勇者の咆哮
(前回のあらすじ)
黒魔法『
それに煽動されたものたちが各地で暴動を起こす。一方コウヤたちはブホンを解放しようと押し寄せた聖十字軍と戦闘状態に入った。
◇◇
「
ガシャガシャと身体を震わせて金属兵が整列する。
二メートルを軽く越す巨体が並ぶと、まるで大きな壁が出現したような威容を放つ。
「川の中央に差し掛かったらライトニングの照射に入ります」
指揮官からの報告に黙って頷く。
「弓兵も金属兵の後ろから曲射をさせますか?」
漕ぎ手を守るように盾を掲げた連中を見て、サンガ少佐が聞いてきた。
ライトニングだけでは、防御魔法をエンチャントされた盾を貫くことはできない。文字通りゆみなりに放つ矢で盾の陰に隠れている漕ぎ手と兵士たちを片付けるつもりだ。
気が進まねぇんだけどな。
甘いことを言っていては、こちらの兵が傷つくだけだ。
罪を被るなら我ら……か。
「サンガ少佐。早いとこやっちまおう」
ズルい大人に追い詰められた連中が狂気に染まって迫ってくる。ムカムカとした怒りが沸き立つのは、目の前の連中にではない。
神の声を語り、あらぬ罪を声高に叫び多くの若者を死地に追い込んだ連中にだ。
アリのように押し寄せる軍勢に目をやる。
「どいつもコイツも。まったく……」
「シッ」と苛立ちを気合いで打ち払い、ミスリルの剣を引き抜く。
どいつもコイツもクソったれだ。
「戦を知らぬ青びょうたんどもっ、大人しく引き返すなら見逃してやるっ。歯向かうならテメェらの血で川を染めるっ! 大人しく引き返せっ」
俺はありったけの声で叫んでやった。
ビュッ、とライトニングが掠め思わず身を屈めると、ゲラゲラと笑い声が上がった。
「大人しく引き返すのはテメェだっ、コウヤ・エンノォォォッ。こちらはそっちの三倍以上だっ。これから貴様らをすり潰す!
皆殺しだぁぁっ」
「「「ぅうおおーーっ!」」」
猛り狂った馬鹿どもが奇声を張り上げた。
こちらを殺すことしか考えていないらしい。手にしたビルム(投げやり)で盾を叩きつけ、盛んに威圧してくる。
わかってないな。気合いだけではダメなんだよ? お坊ちゃんがた。
こちらを青い顔でチラ見してくる味方の若兵もいる。おおかた初戦なのだろう。
不安になったか?
ここは味方にも一発気合いを入れてやらねばなるまい。一気に闘気を練り上げる。
ドンッと足元の地面がひび割れた。
「上等だぁっ、首になりたいヤツからかかってこいっ! 細切れにしてやるっ」
勇者の
遺憾無くその咆哮を上げさせてもらった。空気がビリビリと震え、川面にさざなみが沸き立つ。
「「グッ!?」」
さっきまでの勢いはどこへやら顔面が蒼白になった一人、二人が水面に転げ落ちた。
「どぉした?! さっきまでの勢いはっ」
ドカドカと横列で三陣に整列している味方をかき分け、前面に歩みでた。
「お望みのコウヤだッ。この首が欲しいんだろう? 御託は良いからここまで出てこいっ! 片っ端から細切れにしてやらぁぁっ!」
うわぁぁ……。
ヤッベェ奴来ちゃった……。
そんな雰囲気が戦場を支配している。
だから? 焚き付けたのはテメェらだ。いくら一般兵が中心とはいえ、傭兵やら僧兵がいるだろ? おまけに主力は地方貴族の正規兵だ。
「いざ尋常に勝負ってヤツはここまで無傷で通すっ。出てこいっ、さっき笑ったヤツ全員ここに出てこいっ!」
敵の勢いがなくなった――のは良い。
なんで味方も静かなの?
なんだか戦場がシーン……としちゃってるんですけど。
「なんか言わんかぁっ! それともこのまま消し炭にしてやろうかぁぁ?! 待ってろ、地獄に叩き落としてやらぁっ!」
『亀――。ディストラクション』
リクエストを海亀に伝える。
俺の左手が輝いて、バックラーへ変化するとパカリと口を開けた。
「川ごと吹き飛ばしてやらぁぁっ!」
川面に沿って流れていた風向きも変わる。あたりの空気が熱を帯び、轟々と亀の口に引き込まれる魔素が激しく火花を散らした。
あまりの熱量に空気中の水分が蒸発し、白い輪っかを作りながら亀の口の中に引き込まれていく。
「テメェら全員っ、吹っ飛んじまえッ!」
俺の絶叫が響き渡った途端、あたりの空気が一瞬ビリリッと振動した。
「「「うわぁぁぁぁぁぁっ」」」
あるものは川に飛び込み、あるものは味方を突き飛ばして元いた対岸に逃げ帰る。
「喜べっ、ここがテメェらの墓場だ!」
「「「ギャァァァァ――ッ」」」
蜘蛛の子を散らすってこう言うことなのね?
押し寄せていた船団があちこちで転覆し、慌てて方向を変えようと舵を切った先頭集団と、後発の船がぶつかって次々とひっくり返った。
もともと積み過ぎなところへ持ってきて、本能的に立ち上がって逃げ出そうとした連中が川へ転落していく。
緒戦で出鼻を挫ければ、泥試合に持ち込むつもりだ。
ここでの勝利条件は、援軍がくるまでの時間稼ぎ。二日持たせれば良い。
できれば対岸にまで押し戻したい。
と、思っていましたよ、ついさっきまで――。
気がつけば味方も俺の周りにはいなくなっていた。
あれ……?
あたり一帯に響き渡る絶叫と悲鳴。
目の前の三万の敵はパニックに陥っていた。さっきまでの狂気に魅入られた連中は、泳ぎ帰ろうとするもの、甲冑のを脱ぎ捨てて逃げ去れたものはまだ良い。
甲冑を着たまま川面に飛び込んだものが、次から次へと川面に飛び込む兵士に潰されて沈んでいく。
「あ……、悪魔だぁっ。魔王オモダルが出たぁぁっ」
なんだか失礼な絶叫が響き、バジャン、バジャンッと川面を叩く音が響き渡る。
やがて静かになった頃、あたりには押し寄せてきたはずの聖十字軍の姿はなくなっていた。
あれ?
恐る恐る振り返る目線の先に、サンガ少佐が肩をすくめて苦笑いしている姿があった。
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