立ちはだかる壁

 俺は領主館の執務室にいる。

 そうだの執務室だ。なのに何故か床の上に正座している。

 見上げる先には不愉快そうなサイカラ宰相が俺を冷たい銀縁のメガネで見下ろしていた。


 「アダマンタイトを担保にしたのですか?」


 「そりゃあ、ゴシマカスの業付ごうつりの貴族どもを動かすには、それしかないからさ……」 

 うつむ不貞腐ふてくされる様に呟く。


 別れ際にコウに頼まれたのがコレだ。

 『ロビー活動には実弾がいる。アダマンタイトを融通して欲しい』

 要は袖の下だ。


 貴族だって懐事情は厳しい。

 そこに付け込んでコウは教会族や白い騎士団絡みの貴族へロビー活動をしかけようと考えた。


 戦費の負担が終わったばかりなのに、領地持ちの貴族なら『領内の復興・救済』の資金がいる。

 まして議会が封鎖されている今、ゴシマカスからの資金援助は当てにできないから、手持ちの資金を切り崩してやるしか無いのだ。


 そんな中で議会を復活させて、陛下を動かすには近辺の教会族貴族や白い騎士団の知己、親類縁者の貴族を動かすしかない。

 もちろん国難を憂いて動いてくれる議員もいる。だが、大方の貴族議員は手前の事情で手一杯だし、誰だってタダ働きは嫌なのだ。


 「百歩譲ってそうだとしましょう。ですが何故我々『ミズイ辺境国』がその資金を供出しなくてはならないのですか? 国債の返還期限が近づいて来ているのですよ?!」


 産業振興と貧弱な軍部増強。そして領土強靭化のためにたんまり国債を発行した。長期国債の方はまだ先になるが、短期国債への支払いが迫っている。


 「やっと支払いの目度がたったと思ったのに……」

 サイカラが忿懣ふんまんやる方ないっ、と言った体で首を振る。

 今でさえ財政はカツカツどころか真っ赤赤なのだ。その上、災禍への防災・避難計画まで持ち上がった。


 「まだアダマンタイトの鑑定結果も出ていないのに、まがい物だったらどうするんですか? ……ああッ」

 

 「お、落ち着けっ。サイカラ落ち着けって。あれは間違いなく本物だ。あの虹色の輝きを見ればわかるって。試掘も採掘の資金もコレで捻り出される。『このアダマンタイトの債券を格安でおわけします』って言うだけで十分なんだ」


 「せっかく独占できるのにですか? ハイエナの様な貴族連中に食い荒らされるのが目に見えているじゃないですかっ?」


 「まぁ、採掘権まで渡すワケじゃあない。そのかわり中央の情報も優先してもらえるし、災禍の内容や規模が早く分かれば、その分防災にかける資金も抑えられる」

 宥めるように言い訳をする。

 ギラリッ、とサイカラの眼鏡が光った。


 「コウヤ様。こうなれば御領主様みずから働いてもらわねばなりません。今のうちに先物買いして、利益を捻り出しましょう」

 サイカラの目に暗い炎が燃え上がった。


 「すぐに備蓄食料を買い込みに王都へ向かって下さい。他の連中が気づいて買い占めに走る前にです。損益分岐点そんえきぶんきてんはこちらで試算します」


 「買い付けはいいが資金はどうするんだ? 急がなくて良いなら他の仕事もあるんだが……」


 「ほぅ……? では他の仕事で利益を出して頂けるんですね? もちろん今までの溜まった決裁と指示書、次期の国債の返済計画もして頂けないと困るのですが?」


 「わ、わかりましたっ。すぐ行きますッ。行きますってばッ」


 「三日後には鑑定書が出来上がって来るのに合わせてアダマンタイトの債券を発行します。私は利益の還元額を試算させ譲渡上限額を確定します。コウヤ様は出来上がるまでに他の仕事を」

 さ、さぁさぁ。っとそうして指し示した先にはダンボール箱(大)の書類の山が積み上がっていた。


 「なんでたった四日でこんなに……?」


 「これからご不在になられるひと月分もありますから」


 「チ、チクショーッ」


 俺の絶叫が領主館にこだました。



◇◇

(オキナ目線)



 「サユキ上皇様がお臥せりになった?」

 私は手にしていた報告書の束をぎゅっと握りしめた。端の方が少し皺になったかも知れない。


 「いつからですか?」


 サユキ上皇様とは例の連絡コードで昨日もやり取りをしている。『仔細しさいは面談にて』と今日の時間を指定してまで頂いていたのだ。


 「昨日まで……。嫌、そんな話は聞いていないのですが」


 「お臥せりになっていらっしゃいますので、どうかお引き取りを」

 『白い騎士団』の騎士を示す薄茶色の紐留めシャツに、白く丈が膝ほどもあるジャケットを着た男がこちら見返している。


 「馬鹿な。私はサユキ上皇様のお召を受けて今ここにいる。貴公はどなたなのかな? 何の権限でここにいる」

 一刻も時間を無駄にしたくない。

 災禍の事も、今の非常事態も事態を動かせるのはサユキ上皇様しかいない。

 上皇様の自宅の前で遮る彼を睨みつけた。


 「私は『白い騎士団』所属の者です。ガンケン・ワテルキー団長のご命令で、お臥せりになっていらっしゃる上皇様に誰も近づけるなとご命令を頂いています」


 『白い騎士団』だと?

 ウスケ陛下の私兵が上皇に招かれている私を制止する権限はない。


 「ちなみにご病気は何なのだ? サユキ上皇様がご病気になられたならお見舞い申し上げたいところだが」

 分かり切った嘘に付き合っている暇はないのだが、権限で排除しようとしても引き下がる気配はない。


 「それにはお応えできません」


 「いいかね? 君。私はここにきた時に名乗った筈だ。オキナ・ザ・ハン伯爵であると。君は自分が何者かも名乗らず所属を述べただけだ。そんな不審な人間の言う事なぞ信用できる筈が無かろう?」


 「お言葉ですが、オキナ伯爵さま。サユキ上皇さまはガンケン・ワテルキー公爵のご実父であらせられます。子が親を気遣って遠慮して頂きたいと申し上げるのに無理を通されるおつもりで? それこそ不審な行動と愚考致しますが?」


 思わずコメ噛みの血管が脈打つ。

 コヤツ……。したたかだ。貴族社会では爵位が全てだ。影で口にする言葉を正面からぶつけて来た。


 と、言う事はだ。

 かなりの勢力を『白い騎士団』は物にしていると言う事になる。


 「氏名を明らかにせよと言っている。ガンケン団長に詳細をお尋ね申し上げるだけだ」


 ガンケン公爵の名を逆手に取ってみる。


 「どうぞご随意に。ガンケン団長の命はウスケ上皇様の御様態を気遣ってのもの。それを無下にされようとする貴方様の行動は褒められるものではございませんな」


 こうなればガンケン公爵へ話を通すしかない。

 ムラク防衛大臣から手を回してもらうか? 暫く相手の目を見つめて、態度の変化を見るが期待出来そうにない。


 「貴公の忠誠には敬意を払うが、時と場合をわきえたまえ。考えを改めた方がいい」

 せいぜい思い付く捨て台詞を吐いて、我が身の無聊を慰めるしか無くその場を立ち去った。

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