ミズイ戦線⑤

(前回のあらすじ)

 スタンピードを発生させたコウヤは追いすがる魔獣を躱し魔法陣で転移した。


◇◇


 魔法陣から噴き上がる光の滝に眉をひそめる。

 光が収まると、篝火とそれに照された天幕が現れ本陣の魔法陣へ転移したことを知る。

 

 どうやら助かったらしい。


 駆け寄る人影に

『声が出ないから治療師を呼んでくれっ』と身振りで伝えると、俺が負傷して戻って来るのを予期していたのか、すぐに白いローブをはためかせて治療師が駆け寄ってきた。

 女のようだ。


「の、$€£#%$€……(喉がやられて)で、ねぇ」

 身振りで伝えると治療師は頷きながら「無理に喋らないで」と制し、手のひらに白銀の光を生み出す。


 横になって――。と促すと、

「ヒール……」

 とて早く処置を始め、右手に白銀の光を喉に近づけて「痛くないですか?」と語りかけてくる。

 

 『問題ない』と身振りで示すと、治療師は微笑み今度は左手に白銀の光を浮かび上がらせた。


 手のひらから発せられる白銀の光が、気道を広げて呼吸が通るようになると、もう片方の手をかざして肺の炎症を取り去ってくれる。


 あれだけ苦しかった呼吸が嘘のように楽になった。


「助かったよ、ありがとう」

 礼を言うと少し微笑み治療師は去っていった。

 

 あーっ、あーっ、と発声練習をしながらサンガ少佐を目で探し、姿を捉えると招き寄せる。


「どうなってる?」


「見事スタンピードが魔人軍へぶつかりましたな」


 そっか――。やったか?


「ぶつかりましたが戦果となったかは、この闇夜にて確定できません」――なんて言う。

 

 コッチは死ぬかと思ったんだぜ。

 少しはその、大戦果ですとかさ……忖度そんたくしても良くね?


「敵も驚いたでしょうな。魔獣の波が覆いかぶさっている。所々で閃光が認められました」


「なんだい? 誤爆かい?」


爆裂エクスプロージョンでしょう。稀に聞く魔人の最期の自爆魔法です」


「最期に自爆しやがんのか? そんなのが三万も押し寄せて来てんならまんねぇな?」


「火属性の魔法を使うごく一部の魔人だけですよ。彼らが最期を悟ったとき“黄泉の舞”を踊り、あたりにいる敵味方ごと破裂する――と聞いたことがあります。

 

 “黄泉の舞”で練り上げた魔力を体内で圧縮し、縮まりに縮まったところで火属性の魔法へ転換する――それが爆裂エクスプロージョンです」


 まるっきり爆弾じゃんか?

 

 ふぇ〜っと首を振りながら肩をすくめる俺に、

「タメが大きい上に、“黄泉の舞”などを踊るから良い的ですよ。我らからすればね」

 苦笑いと冷笑を足して二で割ったような複雑な顔をする。

 さすが歴戦の勇士。こともなげに言ってみせるからカッコいい。

 今度俺も真似してみよう。


「さてここは夜明けまで身動きが取れません。敵も右軍はこれで大打撃を受けたはず。大きな動きは取れないでしょう。夜明けまでおやすみになってください」

 

 そう言うと「朝一番で斥候を出すように。戦果を確認したい」と“風の民”へ指示を出している。


「一緒に魔獣の森へ入った連中は無事かい?」

 

 気になっていた事を訊ねると、信号弾が上がったのでそこへ捜索チームを派遣するそうだ。

 とりあえず俺の仕事はいったん終わりらしい。


「んじゃ、頼むわ。リョウたちと魔獣の森へ行った連中の消息がわかったら教えてくれな」

 と手をヒラヒラさせる。


 なんとなくカッコがつかないので軽く敬礼しながら「サンガさん、あんたも休めよ。交代で休もうぜ」と肩を叩くと、

「上官が休まないと休みにくいって知ってますか?」

 と笑って答えた。


◇◇


「スタンピードが押し寄せて来ますっ! 一刻も早く避難を」


 ムスタフ・ゲバル・パジャ将軍の元へ千人将が駆け込んで来たのは、迎撃を命じてから二時間ほど経ったころだった。


「スタンピード……? 夜襲の間違いではないのか?」

 ムスタフ・ゲバル・パジャの長い戦歴の中で、魔獣は狩られる存在であっても襲いかかって来るものではなかった。

 しば思索しさくふける――。

 魔獣の血を振り撒き、魔人の気質につけ込んで罠へ引き込もうとしていたのではなかったのか?

 魔獣を盾に我らの戦力を削ぎにくる。そう思えばこそ伏兵を疑っていた。


 だからこそ伏兵のいそうな場所へ火山弾ボルガニックで空爆し、罠を潰したつもりだったが……。


 ここまで思索してハタと気がつく。

 空爆を指示した時、魔導官どもはなんと言って来た?


『魔力が枯渇しても構わないのですな?』

 あれだけの範囲を空爆すれば、上級の魔導官といえ魔力が心もとなくなる。


 魔力が枯渇すれば大規模シールドは展開できない。

 知らぬ間に我らは盾を封じられた――?

 

 ここまで思索を巡らすとフンッ、と鼻を鳴らす。

 小癪な!


「狼狽えるなっ。死地こそ我らの強みを発揮する最高の舞台であるっ?!」


 飛び込んできた千人将を睨みすえる。


「全ての小隊長以上に伝令っ、ここが切所ぞ! 我が全てを見届けるっ! 身命を惜しむなっ! 心置きなく魔人の気骨を示し、敵の心胆を寒かしめよっ」


 それは『我が身を盾に持ち場を死守せよ』と言う、自爆命令。

 将軍とはいえ、ポイント(武功)カウンターに刻まれる不名誉の最たるものだ。


「中央軍と左軍にはこれを報告っ。

 我らが壁になるゆえに、陣を下げよと伝令を走らせよっ。魔道士は全て後方へ退避を。

 通信石でライチ公爵に『スタンピードは右軍が引き受ける』と報告せよ」

 素早く指示を出し終えると、近習から大太刀を受け取る。


「十将を呼べ。小隊が食い止めている魔獣の波を、我らは左右に切り裂く。数だけのケダモノどもだッ、小分けにしてすり潰す」

 漆黒の鞘から大太刀をスラリと引き抜くと、天幕から躍り出る。


「我らを舐めてかかった代償を味あわせてやらんとな」

 天空に大太刀を突き上げると、グォォォォ――ッと闇夜を震わせて咆哮する。


「ありったけの照明弾を打ち上げよっ! 強者どもの戦いを克明に残すのだ。我らが武勇を示すのは今ぞっ」


 その咆哮は空間魔法を使い、戦地のあちこちで響き渡った。

 

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