎を隔離したとき、やっとあたりを見回すことができた。


 ほかに生きているヤツいる?


「照明……」


 ゲヘゲヘ咳き込みながら言う俺に応えるように、照明玉が浮かび上がる。

 

 一、二、三――。一人やられたか……?

 ボヤボヤしている間はない。


「あと(生き残っているヤツ)は?」


 近くにいたらしい盾兵が首を振る。

 俺はゲヘゲヘ言いながら、

「魔法陣へ……ゴホッ、(どうやら伏兵に)気づかれた(らしい)。魔導官は(騎馬兵とともに方位石の示す退路へと指を指す)――(俺はあとから)追っかける」

 

 混乱している時の指示はシンプルに――オキナが確か言ってた。

 ひょっとしたらあと一人だって生きているかも知れないんだが――クソ面白ねぇが、なにより生き残ったものを生かすことを優先する。


 と、地面が揺れた。


「じ、地震か?」


 すぐに誤りとわかる。

 それは明らかに不規則に大勢のナニカが地面を蹴る振動だ。


「ま、魔獣か?」

 ゲヘゲヘ言いながら、あたりを窺う。

 

「魔獣です。(今の火災で)魔獣の群れが(動き出しました)」


 で、どこから? どっちへ?


 喉をやられて声が掠れた俺が身振りで尋ねると、同じく声の出ない魔道士が森の奥を指差し、ココ↓と指を指す。


 う、ウッソん〜?!


 はぁ? って顔の俺に魔導官が鼻を摘んで俺を指差す。


 何言ってんだ?


 肩をすくめ理解不能なにいってんの?の意を示すと、袖を摘んで嗅いでみろ? とジェスチャーする。


 なに言ってんだか?

 袖に鼻を近づけると、血生臭っ?!

 ……て、俺?!


 すっかり魔獣寄せの香を体に染み込ませていたことを忘れてた。


 全員うんうん、と頷いてやがる。

 声帯がいよいよボイコットして声が出なくなったから、方位石の光を指差して『逃げるゾ』と走る身振りをする。

 そうしてる間にも地響きは大きくなっていき……。


『のぉぉぉぉぉ――っ!』


 声にならない悲鳴を上げながら駆け出す。

 “風の民”の一人が騎乗を勧めてくるが、二人乗りタンデムをされた馬なぞ飲み込まれてしまうに違いない――。


『アッチへ逃げるぞ』


 側道の目印に立てた篝火を指差す。

 ダメだダメだと盛んに首を振る“風の民”の若者。


 なに言ってんの?

 側道へ逸れて魔獣の群れをやり過ごすんだよ! あとは木に登るなり岩陰に潜むなり。


『俺を信じろ』

 と胸板を、ドンッと叩いて見せた。

 なぜか感銘を受けたようにキラキラ目線で“心は共にある”と胸を拳で叩くと一気に加速して側道へ逸れて行った。

 俺を残して……。


 えっ? なんで?

 必死に走りながら、なんでだよっ? と考えること一、二分。


『俺が囮になるから逃げろ』

 と受け取ったかも知んない。


 違うでしょ?!

 死んじゃうからっ! この地響きはスタンピードだからっ!


『ノォォォォ――ッ!』


 ヒューッ、と声にならない絶叫を上げながら、方位石の指し示す光の導線に沿って車輪の如く脚を飛ばす。


 グォォォォって吠えてるんですけど?!

 殺気の塊が背に迫って来るんですけど?!


(亀ッ、縮地っ)

 念じては空間の揺らぎに身を躍らせる。

 少し引き離したと思えば、さっきより押し寄せて来る気配が増えてるじゃない?!


 じ、冗談じゃねぇぞっ!

 ボッチな将軍なんて聞いたことねぇぞ?!


 死にものぐるいで三度目の縮地から着地した時、虹色に輝く魔法陣がかすかに見えた。


『ノォォォォ――ッ!』


 倒れ込むように魔法陣へ飛び込むと、スタンピードがその跡を通過して行った。

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