未必の故意
(前回のあらすじ)
勇者の咆哮――。
コウヤの威圧に押し潰された聖十字軍は蜘蛛の子を散らすように撤退し、ブホンを解放するはずの一軍は霧散した。
◇◇
ここはブホンの領主館。
いつにも増してウスケ陛下のヒステリックな絶叫が響き渡っていた。
「なにをしておる? 包囲を蹴散らすのではなかったかッ?
今ごろは三万の軍勢がこちらを解放しているはずだった。
そして、ワテルキー家の所領まで陛下とアテーナイ教会の法皇をお連れして、全国で暴動を起こしているものどもと糾合。
現政権を倒して『ゴシマカス神国化宣言』を発布するはず……だったのだが?
私(ガンケン・ワテルキー)は、頭上からひっきりなしに落ちてくるウスケ陛下のヒステリックな叫びにさらされながら考えていた。
なぜだ? なんでこうなった?
こちらを包囲している軍勢は僅か七千たらず。対して解放軍は三万――。
仮に到着していたにしても、数の上でも魔道士の数にしても我らが上回っていたはず。
なのに一戦も交えることなくこちらの聖十字軍は霧散した。
ありえないだろう?
いや、あり得るのか? こちらには勇者がいない。軍の精神的な支柱がいないのだ。
またも勇者か――。
たかが多少の戦闘力のある兵卒と侮っていた。ところが蓋を開けてみれば、ヤツの周りにはなぜか人が集まる。
魔道士コウはもとより――かの魔女は良い。
軍略の才を買われ今や臨時政府の宰相となったオキナ。
そしてウスケ陛下の実父にして最高権力者、サユキ上皇。
それに連なる者たちも、コウヤ・エンノは顔が効く。ゴシマカス魔道具開発の重役ファティマ、その元部下だったサイカラもだ。
やはり
比べて頭上からありとあらゆる罵詈雑言を投げかける血がつながっているだけの兄、正式に王座を譲渡されても“臣下の忠”を誰からも受けられず、ついには女神アテーナイからの神託に頼らざろうえなくなっているウスケ。
これは見込み違いであったか――?
嫌、それよりもこの
騒動が治れば、この
どうせことが破れて追求される立場に陥れば、この
ここで国全体を敵に回す悪役になってしまっては元も子もない。ただの泥舟の船頭になるだけだ。
やはり、憎しみの対象にはこの
そのためには、今までのことを無しにする必要がある。少しばかりヘイトを稼ぎすぎた。
ヘイトを上書きするしかない――。
“ドラゴンズ・アイ”により巻き起こる災禍の発動をウスケ陛下になすりつける……これしか無さそうだ。
「いかがした……? おまえまで
黙りこくる私(ガンケン・ワテルキー)に、不安を覚えたのかずいぶん優しくなった声が降ってきて、我に帰った。
「とんでもございません、陛下。我らの解放は後回しにすべきかと思案していたところでございます」
苦渋に満ちた顔を作り、そっと陛下を伺い見る。
「なんの思案じゃ? 解放されずになんとする?」
「はい。状況は少しばかりこちらに不利に傾いておりますが、ここで我らは攻められているのは幸いな事かと……」
「何を言っておる? このまま行けば
珍しく弱気な顔を見せている。
少しは堪えているようだ。だか、ここから取る手は多少無理が出てくる。
もちろん、私にはもはや逃げの一手しかないのだが。
「何をおっしゃいます? 多くの国民からは、現政権が不当な政権なればこそ我らを打倒しようとしている――と見られておりましょう」
「だが、このままでは手の打ちようがないではないかっ? で、あろうが? あろうが?」
「焦りは禁物。残された手は災禍にございます。幸い我らの手には本物の“ドラゴンズ・アイ”がある」
「バ、バカを申すなっ。あれを使ったところで、災禍の種類を選べるだけ。発動にはもう一つの“ドラゴン・ズ・アイ”を発動させねばならぬ」
「だからでございます。良くお考えになってください。我らは災禍を引き起こしていない。
仮に発動したとしても災禍のメニューの大津波を選べば、
災禍が巻き起こり過ぎ去ったあと。
女神アテーナイ様のご意志に背いた天罰が下されたと吹聴すれば良いのです」
私自身、勝算があるわけではない。
ここで重要なのは、ウスケ陛下がその発動を認可することだ。
それでヘイトの振り向け先はウスケ陛下ではなく、どこかの誰かになると囁いてやれば良い。
うまくいけば海岸沿線のヒューゼン共和国は滅び、それを功績としてやっても良い。
どちらにしても発動を命じたのはウスケ陛下だ。
全世界のヘイトはこれで私から剥がれる。後半を隠し、ウスケ陛下に囁く。
「陛下、災禍を選んだのは確かに陛下。ですが、発動するのは世界の誰かのせいなのです。そして選ばされたのは女神アテーナイの意志に背いた奴らが陛下を貶めようとしたせい――かくて災禍が過ぎ去ったあと、民意は誰を支持しますでしょう?」
フム……。
しばらくウスケ陛下の貧乏ゆすりが止まった。
あと一押しか?
どちらにしても災禍が訪れるワケですから……と、小声で囁いてやった。
「ド、ドラゴンズ・アイはどこにあるのじゃ?」
血走った目のウスケ陛下に膝をつき、首を垂れて薄ら笑いを隠すのにそこまで暇は必要なかった。
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