包囲網

(前回のあらすじ)

 ガンケン・ワテルキーは攻勢を受けると、脆くもウスケ陛下を見捨て自らの保身を思い立つ。

 自らのヘイトを上書きするために、ウスケ陛下に“ドラゴンズ・アイ”を起動することを認めさせた。


◇◇コウヤ目線です◇◇


「なかなか粘りますなぁ……」

 

 見上げるブホンの城壁に独りごちた。

 もちろん、となりで肩を並べるサンガ少佐に語りかけているつもりだ。


「中隊を前に――そう。あと五十歩くらい押し出して」

 司令官を呼んでは細かく陣形を動かしているサンガ少佐にとっては、俺の問いかけに応えるヒマなんかなかったようで「な、何か指令がありますかな?」なんて聞き返してくる。


 なんでもないッス……。ぷらぷら手を振り赤面した顔を背けた。

 うわぁっ、恥っずぃ。


 ブホンの解放軍を打ち破ってからもう一ケ月はたつ。

 作戦本部としては、消耗ゼロで乗り切ったことは嬉しい誤算だったらしく、戦力を保持したまま包囲し続けてウスケ陛下が根を上げるのを待つつもりらしい。

 

 孤立無縁――。

 これほど堪えるものはないからね。って言うのがオキナの見立てだ。食糧、物流、情報に至るまで。もちろん通信石による外部との連絡すら遮断している。

 さっきからサンガ少佐が細かく陣形を変えているのも、要するに脅しだ。


 ホラッ、攻めるよ?

 どうするの? ホラッ、ホラッってね。

 

 全く敵からしたらオキナってほんとに嫌なヤツなんだろうなぁ……。

 完全にボッチ状態だよ、ウスケ陛下ってば。

 

 俺たちは義勇軍に加えて、ゴシマカス第三師団の援軍も合流し二万七千の大部隊でブホンを包囲している。

 巻き込まれた市民たちが気がかりで、連日のように使者を出すが、ウスケ陛下側からの降伏のサインはない。

 

 何を粘っている?

 

 敵と内通しているのではないか? と疑いたくなるのは俺だけではない。

 当然、オキナはこのタイミングで再びヒューゼン共和国から侵攻されないように、土魔法を使える魔道士と土木の大部隊をくりだして防衛線を構築したと聞いた。

 

 あらかじめコウが各地に兵站を準備していたおかげ(『せめぎ合い』参照ください)で、あっという間にオキナが包囲網と防衛線を構築したものだから、今のところヒューゼン共和国からの新たな動きは聞こえてこない。


 魔眼からの情報も、ヒューゼン共和国が新たに侵攻を始める動きはないという。


 ――嫌な予感がしやがる。

 ガンケン・ワテルキーの野郎がこのまま大人しくしているはずがない。

 各地で、勃発している暴動もなぜか鳴りを潜めていると聞く。だからこそ不自然な気がする。

 ぱっと見、こちらに有利にことが運んでいるかに見えるが何一つ進んでいないのはなぜなんだ?


「粘りますなぁ……。くっだらねぇ粘りで泣いているヤツらがゴマンといるのによぉ」

 

 誰も聞いていない独り言が、戦火にはがれ落ちたブホンの城壁に悲しい色を添えているような気がした。


 ◇◇コウ目線です◇◇


「おかしいわね……」

 

 ガンケンがウスケ陛下を連れ去り、暴動が頻発し始めたころ。

 私はガンケンが“陛下誘拐の首謀者”の容疑を固めようと、チームを組んで捜査を指揮していた。


 私が捜査を買って出たのは、例の“使徒”の連中が撒き散らすネガゴーグで反政権の機運が高まってきているから。


 ねぇ……ひどいと思わない?

 自分たちの国を必死に守ってくれている人たちを、日々の憂さばらしに罵倒してるのよ?

 しかも“神がそう言っている”って、どんな根拠なの?

 これが前世の日本なら、おおかたの人が「お前、キモッ!」で終わる話よ?


 日本って国が、ちゃんとした教育をしてきたかって今さらながらよくわかるよ。

 もちろんそこに至るまで、いろんなことがあったのは知ってるけどさ。少なくとも意見は複数あったし、一方的な排斥はなかったわ。

 ともかくガンケンが陛下を誘拐して、国体を私物化しようとした一連の犯人として白日のもとに晒したかったの。

 そうすれば、すべてガンケンが悪かったって幕引きできるじゃない?


 国の形を変える前に壊れてしまっては元も子もなくなるから、ウスケ陛下への断罪は棚上げにすることにしてある。

 ともかく終わらせるために根拠を探すんだ。

 誰がなんと言おうと、オキナを悪者にして終わらせるつもりはない。

 

 一連の暴動は何か不自然な気がしていた。

 いくらこの異世界の人たちが、日本と比べて教育レベルが低いって言ったって、空気まで違うことはないって思うのよね。

 調査すればするほど、暴動に参加して拘束した人は口を揃えたように言うのよ。


 “神の意志に叛いた悪魔に鉄槌を”って。

 不自然なのはどの調書を見ても、動機の欄に同じセリフが出てくる。


「おかしいわね?」

 で、冒頭に戻るワケ。


 デモの鎮圧に向かった衛兵すら暴動に加わり、逮捕されたものもいる。その調書を読み直しているうち、妙な点に気づいた。


 『某日、集会の解散を命じるため“使徒”を説得――』と書かれたくだりだ。そのあとから判で押したように、取り締まりに向かったものたちが、反政権側の運動に参加している。

 つまりもともとは、反政権側ではなかったと言うことだ。


洗脳マインドコントロール』の可能性があるわね……。


「レモン・ウォッカ情報官、黒魔法に洗脳マインドコントロールってあったわよね? あれの魔道具版ってなかったかしら?」


 オキナ救出(第三章のころ)の時から私を手助けしてくれている情報官を捜査チームに招いていた。

 ショートカットの髪をかきあげメガネを人差し指で持ち上げると、小首を傾げた。

 

「軍の取り引きリストにはないのですが、教会関係者なら何か知ってるかも知れませんね?」


 そう……これよ。

 その魔道具を押さえれば教会と暴動は繋がる。そして、教会とガンケンの繋がりを押さえればガンケンと暴動は繋がる。

 ガンケンは暴動の首謀者だった。ウスケ陛下を拐ったのは、教会と結託して国体を私物化したかったから――ってならない?

 

 ふふん♪ 私はゆっくり微笑んだ。

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