煽動


(前回のあらすじ)

 アテーナイ教の信者が各地で暴動を起こした。その一報を聞いたコウヤは国が割れた音を聞いた気がした。


◇◇


「この国は欺瞞ぎまんに満ちているっ!

 あの豪邸を見よっ、その鼻の先にあるスラムを見よっ!

 貴族ばかりが栄華を謳歌おうかし、我らは搾取さくしゅされるばかり――これが女神アテーナイ様の望む姿であろうか?!」

 

 ゴシマカスの王都でキャソック(司祭の祭服)をまとい辻説法を繰り返す怪しげな集団。

 真っ赤な立襟の貫頭衣に黒ブーク(円柱状の帽子のてっぺんから布を肩口まで垂らしたもの)を被っている。

 ここ王都ド・シマカスに連日出没する“使徒”と名乗る怪しげな集団。

 

 いでたちは司祭服を纏っているが、正式な司祭ではない。

 もし拘束されて関連を追求されても、教会から関与を否定される存在。

 ありていにいえば彼らは自ら志願した捨て駒であり、『女神アテーナイ教の教えを実現させる』と信じて疑わぬ狂信者たちだ。

 

 朝も早くからあちこちで声を張り上げ、今の国政を批判し続けていた。

 

「貴様っ、国難のときに民衆を惑わすかッ」

 

 ヒューゼン共和国との停戦交渉の最中、無許可の集会は禁じられていた。

 が、耳あたりの良い甘言に群がる民衆も少なくない。衛兵がそんな集団を見かけて駆け寄っていく。


「何を言われる? 我らは見たままあるがままを伝えているだけだ。

 そういう衛兵どのこそ一番の被害者ではあられぬか? 非情事態と称して休みなく働かされ、何もしない上役からは蔑まれる。

 神の御心からすれば、あなた方の行いは誰も彼も称賛する働きをしているのにだ」


「余計なことだ。ともかく解散しなさい。集会は禁じられている」


「素晴らしい。まさしく衛兵の鏡であられる」

 垂れ下がる長い袖を胸元に手繰り寄せ、軽く腰を屈めた。


「貴方の働きに敬意を。そして私の言葉に耳を傾ける尊い貴方に神の祝福があらんことを」

 

 こう褒められてはいかな衛兵といえど、戸惑ってしまう。


「戯言はよせ。大人しく解散すれば、手荒なことはせぬ」

 普段なら会話を打ち切って解散の命令で蹴散らしているはずが、なぜか受け答えが多くなっている。


 

「だが、この欺瞞に満ちたこの国も崩れる。それも近いうちに……。神の裁き『災禍』が訪れ全ての者を飲み込み焼きつくすだろう。神の声を聞かぬばかりに」

 大袈裟に両手を天に突き上げてあたりを睥睨する。


「さぁっ、神の子たちよ。神の声が聞こえぬか? あそこに蔓延る悪魔を打ち払えと聞こえぬか? 私には女神の焼け付くような憤怒の声が頭の中で響き渡っているぞっ」

 王宮を指差して吠えるように言い募る。

 

 猿芝居を――と舌打ちしながら、衛兵はできる限り諭すように解散を命じた。

 決して民を傷つけるなと達しがあったばかりだ。

 

「世迷いごとを言うな。非情事態宣言は発令されている。これ以上民衆を惑わすつもりなら詰所で話を聞こうじゃないか? 同志……?」


 おかしい。

 同志……? 最後に呟いた自身の言葉に違和感を覚えた。同志? 何を言っているんだ。

 とっととコイツらを連行して、調書を作ってそのあと昼飯でも食べて――。

 ああ、まだ昼飯も食べてなかった。

 なぜだ? あくせく働き通しでまともに休みも取れていない。

 国の命令だから? その前になぜコイツらを取り締まらなきゃならないンダ?

 コイツらは何も悪いことはしていないじゃないか?

 

「効いてきたようだな?」

 キャソックの胸にかけられた怪しげな宝珠をなぜて口角を上げた。


「そう。我らは何も悪くない。罰せられるべきは火事場泥棒のように政権を奪った今のオキナ一味だ」

 ぼんやりとした目線で集まっている民衆を見ても、同じようにトロンとした顔をしている。


 洗脳マインドコントロールか……?

 黒魔法の中にそのような魔法があると聞いている。ここにいる者たちは洗脳マインドコントロールにかかっているのか?


「そうだな……」

 衛兵は虚な声で頷いた。


◇◇

 

「アテーナイ教の信者が各地で暴動を起こした? なんで今よ? 早すぎるぜ」

 今のタイミングでこの暴動カードを切るはずがない――と思い込んでいた俺は、唖然あぜんとして通信石の映し出す報告に見入っていた。


「これを待っていたって事でしょうか?」

 

 対岸の聖十字軍を睨みながらサンガ少佐が呟く。

 想定していたのは、オキナたちの交渉が決裂してこちらが攻めかかるタイミングだ。

 そちらの方が出鼻をくじき、動揺をさそうには最大の効果を発揮する。


 だが未だに交渉の結果は出ず、膠着と言わないまでもまだ落とし所を探る余地は残されていた。

 このタイミングで国を割るアテーナイ教会の反旗は、その落とし所を潰す最悪の選択だ。


「……と言うことはそろそろ来るな」

 

 ミスリルの剣をからげて席を立つと対岸の聖十字軍を睨みつけた。ブホンへ向けて進むためには、ここプロンペ川を渡河せねば辿り着けない。

 かかる橋はすでに落としてあるからイカダなり小舟を持ち込まねばならないはずだ。


「援軍がくるまであと二日――金属兵を中心に壁を作り、ミズイ辺境軍で他の街道を封鎖します。ブホンまでは抜かせませんよ」


「ブホンにも神国兵がいたはずだ。打って出られないように、あっちのカイオヤジさんにも伝令を」


 了解――と、伝令が飛び出していくと、あちこちに放っていた斥候からの報告が飛び込んできて、本陣が慌ただしくなってきた。


「いやだねぇ。これから戦うのは、同胞っていうのはさ……。国って何なんだろうな」


「自分は……民が日々を送るための器と思っています。器を壊すものは排除するのが我らの務めです」

 サンガ少佐もたちあがりながら、あちこちから送られてくる報告を元に兵を配置していく。


「それを変えなくちゃいけないんだよなぁ……」

 そのために流す血。

 そこに正義はないのはわかっている。が、気分が滅入る。


「全ては救えませんから。少なくとも器を壊そうとするものどもは救いようがない」


 とサンガ少佐は声を震わせた。忸怩じくじたる思いなのだろう。

 

「罪を被るとしたら我ら――他の人に同じ思いをさせちゃなんねぇよな」

 ガチャリと音を立てて本陣を後にした。


 

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