最悪のシナリオ


 ◇◆オキナ目線◇◆


 サユキ上皇様との面談を阻止されたあと、私は他の手を打つべく走りだした。


 ガンケン団長に働きかけて上皇との面談は恐らく実現できない。これから起こりうる事態を考えれば、恐らく拘束されるだけだろう。


 これから起こりうる事態。


 考えられるシナリオは、


 • 抵抗勢力への弾圧。


 •『白の騎士団』とガンケン公爵の専横せんおう。教会の進める国教の制定と、国政への過剰な干渉。


 • 不慣れな外交から、敵の挑発に乗りヒューゼンとの戦争状態に陥った状態で災禍さいかを迎える。


 (これでは滅亡ではないかっ)

 おのれのつたなさに歯咬はがみしたくなる。


 暫くガンケン公爵の専横せんおうは続けられるだろうが、いかんせん国政への経験値が少なすぎる。王宮内だけの権力闘争で済まなくなって来るのだ。


 もしヒューゼン共和国から侵攻を受けた場合、素人集団である『白い騎士団』では簡単に挑発に乗ってしまうだろう。


 (勝ち目を残しておかねば……! 《ゴシマカス魔道具開発》への開発ルートを通じて、サユキ上皇様への連絡がいけるはずだ)


 『VT信管の開発』に関してはムラク大臣を経由して、ウスケ陛下とサユキ上皇へ報告が上がる仕組みになっている。

 秋の閲兵式典えっぺいしきてんで披露する予定になっているからだ。

 いくら国政を掌握したとはいえ、こうなる以前からウスケ陛下が認可している閲兵式典えっぺいしきてんにまで口を挟むわけには行くまい。


 「至急だ。ゴシマカス魔道具開発まて頼む」そう言うと客待ちの馬車に駆け込んだ。少々チップを弾む。

 ちょっとうれしそうに御者はうなずくと、綺麗に舗装された石畳を軽々と走らせ始めた。

 

 『VT信管の開発に関するメモ』と題した封筒に、もう一つメモを忍ばせる。

 魔獣の森から持ち帰った情報と、それをもとに『ドラゴンズ・アイに関する情報と考察』と題した今後起こりうる最悪のシナリオだ。

 これがムラク防衛大臣と、サユキ上皇様に渡ればなんらかの動きが起こせるはず。


 「ヘイッ、到着しましたよっ」

 っと声をかける御者に、ここに来たことは黙っておけと更にチップを握らせゴシマカス魔道具開発へ飛び込んだ。



 ゴシマカス開発から自宅へ戻ると

 「オキナ・ザ・ハン伯爵。貴方に国家転覆罪こっかてんぷくざいの疑いがある」と、内務省の連中に囲まれた。


 「何の真似だ?」


 「詳しくは内務省の取調べ室で」と有無を言わさず連行しようとする。


 「馬鹿なっ、なんの嫌疑で国家転覆罪こっかてんぷくざいを適用しようと言うのだ? サユキ上皇様はこれを知っているのかっ?!」

 手錠をめようと捕まれた腕を振り解く。


 「こんな事をやっている暇なぞないのだ。『ドラゴンズ・アイ』が盗まれた今、いつ『災禍』が起こってもおかしくないっ。ガンケン・ワテルキー公爵への面会を求める」

 私の必死の訴えも虚しく、内務省の馬車に押し込まれた。



◇◆コウ目線◇◆



 ロビー活動を終えて戻った時だった。

 結果から言えば厳しいとしか言えない。

 議会議員のほとんどが連絡が取れないと言うのだ。と、すれば私たちも危ない。


 「内務省、特殊査察官の――」懐から身分証のカードを提示する内務省の役人が近づいて来た。


 「コウ・シマザキ議員。貴方を国家転覆罪こっかてんぷくざいの疑いで拘束します」


 「……?! なんの話?」怪訝な目で見返すと、あっという間に屈強な三人の男に取り囲まれているのに気づく。


 「冗談ではなさそうね」

 内務省と名乗る男は懐から封筒を取り出すと、中から一枚の書類を取り出す。


 「貴方は国宝『ドラゴンズ・アイ』盗難へ加担した嫌疑もある。他にも魔人国との内通の嫌疑も」


 「?! でっち上げも甚だしいわ。そんな事出来るわけないじゃない。盗難された時には私は『ミズイ共和国』へ行っていた。出入国記録しつにゅうこくきろくを調べてもらえばすぐにわかる」


 「言いたい事があるなら、取り調べ室で。貴方には手荒な真似をしたくない。御同行を――」


 あまりにデタラメで杜撰ずさんな嫌疑に怒りを覚える。


 「ふざけないでッ」


 魔力が循環し、私の身体の周りの空気がバチバチッ、と音を立てた。ビクッと身をすくませた内務省の役人が、おいっと後ろに声をかける。


 白いローブを着た男がスルスルと近づいて来る。

 「抵抗したな?」


 左手を翳すと妙な呪文を唱え始めた。


 「雷撃サンダーボルトッ」


 バチーーンッ、とあたりが真っ白になる。


 「フンッ、抵抗するからだ。手間をかけさせよって」


 鉄が焦げたような匂いと、立ち込めた白い煙を手で払いながら男は物憂げな動作で近寄って来た。


 「何の真似よ?」

 片手でソイツの胸ぐらを掴み上げる。

 こんな物魔人クラスなら普通に放ってくる。魔力の錬成も遅いしシールドを展開するには十分すぎる時間があった。


 「なっ?! 何故倒れていないっ?」驚きのあまりに声が裏返っている。

 「SSSランクの王宮魔道士の雷撃サンダーボルトが効かないはずが――?!」


 「知らなかったの? 私は魔王オモダルをほふった――コウ・シマザキよっ――『ダブステップ』」


 胸ぐらを掴んだ右手が白く輝く。左手で素早くシールドを展開した。


 パリパリッ、と空気が乾いた音を立てて、あたりを白く照らす。

 バチーーンッ、と弾けるような音がして、閃光があたりを包み込んだ。


 「「ウベラッ」ゲ、ゲ、ゲ、ゲ――ッ」


 私の邸宅の周りを取り囲んでいた内務省の役人が体をのけ反らせて転げ回る。

 パチパチッと空気が弾ける音が収まると、白いモヤが包み込んだ。


 転がっている役人に近づいて行く。

 「死んだふりをしてもダメよ。貴方には手加減したつもり。オキナにも手を出したわね」

 オキナが拘束された事はまだ知らなかった。だが、私にまで手を出してきたって事はオキナも拘束したと予想はできる。


 「グッ……。グオッ、こ、こんな事をしてタダで済むと思っているのか……? おまえの旦那が何もされないとでも?」


 ふざけるなっ、と一気に身体が熱くなる。

 「オキナをどこにやったの?」努めて冷静に聞いたつもりだ。


 「い、今更何をするつもりだ? 我ら内務省の拘置所で丁重にお預かりしているさ。だが……お前が逆らえば、こちらも態度を改めなくてはならなくなる」


 なんの態度よ? 

 こっちはアンタたちみたいに権力で守られてヌクヌクと過ごしてきたワケじゃないの。


 「知らなかった? 私はオキナに何かあったら見境がつかなくなる女よ? 内務省くらい吹き飛ばして上げる」

 あまりに血が頭に昇っていた。

 冷静に考える暇があれば、彼らだけで拘束しに来る筈がないくらいは分かった筈だ。


 「これで貴方の勝ち目はなくなった。大人しくしてもらおうか? コウ・シマザキ議員」


 気配を感じさせる事もなく、後ろから声をかけて来た男に驚く。騎士を示す薄茶色の紐留めシャツに、白く丈が膝ほどもあるジャケットを着た男が近づいて来た。

 『白い騎士団』だ。


 「公務執行妨害の現行犯だ。いかなる言い逃れも出来まい?」


 手にした短い魔杖をこちらに向けて「拘置所でオキナ・ザ・ハン伯爵がお待ちだ。抵抗すれば大事なフィアンセが川に浮かぶ事になる」


 と陰気な笑いを浮かべた。

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