我に策あり
(前回のあらすじ)
束の間の休暇を楽しんだコウヤは、カイとリョウを連れて魔人国と対峙するミズイ戦線に降り立った。
◇◇
「敵影、三万っ――。また増えている」
索敵を担当する魔道士の蒼白な顔が、事態の深刻さを告げていた。
対するこちらは二万と少し。
一万もの差は、戦局としてはなかなかキツいものがある。
「なぁに、こちらには地の利がある。“魔獣の森に引き込めば、半分は減らせるさ」
ふふん〜っだ。
強がって笑う俺を「半分って一体どんな計算してるんすか?」と、リョウが呆れ顔で突っ込んでくる。
「バァカ、それくらい削る気構えで行けっつうことだよ。弱気でどぅすんだ? この
なんでも気合いだよこの人は――と、リョウが呆れた顔で見返してくる。
リョウが弱気になるのも無理はない。
三万人の殺気を受ける。
平和な世界で生きている者には想像もつかないだろう――当然だ。
だが例えば、だ。
身近な人と口喧嘩をしたとする。
当然、日々の力関係やその人との間柄で受ける気持ちも違うだろうが、相手から受けるプレッシャーは感じると思う。
それの三万倍だ。
慣れぬものなら、その放たれるプレッシャーだけで気が潰されてしまう。
だからこそ『寡兵の戦い』は。
これは太古から絶対に避けるべき、と言われ続けている。それでもそれが避けられない時は、政治や調略を使って戦力差を極力縮めるよう努めるべきだ、とも。
昔読んだマンガ『孫子の兵法ーー現代にも生きる生き残り技術』にもそんなふうに書いてあったもん。
それもこれもやってしまった上で、避けられないのならば敵の戦力を分散させ、各個撃破するしかない。
「第一次侵攻みたいに直で師匠やコウさんが、ドバババッってやっつけられないんすかね?」
リョウとしては、伝説となった一戦に憧れているのかも知れない。
「バァカッ、敵も学習するの。敵将のライチ公爵なんざ、逃げまわって隠蔽魔法を使ってやがるんだよ」
今回の主梁はあの用心深いランチ公爵だ。
未だに魔力検知にカケラも引っかからない。そんなワケで、直接大軍と戦うしかないんだが。
本陣をあえて魔獣の森に移したのは、平地での決戦を避け、分散させるよう施されたオキナの戦略だった。
幸いなことに魔口のほとんどが、領都オラーン・バーダルからひと月はかかるボダイに集中している。
ここはあの飛竜“スンナ”と邂逅した場所であり、たどり着くまで散々悩まされた厄介な魔獣の蔓延る森でもある。
そこに引き込んで魔人を削る。
一人の魔人が、十人の兵士に匹敵すると言われる。それに対して五百体の金属兵(魔人十人に金属兵一体の戦力に匹敵する)の補強でも実質二十五万VS二万五千のゴシマカス軍。
無理があるのは承知の上で、魔獣の森へ引き込んで各個撃破に臨む。
リョウが、今にも泣き出しそうな曇天を恨めしげに見上げ「あん時とは勝手が違うっしょ?」なんて愚痴っている。
「バァカ、万全の戦線なんて今まであったかよ? これでも割けるだけ割いてもらっての戦力なんだ。アチラにはもう魔王オモダルはいねえ。それだけでも楽勝ってもんよ!」
カラカラと笑う俺にリョウは「出たっ、能天気バカ師匠」っと、ウンザリした目で睨んでいる。
絶望的――なら、笑って見せろ。
俺の師匠、勇者タガが残した言葉だ。
あるがままを受け入れて、それでも勝つ算段が立たない時はあえて笑え――。
今ならわかるが、どうしようもないなら笑ってしまった方が知恵も湧くってもんだ。
「魔獣の森に引き込んじまえば、魔人とはいえ四、五人ずつしかこれねぇ。そこを各個撃破だ」
なんのことはねぇよ。
魔獣の森の入り口に本陣を張り、魔口から溢れ出し横陣を展開していく魔人どもを眺める。
「領都オラーン・バータルにたどり着くには、我らを抜くしかありませんものな」
さすが歴戦の戦士、サンガ少佐はそこら辺をわきまえている。問題は引き込む方の我らも魔獣の脅威に晒されることだ。
「目一杯、予算は割いてくれるそうだ。魔眼をジャンジャン使って、誘導路と俺らの脱出路を特定しといてくれ。方位石は配布済んでるかい?」
細かい用兵の段取りはサンガ少佐にお任せだ。
引き込む目指すはアイアンゴーレムの潜む例の峡谷。いかな魔人とはいえ、あそこを無傷で通り抜けるのは至難の業――なはず。
“野伏の計”
囮になる尖兵たちが自然に敵を引きつけながら、例の渓谷まで誘い込めるか? が鍵だ。
「金属兵で特攻をかけましょう。押し込むだけ押し込んで退かせてみては?」
天幕の中の簡易なテーブルに広げられた盤上には、地形と配置する部隊の駒が置いてある。
「ここは“風の民”にお任せあれ。足の遅い金属兵では押し込んだはいいが、飲み込まれて殲滅されてしまいますぞ?」
反面、足の早い騎馬兵なら多少の無理をしてでも、離脱は容易い。
「火力不足です。敵も遠距離から魔法を放ってくるでしょう。貴重な騎馬部隊を序盤で損耗させたくはありません」
サンガ少佐の言うことももっともで、ライトニングと火薬玉くらいの遠距離攻撃はできるが、騎馬部隊には重火力が足りない。
火力が少なければ、遠くからチクチク削られて足が止まった当たりで飲み込まれる危険もある。
「要は火力と速さの話だよな? なら、ここは一つ俺と獣人部隊が仕掛けて……」
「「ダメですっ!!」却下ぁっ!」
なんでよっ?
「また無茶をしようとするっ、序盤で乗り込む将軍がいるものですかっ?!」
サンガ少佐の冷静なツッコミと、
「ナナミに殺される」
とガクブルなカイと。
両方から止められるなら仕方ない。
「と、言うワケで俺が一発!」
グイッと身を乗り出す俺に、リョウのチョップがツムジのあたりに叩き込まれた。
「オレが行くっすよ。オレなら騎馬も得意だし金属兵が引き切るまで、時間は稼げるっス」
え?!
と目を見張る俺に「“我に策あり”ッス」と、意味不明な笑顔のリョウがほほえんだ。
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