ミズイ戦線③“イグニッション”

(前回のあらすじ)

 黒い蠢きのように膨れ上がった魔獣の一団は、スタンピードとなって魔人軍に襲いかかっていった。


◇◇


「スタンピードですっ、魔獣がこちらに押し寄せて来ますっ!」

 悲鳴をあげて逃げ始める。


「全員退却っ、退却――っ」

 あちこちで退却の声が上がる。

 いかに魔人とはいえ、対人用の装備で魔獣を迎え撃つのは無理な話だ。


 迎え討つなら、それなりの装備と大規模な火力がいる。そうでなければ数に飲み込まれ、生きながら喰われる地獄となるだけだ。


「右軍の本陣のあたりまで退がれっ! あそこなら大規模シールドが張れる魔道士がいるはずじゃっ。そこへ逃げ込めっ」

 逃げ惑う魔人たちを、避難ルートを指示しながら小隊長は殿しんがりを勤めることにした。


「おのれ!」


 牙を剥き出し前を向く。

 小隊長とて、武功の稼げない殿しんがりなぞやりたくない。だが、部下がやられてポイントが減算されのはゴメンだった。


 ポイントは退役してからの年金や戦死した時の遺族への弔慰金、遺族へのポイントにも加算される。

 ゆえに魔人にとって武功(ポイント)は現金以上に、名誉だけでなく一族の栄達や生活にすら直結した。


 「魔獣ごときが邪魔しおって! おのれら喰らうがよいわっ、火山弾ボルガニック!」


 両手を広げると、あちこちにオレンジ色の火山弾が浮かび上がる。篝火のような火の玉が出現し、白色に輝く火山弾に変化した。


「ケェェェ――ツ!」


 裏返った声と大振りな手を魔獣へ振り向けると、虹彩の尾を引いて火山弾ボルガニックが魔獣へ飛来していく。


 パーンッと弾ける音とともに、何十という魔獣がふきとんだ。

 黒いうごめきが揺れる。

 と、見る間にその穿うがたれた空間へ後ろから魔獣が押し寄せ、飛び散ったその肉を喰らい尽くすとより大きな波となって押し寄せてくる。


「死肉を喰らってさらに凶暴になったか?」


 魔人の頬が引き攣り狂気の笑いへと変わっていく。


「おのれ……。これを狙っておったかっ!? 我らに血を振りまいたのは、魔獣どもを呼び寄せエサにするつもりであったかっ?!」


 クククッ、と肩を震わせ押し殺していた笑いが、やがて甲高い狂気のわらいへと変わる。


「人間とはこうも卑怯なものかっ?! 戦の尊厳を踏みにじりおってぇぇ――っ」


 持てる魔力を振り絞る。

 カッと牙を剥き出し、大太刀を振り回しながらその場で飛び上がり、あるいはゆっくりと剣を滑らせる。

 魔人が死を覚悟した時に舞うと言われる“黄泉の舞”だ。

 

『死すべき定めなら――我が名を永遠とわに語らしめん――』

 

 押し寄せる魔獣の地響きを前に狂ったように踊る。

 やがて魔獣が彼を飲み込もうと押し寄せた瞬間、彼の身体が黒い闇に包まれる。


爆裂っエクスプロージョン!」


 目を覆うばかりの閃光に包まれ闇夜に新星が産まれた。

 空気中の水分が水蒸気へと変わり、天空を震わす火焔と変わる。


「愚かな……」


 それは魔人の気質への嘲笑なのか、殿しんがりを買って出た自分への哀れみか?

 

 一瞬で蒸発する彼の見た幻影にカウンターが跳ね上がり、ありもしない栄光に自らが手をかけた気がして笑う。

 多くの味方の命を救った自分を英雄と語るであろう――子孫を想い、笑って消えていった。


◇◇コウヤ目線です◇◇


 少し時間を戻す。


 どうも〜! リョウを見送った後、スタンピードを起こすこと任されたコウヤくんだよっ。


「魔獣を追い立ててスタンピードを起こし、魔人軍にぶつけるんすよ」

 あの日リョウの立てた作戦はそれだった。

 もちろん血の匂いで(スタンピードに失敗しても)魔人の五感を狂わせ、陽動として“野伏の計”へ引き込む狙いもある。


「スタンピード?」


「そんなことも知らないんすか?」

 呆れた目でリョウが説明を始める。


「スタンピードってのは魔獣の超集団暴走です。恐慌状態になった魔獣は、一頭が走り出した方向へ群れがついていって、それが合流すると一万を超える暴走へ膨れ上がるんす」


 もちろんスタンピードに膨れ上がるのは条件が二つ以上重なる必要がある。


 まず一つ、集団で滅びるほどの刺激が加わること。

 例えば地震や大規模な山火事などの天災だ。

 だから通常、森での火器の使用や火の取り扱いは、厳重に注意され管理されている。

(魔獣の森は未開拓地だったから、管理責任者は曖昧になっていた)


 次に、日照りや干魃かんばつで集団で飢餓状態に陥ること。森に食い物がなくなれば、魔獣は人里にまで降りてくる。


 そして最後は、夜間に血の匂いが立ち込めること。

 魔獣のほとんどが夜行性だ。自然と感覚は昼間の数倍に跳ね上がる。

 そこへ血の匂いが立ち込めると、そこへ餌を求めて群れが現れる。

 その群れが死肉と血を貪り終わると(たいていはそれで終わりなのだが)充満するほどの血の匂いを、大量の餌がそこにあると気狂いした群れがいくつも現れる。

 そしてその群れを狙う群れもやってきて、それが恐慌を呼びスタンピードへ育ってしまう。

 

 猟師や冒険者たちが夜間の狩をしなかったり、軍でも魔獣の多いところでの夜戦を禁じるのはこれにあたる。


 魔口の多いミズイにおいて、何百年も狩猟と放牧を生業としてきた“風の民”は、この習性を熟知していた。

 

 それをリョウは魔人軍に当てては? と発案したのだ。

 カイが「荒削りながら……」と困惑気味だったのも“風の民”にとって禁忌にあたるせいだ。


「さぁて、俺は準備してくるから――あ? オキナへの報告はよろしく」


『師匠が囮になってくれれば――』

 

 リョウが俺に依頼して来たのがコレだ。

 魔獣を引き寄せる囮になって欲しいという。俺ならば『縮地』を使って、一瞬で二百メートル以上跳ぶことができる。


 魔獣の森を抜けたあたりまで引きつけ、その先に魔法陣を展開しておいて転移する。

 “魔獣寄せの香”をきしめた小振りのテントへ潜り込む。地元の冒険者ノサダとサラメにお願いして特別に調合してもらった魔香だ。生臭い血の香りがする。


「さて、行きますか?」


 まとわりつく血の匂いにちょっと辟易しながら魔導官が準備してくれた魔法陣の中に入る。


 あんな事が起こるなんて思いもせずに……。

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