開戦前夜のアレコレ
(前回のあらすじ)
魔人国との対決に束の間の休暇を得たコウヤは、コウとオキナ、カイとキタエ夫妻、かぁちゃんのエスミを交えて食事会をする。それを期に必勝をコウヤとコウは決意する。
◇◇
盛り上がった宴のあと、カイ夫妻とエスミは二次会へ。オキナたちはしっぽりとどこかへ消えて行った。
気を利かせてくれたのか宿にはナナミと俺しかいない。
「美味しかったね、今日のお食事会」
ナナミも大満足で、お腹が苦しい〜っと下腹をさすっている。
見た目はすっかりお嬢様だが、こんなところが子供っぽい。
藍色のショート丈の上着を脱ぐと、「シャワー浴びて来たいからさ。背中の紐外すの手伝ってよ」
と背を見せながら近づいてくる。
ちなみにジッパーなどという便利な物はこの世界にはない。ドレスを着る時は靴紐のように、互い違いに交差させた紐で背中の合わせを絞って、最後にリボンのように蝶々結びでまとめる。
食べすぎて背に手を回すのが大変なようだ。
「んあ? ドレスも大変だな……どれ?」
背に回ると蝶々結びの紐を解いて緩めてやる。ふぅ、とため息とともにナナミが背を伸ばしくつろぐと、コチラに体を預けてきた。
ローズの甘い香水の香りに包まれる。
ちょうどナナミのつむじが顎の下に収まるから、顎先でグリグリしてやるともう、って腿をつねられた。
「ほんっとコウヤ様って雰囲気ないよね?」
怒っている割に体を離すことなく、首だけコチラに捻じ曲げる。
「かわいいつむじが目の前にあるんだ。グリグリしたくなるだろ?」
「普通しないよっ。もっとこう……後ろから抱き締めるとかさ――「こうか?」」
包むように柔らかく抱き締めると、驚いたように身を固くするがすぐに弛緩して身を委ねてくる。
「うん……そうそう、そしてナナミのこと綺麗だよって囁くの」
「ああ――。とっても綺麗だ」
「え? あ、あとは愛してる……かな?」
「ああ――あたりまえだ。愛してるさ。いつもありがとうな。こんな俺の味方でいてくれてありがとうな……」
ナナミのお腹の前くらいに手を回すと、壊れやすいガラス細工を扱うように優しく、優しく包んでやる。
“風の民”で。
リョウやハン、ゲビンらを引き連れてグレートボアを追い回していたヤンチャな娘が、なんのご縁か俺の許嫁となって腕の中にいる。
攫われたカイを思ってお父ちゃん――っと泣いてた小娘が、綺麗になってお嬢様になったかと思えば俺をかばって大勢の獣人あいてに啖呵を切ったり、無茶をした俺に説教を垂れたりだ。
そんな強気な彼女を腕の中に包んでみると、驚くほど柔らかで華奢だ。
どこにあんなエネルギーを秘めているのだろう?
なんて考えていると可笑しくなってふふふっと笑ってしまった。
「なによっ、ふざけないでよ。これから大事なこと言うつもりなんだから」
腹の当たりに回した手を、上から押さえるように抱えると身体を揺らして逡巡している。
「? なんだよ? 早く言っちまえよ」
「コウヤ様、あのね……」
「なんだよ?」
「あのね……。大好き! 世界中で誰よりも大好き! だからお嫁さんにして」
「なんだよ? プロポーズしたの忘れたのかよ?」
「違うの、違うのよ。私の気持ちもちゃんと伝えたかったんだ。コウヤ様、大好き! だから……」
そう言うとクルリとこちらに向き直る。
「だから、ちゃんと帰ってきて――美味しい料理もたくさん覚えて待っているから。私、もっと頑張って綺麗になるから……。だから、ちゃんと帰って来て」
これを……とロケットペンダントを取り出し、そっと俺の首にかけると、途端に目からポロポロと真珠のような水滴がこぼれて落ちる。
なんだよ……。なんだってんだ?
こっちまで目の前が歪んじまって、鼻の奥がつーんって痛いじゃねぇかよ。
口をへの字に曲げても、喉の奥から迫り上がってくるものがある。ズズぅ、と鼻をすするとゴシゴシと顔を拭った。どうせあとで洗濯するからこれくらい良いだろ?
「ば、バッカだなぁ……、俺を誰だって思ってるんだ?」
なにを言いたいのかわからないのだろう。ナナミは真っ赤な顔をしてポロポロ泣きながら見つめている。
「俺は勇者だ。おまえごとみんな守ってやんだ。そのために、俺はここにいるんだよ」
わかったか?
ググッと背を反らすと、ドンっと胸を叩いて笑ってやった。
うんうん、と嬉しそうに何度も頷くと「シャワー浴びてくるね」っと身を翻して、浴室へ小走りに出て行く。
さて、カッコをつけたは良いが、引っ込みもつかなくなっちまった。
もう一度鼻をズズっとすすると、覚悟が決まった。
「誰が相手だろうが関係ねぇ。必ず勝つ」
ふぅ――と、息吹を吐きながら両腕に力瘤を作り、拳を握り締める。
目の前でおのれの拳を握り込むと、その袖口がすっかり汚れているのに気がついた。
シミになるっ、怒られる! ヤバくね? ヤバいやろ? と慌てて付け置き洗いに走った。
◇◇
あの後の話はご想像の通りだ。
支度金を受け取ると、ご機嫌のナナミとあちこち見て周り遠征に必要な着替えやら、古くなった髭剃りを買い替え、ついでにナナミへのプレゼントで高いブローチを買わされたり。
「ねぇ、あそこなんか良いんじゃない?」
指差す先にあるのは『売り家』とプレートのかかった中古住宅だ。
「そだな――」
やたらと『売り家』のプレートがかかっている。
「この辺『売り家』が多くねぇか?」
「そうだね。暴動が起こってから逃げ出した人も多いみたいだし」
行き交う人も目を伏せ妙に活気がない。
「いつか、賑わいも戻るよ、きっと……。そうなったら大きい家を買ってね」
にへへぇ、と笑う。
「掃除が大変だぞ? 大丈夫か?」
「やっぱりやめた。少し小さくて使い勝手重視ね」
「ああ、いろいろ考えていてくれよ」
「あ! 花を飾るところは欲しいな。これからお花を見に行かない?」
「なんでそうなる?」
貴重な休暇が何気ない一日のように、たわいない会話とともに過ぎていく。
そして翌日。俺はカイとリョウを連れてミズイ戦線に転移した。
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