ヒューゼン共和国

 場面は変わる。

 諸兄は頭の中に地図を広げて欲しい。



 その地図には大きな菱形の大陸が二つ。大きな方は横長の菱形で、もう片方は縦長の菱形が千切れたように上下に分かれている。

 大きな方の大陸を縦に半分に折り、下の頂点を軸に更にもう一度半分に折ったと想像して欲しい。

 広げると四つの折り目が出来上がるだろう?


 その左側から三つの部分がこの物語の舞台ゴシマカス王国。残りの右側、細長い部分がこれから語られるヒューゼン共和国だ。



◇◆ここからはカノン・ボリバル目線です◇◆



 ヒューゼン共和国の首都ロマノフは、ゴシマカス王国の南東百八十キロに位置する。

 比較的温暖な気候と海に面する東部、首都ロマノフは海に面し整然とした街並みを俺(カノン・ボリバル)の目の前に広げて見せていた。


 古くより、海の向こうに位置する大陸との海運業と中継貿易で栄えており、その関係からか人種も人間族、獣人、時に魔人すら受け入れて雑多な人種が街を行き交う。



 「自然と我らには人種の壁など無いのだが、以前は多民族をまとめるために強権的な国家だった」



 得意げに説明しているのはコティッシュ・ガーナン。

 この国の第二空挺部隊を率いる男だ。

 俺(カノン・ボリバル)を死刑場から救い出してくれた命の恩人でもある。



 「それをフィデル・アルハン議長は変えたんだ。一部の貴族に防衛力と権力を集中させていた秩序の形をな。我々一人一人が国を支え、権力は我らが選んだ議会が掌握している」



 どうだ? と言わんばかりに誇らしげに街中を案内しながら、人の流れている方へ向かう。

 街中は治安も良く活気に溢れていた。


 この男と連れ立って歩いているのは『この国を学習したい』と称して、国立図書館にこもっていたところを『街を案内してやるっ』と、このコティッシュ・ガーナンに引っ張り出されたからだ。



 「この国では能力さえあれば、誰でも王様になる事が出来るってわけさ。今のところ、フィデル・アルハン議長が全権を掌握しょうあくしているがね」



 得意げに語る彼の話を聞きながら、いつもと違う方向へ連れて行かれるのに警戒心が高まって行く。

 客分の身分で、かねては空軍の官舎をあてがわれていたから、不審に思った俺はその目的を尋ねた。


 

 「どこへ向かう気だ? 官舎とは方向が違う気がするが?」


 「なに、ちょっとした余興さ。そう警戒するな。フィデル・アルハン議長から御身おんみの安全を頼まれているからな」

 あっけらかんと答える。

 他の意図はないようだ。暫く目をのぞき込んで真意を測りかねていたが、客分の身。好意と受け取る事にした。



 「ならば信用しよう。だが念のため帯剣だけは認めて欲しい」


 

 構わないさ、と肩をすくめるから小一時間後に駅舎の前で待ち合わせることにした。

 

 官舎に戻ると、帯剣しながら両腕の前腕に隠しナイフを巻きつける。

 クナイを仕込んだ帯をスネに巻きつけると、上着の内側に煙幕玉を二つ隠し持った。

 念のためだ。異郷に置いて警戒しない者は殺されても文句は言えない。 




 「待たせたな」



 空々しい笑顔で待ち合わせの駅舎前で落ち合う。

 時刻は二時。遠方に行くには中途半端な時間だ。恐らく近場で俺(カノン・ボリバル)に見せたい物があるのだろう。


 「なに、遠出と言っても一時間程度だ。夕飯の頃には戻れるさ。心配するな」

 カラカラと笑いながら、付いててこいよと先に歩き出す。


 駅舎の中は商人らしき一団や年寄り、気の強そうな学生らしき一団、老若男女入り乱れてなかなかの混雑をしていた。


 その後ろにロープが張ってあり、白く塗装された通路が確保されている。どうやらそちらに行くらしい。



 こちらの通路は一般人は入れないらしく、忙しく動き回る乗客たちもこちらに入ってこようとはしない。

 何か違和感を覚える。


 (なぜだ? なぜな通路がある?)


 「どうした? ボーっとしてたら置いてくぞ」


 置き去りにされてはたまらない。

 言われるがままに通路を進むと、明らかに軍関係と思われる一団が並ぶホームに着いた。




 「ここは軍関係者専用のホームだ。後詰の緊急招集がかかったり、非番の時でも最寄りの戦地に駆けつけられるように一般客とは区別されている」



 眉のあたりから顎にかけて刀疵の残る顔を歪ませて笑う。どうだ? と胸を張る。



 「国境に兵力を送り込むのに二日とかからず送り込める。兵站も同じだ」



 当然だが線路の沿線上にも分隊が配置されているから、鉄道を破壊するには難儀するだろう。

 俺(カノン・ボリバル)が何も言えず黙り込んでいると、頬の刀疵を歪ませてニヤッと笑った。



 「まぁ、コレ一つとっても我が国が(侵略に対して)万全の体制をとっているのが、わかるだろう?」



 予定の汽車が来たようだ、と、俺(カノン・ボリバル)へ顎をしゃくって早足で乗り込んだ。発車のベルがなると滑るように汽車は走り出す。



 「どこへ行く気だ?」



 「それは着いてからのお楽しみってヤツだ。ずいぶん警戒してるじゃないか?」



 「それはそうだろう。客分の身とはいえ、いつほっぽり出されても文句は言えない身だ。まだ何も役に立てていないからな」


 ずいぶん真面目なこって。と肩をすくめて、コティッシュは笑う。フンッ、と鼻息だけで返事をしてやった。

 分隊の基地を二つほど通り過ぎると、街並みは途絶えのどかな田園風景が広がる。

 流れていく樹木の間から、時折り海が日差しを反射して見せていた。


 海岸線を南下しているのだろうか?

 頭の中でこの国地図を思い描き、日の光と海の方角から今走っている位置を割り出す。


 

 「テンペレに向かっているのか?」



 およその到着時間と、頭の中で割り出した都市の位置から、ヒューゼン共和国の第二都市の名を口にした。



 「驚いた。もう地図が頭に入っているのか?」

 呆れた顔をしてコティッシュは口を半開きにしている。



 警戒させたか? 


 「いや、たまたま図書館で読んだ記事に名前が載っていたから言ってみただけだ」

 わざと伸びをしながら、客車の様子をうかがう。他に仲間はいないようだ。ついでに列車の扉までの距離を目測した。


 いざとなれば、こいつを倒して外へ飛び出せば良い。


 簡単に段取りを頭の中で想像しながら、コティッシュに視線を戻す。


 「そうか。勉強が好きなんだな。おまえは」

 俺は小さい頃からその手は苦手でなっと屈託のない笑顔を俺に返してくる。害意はないようだ。

 ピーッ、と汽笛が鳴ると汽車は速度を緩め始めた。


 「おっ? ボチボチ着くぜ」


 

 コティッシュ・ガーナンに連れられて駅舎を出ると、赤や黄色、極彩色に彩られた街に降り立った。


 「ようこそ。第二都市テンペレへ」


 サーカスのピエロのように慇懃に礼をすると、俺(カノン・ボリバル)へ軽くステップを踏んで見せる。

 駅裏の路地を楽しげにステップを踏みながら歩いて行く。


 少し開けたケバケバしい店が立ち並ぶ通りに出ると、そこは娼館の立ち並ぶ飲食街だった。



 「イッツ・ア・ショウタイムッ!」


 頬の刀疵を歪ませて、コティッシュは笑った。

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