渡る世間に……

 コウからの連絡が途絶えた。

 オキナからもだ。コウとの約束と、災禍への備蓄食糧の買い付けに王都ダ・マスカスにやって来ていた。


 せっかくアダマンタイトの証券を持ってきてやったってぇのになにやってんだ?


 「コウヤ様より私の方が王都は詳しいに決まってる」

 っと例のごとく、ナナミも着いてきている。


 「王宮が乱れているって事は、ヤバイ状況かも知れん。危ないから――「カイのお父ちゃんも行くって言ってるけど、お父ちゃんとセットとどっちが良い?」――って義父おやじ殿もかいっ?!」

 何故、二者択一なんだ?

 ナナミさんたら、「行くって言ったら行くんだからねっ」てにらんでるんですけど。  


 最初は護衛でリョウだけ連れて行くつもりだった。

 前回の『魔獣の森』に強制連行した埋め合わせも兼ねるつもりで。


 王都ド・シマカスには、彼の想い人ステラ・ウィンドルスがいるだろ? 少しは弟子の喜ぶ顔を見たいじゃないか?!

 と、ナナミに軽い気持ちで話したのが間違いだった。


 「そう決まったんだからねっ」

 って謎の決定をされた俺は、「しゃあねぇなぁ……」ってナナミの分まで自腹を切ってやって来ましたド・シマカス。


 連絡がつかなくなったオキナとコウを探す為、予定を前倒して乗り込んで来た。

 そんな事情があるってぇのに、リョウの野郎「自分はヤボ用がありますんで」って着いた途端に姿をくらましやがった。


 お前俺の護衛だろう……?

 まぁ仕方ないか。護衛の日当をカットしてやろう。


 まずはオキナの邸宅まで行ってみる。

 案外、庭の草なんか抜いてたりして……ってわけないか。近所の人にでも聞いてみよう。


 「ちょっと、そこのアンタッ。そう、アンタだよ」

 声をかけられて縮こまる男に駆け寄る。

 

 「ここに住んでるオキナさんと、コウさんいるだろう? どこ行ったか知らないかい?」 


 ん? 黙って玄関を指差しているんだが……?

 怪訝な面持ちで玄関を見ると、板が打ち付けられており何やら貼り紙がしてあった。


 なになに?……。


 『以下の者、下記の嫌疑にて召還。

       記

 (1)オキナ・ザ・ハン

    (嫌疑内容)国家転覆罪嫌疑。


 (2)コウ・シマザキ

    (嫌疑内容)

  1.公務執行妨害。

  2.国宝『ドラゴンズ・アイ』窃盗加担。


 嫌疑は厳重な審査の上、ゴシマカス王国立裁判所にて判決を下す。

 上記に異議申し立てのある者は、所定の手続きを――云々』


 は……? デタラメだ。

 コイツらオキナとコウをめやがった。しかも国家転覆罪でたと?!

 ふざけてやがる……ッ!


 俺の体温がスゥーッと下がった。過ぎた怒りとは体温が下がるもんなんだな。と、ふと思う。


 誰が救ってやったと思っているんだ? オキナが走り回って、コウが死力を尽くして今があるってぇのに。

 

 「コウヤ様。これってどう言う事?」

 ナナミの声に我に帰った。


 「められたって事さ。いよいよこの国も危ねぇな……。ナナミ、宿を移そう。荷物をまとめて移動だ」

 アイツらが拘束されたって事は、俺らも危ない。予約を入れた宿などすぐに割り出されてしまうだろう。


 せっかく予約を入れた宿を断り、王都ド・シマカスに来たら顔を出せとうるさいおばちゃんのところへ行く。

 宿を教えてもらうつもりだ。


 途中、騎士を示す薄茶色の紐留めシャツに、白く丈が膝ほどもあるジャケットを着た男たちを見かけて物陰に隠れる。『白い騎士団』だ。



◇◇


 「おーいっ、かぁちゃんっ! いるかい?」


 今の時刻は三時半。

 『準備中』の札を押し退け、ガチャガチャと戸をこじ開けると奥に向かって声をかけた。


 ここのオバちゃんとは、ツケを払わない冒険者と揉めているところを助けてやった縁で知り合った。

 俺を亡くなった息子と勘違いしてるオバちゃんだ。名をエスミと言う。


 「トウヤッ、いつ戻って来たんだいっ?! あれまぁ、そこにいるのは……。アンタ、いい人ができたんだねっ。紹介しなよっ、紹介っ」


 ちなみにトウヤとは彼女の亡くなった息子さん。

 俺に面影が似ているらしい。何度訂正しても聞かないからそのままにしている。


 歳の頃は六十を過ぎ。

 所々前歯が抜けているのは、ツケの取り立てで暴力を震われた事もあると聞いた。並大抵の苦労ではない苦労をして来たのだろう。

 少しふっくらとして来たのは、まずまず経営も上手く行きだしたって事か?


 「かぁちゃん、五月蠅うるさいよっ。そんなに大声でわめかなくったって聞こえてらぁ」


 「全く、この子ったら久しぶりに帰って来たと思ったら、うるさいだって?! 生意気言ってんじゃないよ」


 「悪いが耳は良いんでね。――かぁちゃんも元気そうだなっ、これから仕込みかい? 邪魔にならねぇか?」


 「なに言ってんだいっ、久しぶりに帰ったんじゃ無いのさっ。仕込みくらいさっさと終わらせるよ。っと、その前にアタシに紹介しておくれよ。アンタの隣のひと

 今更ながらオホホホっ、とナナミに微笑みかける。


 やっと出番がきたの? って顔で

 「初めましてっ、ナナミです。この間コウヤさまにプロポーズしてもらいました」とニッコリ微笑んだ。


 「ありゃあ……。アンタも手が早いねぇ。確か前は違う女だったろう? たしかーーー「って何ぶち込んで来る気だよっ? アレはコウだろう?! ちゃんと言ったじゃねぇかよ」だったかねぇ?」

 またオホホホッと気持ち悪いシナを作って、待っとくんだよっ。すぐ終わらせ――と言いながら店の奥に消えて行った。


 「悪い人じゃねぇんだがな。時々ボケた事言いやがるんだ」とバツの悪い顔をしてナナミを顧みる。


 「ホントに?」


 「本当だってばよっ。何か? ヤキモチを焼いているのか?」


 「コウさんなら仕方ないけどさ……。ちゃんと話をしててくれても良いじゃない?」


 「まぁ……、そうだな。アイツとは惚れた腫れたの話じゃ無いんだよなぁ「あーッ、もういいっ。聞きたくないんだから」……って、おまえどっちなんだよ?」


 何故か荷物を押し付けて、プンスカ店の中に入って行くナナミの後を追いかけた。



 「待たせたわねぇ」と調理場から戻って来たエスミが出してくれた紅茶を飲みながら、「ん? そんなでもねぇよ」とぼんやり笑う。


 「どうしたんだい? なんか元気がないじゃないか?」

 とエスミが気遣わしげに聞いて来る。


 「ちょっと友達が色々あってな。こっちに出てきたは良いが、宿を取り損ねた」


 「なんだいっ、早く言ってくれりゃ良いのにさ。泊まって行きなよ。アンタん家だ。遠慮するバカがいるもんかい」


 「いや、ちょっと金臭い話も出てるんだ。かぁちゃんに迷惑はかけられねぇ」


 ……馬鹿だねぇ。って顔で俺を見ている。


 「アタシには衛兵さんのお知り合いもいるんだ。心配する事はないよっ。お嬢ちゃんッ、荷物はそんだけかい? 二階に部屋があるから着いておいで」


 「あっ、いやホントに良いんだよ。泊まるのは次にするから宿だけ紹介して欲しいんだ」


 「だから、アンタは馬鹿だって言うんだよ。その宿がうちだって言うの」


 ガチャガチャ音を立てて鍵を取り出すと、「何してんだい? 早く着いておいでっ」と調理場の前のカウンターを潜り、壁際の引き戸を開けてコッチを振り向く。


 昔っからせっかちだ。自分がこうと決めたら断っても親切を押し付けてくる。


 「だから、宿だけ教えてもらえば良いって」


 「ここは飲み屋だよ。娼婦だって出入りするんだ。そのまま泊まれるように二階にふた部屋ある。どっちでも良いからそこ使いな。お金は心配いらないよ」


 「知ってるけどさ……」と言ってしまって、慌ててナナミを見ると顔が真っ赤だ。


 そんな俺たちを放っておいてどんどん先に行くから、二人分の荷物を両手に持って後に続いた。

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