繋ぐものの思い

(前回のあらすじ)

 二万VS三万――。

 魔人相手と考えると、金属兵の戦力を加えても実質二十五万VS二万五千の戦力差。そこで魔獣の森に引き込んで、各個撃破しようと策を練る。声を上げたのはリョウだった。


◇◇


「“我に策あり”ッスよ」

 自信満々に手を挙げたリョウだが、師匠としては不安だ。


「なんだよ? その策ってのは?」


「まぁ、これから言う通りに師匠やカイさんが動いてくれればですけどね」

 小鼻を膨らませて語るその策に、俺たちは顔を見合わせる。


 カイが顔を上げる。

「ちと……ちと荒削りですが、序盤から将軍コウヤが出るよりはマシかと?」


 なにそれ? ひどくね?


「でしょう? なんたってリバーシで俺に二十連敗する人よりはマシでしょ?」

 リョウがふふん♪ と鼻で笑う。


 相変わらず子生意気な野郎だ。

 

「良いんじゃねぇか? ……っつうか、リョウ。ガキだガキだと思っていたが、いつまでもガキ扱いしてちゃダメだな」


 弟子の成長は師匠の本懐だ。つい微笑んでしまう。

 俺にブフレスリング相撲で負けて、悔し涙を流していた彼も大人になっている。

 いつの間にか考えることも、その戦闘力もレベルアップしていて、書生扱いでは治らないくらい成長していた。

 それが何より嬉しい。


「な、なに言ってるんすか? ボケてるんですから、突っ込んでもらわないと逆に恥ずかしいんですけど」

 俺の逆ギレを予想していたらしく、アタフタ焦っている。


「まぁ、好きにやってみろよ、フォローはしてやる。考えただけでも大したもんだ。成功したら“役付き”にしてやらんとな?」


 ふふふっと笑って肩を叩いてやると、顔が真っ赤だ。


「それって信じて良いンスよね?」


「何か? 手柄を弟子から取り上げるクソ師匠とでも思っていたか?」


 揶揄うように笑うと、口を尖らせて親指を下にしてブーして小馬鹿にしたように笑う。


「いつか追い抜いてやりますよ。その胡散臭い背中を」


 馬鹿にしてんのか?


「頼むぜ――。早いとこ俺に楽させてくれよ。ただし、逃げるんなら早めに逃げてこい。逃げたって生き残るならチャンスはいくらでもあるんだからな」


 馬鹿みたいに頬を緩める俺に戸惑っているようだ。

 カカカカッて笑いながらリョウに拳を突き出す。


「そ、そんな言わないでくださいよ! ち、調子狂うなぁ」


 口を尖らせているが、目を白黒させながら拳を突き出す。

 痛いくらいに拳を叩きつけてやったが、その拳の大きさにいろんな想いが込み上げてきた。

 こうやって拳を突きつけたんだろうな……。


 今は亡き師匠勇者タガ。

 受け継いで受け継がれて、こうやって命は引き継がれていくのだろう。


「早速、準備に取り掛かろうか? 騎馬兵を中心に親父カイっ、編成は頼みます。さて、隊長殿。俺は何をすればば良い?」

 序盤戦は任せた――目力を込めると「釣り餌になってもらえば……」

 こう動いて、こうしていなして……。


 熱く語る彼に、いやでも訪れる未来に希望を見出せたようで俺は頬を緩めっぱなしだった。


「と、いうわけで先鋒はリョウ。おまえに任せた」

 武運を――と突き出す拳に大きくなった拳が叩きつけられた。


◇◇◇


 どっぷりと日が暮れたころ。

 魔人の軍勢の焚く篝火があちこちにゆらめいて、「「オウッ、オウッ!」」

 と気勢をあげる声が響いている。

 士気も高く、一刻も早くこちらに襲いかかって蹂躙してやろうとする殺気が、ここまで伝わってくる。


「そうとう猛っているようですな」

 サンガ少佐が双眼鏡から目を離すと、こちらに手にしたそれを渡してくる。


「あれだけ集まれば士気も上がるさ。まだこちらの様子を伺っているところを見ると、敵将さんはよほど用心深いらしい」


 “攻撃三倍の法則”って言葉がある。

 三倍どころか戦力差で見れば、十倍近い差があるのに襲いかかってこないのは、よほどこちらの戦力を高く見積もっているのだろう。

 本来なら寝静まったあたりで奇襲をかけようと隙を窺っていたのだが。士気も高く、コチラを十分に警戒していることだけはわかった。

 

「さて、いつまで待ってもラチがあかねぇようだ。ボチボチ始めようぜ」 


 馬にバケツほどの樽を結えたメンバーを振り返る。

 戦場の熱気に当てられたのか、盛んに首を振りひずめを鳴らして興奮する馬を手綱の操作と、あぶみでトントンっと胴をこづいて落ち着かせているカイとリョウ。

 さすがは“風の民”だ。

 カイが篝火に白い歯を反射させて、こちらに馬を寄せてくる。

「カッハハハッ、ついに始まりますな? 婿殿(コウヤ)の苦労は無駄にしませんぞ」


「なぁに、大したことはなかったよ。ちょいとばかり引っ掻かれたくらいさ」

 馬の引くロープの先には、昼間のうちに魔獣の森で仕留めたコボルトが結えてある。そしてその樽の中にはコボルトから搾り取った血が詰め込んであった。


 前回オキナと調査に乗り込んだ時、苦戦したコボルトをこれだけ仕留められたのは、魔道士からのアイデアだった。

「コウ様ほどではありませんが、我らは雷撃スタンが使えます。痺れさせて動きの鈍ったところへライトニングで仕留めては?」

 

 軍は数と兵器の暴力装置だ。

 たちまち魔導官とライトニングの射手を総動員して、一網打尽にしてやった。


「さて、準備は整ったぞ。リョウ隊長、あとは鏑矢で合図をくれるまで俺は待機だったな?」


「そおっすっ、大将はいい感じで逃げ出してくださいッスよ」

 ニマニマ笑いながら、コボルトを結えたロープを鞍のホーンと呼ばれる取手に括り付ける。

 さらに手元まで引き寄せて遊びを作ると、篝火の揺れる魔人国の陣に目を向けた。


「では行ってくるッス。見ててくださいよ、アイツらを掻き回してやりますんで」


「頼むぞ、英雄殿っ」


 俺はニパッと笑って敬礼してみせた。

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