俺の名は……


 何が『イッツ・ア・show タイム』だ。



 ちょっと湿った赤ずくしの部屋で毒づく。

 キャンディ・ローズの香が焚かれ、甘ったるい香りの立ち込める待ち合い室と称される部屋で、俺(カノン・ボリバル)とコティッシュ・ガーナンはガラスを眺めていた。


 ケバケバしい照明に照らされたガラスの向こうには、衣装とは名ばかりの少ない布地を身にまとった踊り子が、やかましい音楽に乗せてその双房や曲線を見せつけるように踊っていた。

 隣のコティッシュ・ガーナンはかなりテンションが上がっているようだ。



 「遠慮するな。コレは俺からのプレゼントだ。男にはいやしも必要だぜぇ」



 軽くウィンクすると金貨を二枚俺に握らせ『最初からチップを出すなよ。相手が焦れてきたら、そっと握らせるのがコツだ。上手くやれ』と耳元でささやく。


 呆れた顔でも見せてやろうかと首を捻ると、後ろ手でヒラヒラさせながら指名した女と部屋に消えて行った。


 

 「お客様。気に入った子がおりませんでしょうか?」



 従業員と思われる屈強な男が尋ねて来る。

 フン……。鼻息だけで返事をしてガラス越しに踊る彼女たちを眺めていた。


 コンガともこんな出会いだった。

 獣人部隊に配属され、ワルそうな先輩に連れてこられた時、偶然目に止めたのがコンガだった。

 目が合うと俺とコンガの時が止まった。

 コンガのメイクで綺麗に彩られたその顔にも、驚きが浮かんでいた。


 (……詮ない話だ。是も非もなかろうよ。アレが運命さだめだったのだろう)



 トクンッ、と胸の奥が痛んだ。と、同時に目眩めまいがしたがすぐにおさまる。


 あの世から嫉妬したのか? コンガ……。

 悪い男に引っかかったとなじりにでも出てきたか?

 



 「……の娘を」



 指名のないままいつまでも踊らせるておくわけにも行かない。目についた踊り子を指差す。

 ガラス部屋から出てきた女に腕を絡められながら、ランプに照らされた部屋の扉をくぐった。




 部屋に入ると粗末な寝具が、コレでもか? と言わんばかりの証明に照らされて浮かび上がる。



 「お兄さん、初めてよね?」


 レンと名乗る女が小さな手提げカバンを持って近づいて来た。


 「時間はこの砂時計が落ちるまで。延長したかったら金貨一枚。チップは別よ」


 大きめの砂時計をひっくり返すと、シャワー室へと促す。


 俺(カノン・ボリバル)はその腕をそっと握り、その必要はないと首を振る。

 束の間柔らかなその手の感触を楽しむと、手のひらを広げて自由にしてやった。


 

 「少しだけ酒を飲みたい。時間がくれば教えてくれればそれで良い」


 粗末なベッドに腰をかけて足を組む。


 そう……。と少し寂しげにレン(どうせ源氏名だろうが)は頷いた。


 

 「何もしなくても料金は戻って来ないわよ? それよりせっかく来たんだから、楽しんで行ったら?」



 それとも……と髪をかき上げながら流し目を送る。



 「私が好みじゃなかったかしら?」

 歩み寄りながら再び俺(カノン・ボリバル)の手を取ると、隣に腰掛け体を密着させて来る。



 ちょっとだけ俺の肩に頭を預けて、俺の顔を見ると「そうなの?」と上目遣いに俺の目を覗き込んだ。

 黙って目を閉じる。


 キスでもせがんでいるのか?


 だが、先程の胸の小さな痛みとこの不可解な状況が俺(カノン・ボリバル)を押し留める。


 暫く目を閉じていた女の子はパチリと目を開けると、薄く眉間に皺を寄せ、うっすらと微笑んだ。



 「それともお兄さんこんな店に来るのは初めてだったとか……? 遠慮しなくて良いのよ」

 耳元でささやくように誘う。甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 俺(カノン・ボリバル)の内腿に滑らそうとする手を、両の手のひらで包み込みながら膝の上に置いた。

 そして目を閉じ耳を傾けた。


 

 「その声だな」


 「え……? 私の声?」


 「遠くで聞こえる風鈴の音のように、涼やかで心地よい」



 閉じた目を開くと、驚いて見開いたレンの目があった。



 「俺の声は戦場で喉をやられて、こんなにしゃがれてしまった。まるでゴブリンの絶叫だと笑われるよ」

 フフフッ、と笑う。



 「それに比べて、レン。おまえの声はとても涼やかだ。もう少しその声を聞かせてくれないか?」



 「え……? でも、そんな事したってもったいないじゃない? 時間も……」 



 彼女の隣から立ち上がると、コティッシュ・ガーナンに渡された金貨をその手のひらに握らせる。

 彼女の足元にかしずくように膝をつくと、その手を優しく包む。



 「頼むよ。お願いだ」



 彼女が頷いたのを見届けて、手のひらを解放してやった。


 「何を話せば良い?」



 「なんでも良いさ。小さい頃の話でも良いし、好きな花の花でも良い。そうだ、この国で一番美味いと思う物はなんだ?」



 「それは……」



 たわいない話で時間は過ぎていく。

 やがて砂時計の砂が落ち切ると、どういう細工かチリリンッ、とベルが鳴った。



 「時間が来ちゃったみたいね。どうする? もう少し延長して遊んでく?」



 「いや、充分楽ませてもらった」


 立ち上がって扉を潜ろうとすると、腕を掴まれた。



 「私の本当の名前はカレン。お兄さん、また来て。今度はちゃんとお返ししてあげる」



 「……ああ。そうするかも知れないな」



 「きっとよ。お兄さん名前は?」



 「そんな事を聞いてどうする? “ただのお客さん”だ」



 「いいから教えて。次に会う時は名前を呼びたいから」



 暫く黙って考えていたが、自然と口から零れ落ちていた。



 「俺は……。俺の名はカノン・ボリバル。次に来るとは約束出来ないが」



 「わかったわ。でも待ってる。きっと来てねカノン・ボリバル」



 「気が向いたらな」



  扉を潜るとまた元の待ち合い室で、コティッシュ・ガーナンを暫く待つ。

 コティッシュは三十分ほど遅れて現れた。


 「どうだった? 色男」

 よくもまぁ……。と口から出そうになる言葉を飲み込むと、ああ、楽しませてもらったと笑う。


 従業員の屈強な男がコティッシュに近づくと、細長い紙を渡した。



 「俺は飲み物の支払いがあるから、先に出ててくれ」

 そう言ってレジへと向かった。


 「なかなか時間がかかりそうだな……」


 「またお連れになれば良いでしょう」


 「あぁ。な。まあ、その方が俺も楽しめる」



 軽口を叩くコティッシュと従業員の会話に俺は眉を潜めた。


 やはりトラップだったか?

 何を俺から聞き出すつもりだ? 何かさせたいなら命じれば良い。俺はそのために客分として身を寄せているのだから。



 言い知れぬシコリを抱えたまま、預けていた剣を受け取ると俺(カノン・ボリバル)は店の外へ出た。

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