アイアンゴーレム


 「さぁ行こう」


 オキナが腕をかばいながら立ち上がった。


 「血が止まるまで休んだ方が良いぜ。無理をすると傷が開く」

 俺が心配顔で言うとオキナは白い歯を見せる。


 「気遣い無用だ。世界一の魔道士が治療してくれたからな」そう言ってチラリとコウを見る。


 ああ。そぅかい、熱くて汗が出るぜえッてからかってやった。

 はははっと軽い笑いが広がる。



 地が避けロックゴーレムが地の底に沈んだ後、俺たちは隊列を組み直して第二キャンプへ向かう事にした。

 まだ冷え切っていない溶岩をコウが冷やしていく。


 「水と大気の精霊よ……。振るい震え、広がりて震え、広く冷えてこの大地を癒せ。エリアクール」


 まだ汗が出るくらいの熱が立ち登る一帯に、ピュウと冷たい風が吹いた。

 キンッ、と空気が凍る音がする。

 大気の水分が凍り、キラキラと輝いて青い光で覆われた。

 その光が大地を覆うと、あちこちがパンッ、パンッ、と爆ぜた。高音で熱せられ膨張した溶岩が急激に冷やされ凝縮して、体積の変化についていけないそこ此処ここが弾けている。


 パンッ、パパンッ、パンッ!

 赤く爆ぜては火花を散らした。火花が散った跡は黒ずんで波打つ。


 なんか変だ。

 

 てっきりコウがかけているエリアクールの魔法のせいかと思っていたが魔素の流れが乱れている。

 

 「グボォッ、グッ」


 地の底から湧き上がるような低くくぐもった声が聞こえる。

 赤黒く染まった冷えかけの溶岩がグツグツと盛り上がって来た。


 「?! なんだ?」


 異常に気づいた俺はナナミに「下がっとけ」と後ろに追いやりコウに声をかける。


 「コウッ、様子がおかしいぞ。あそこだ」

 

 指さす先には墨汁を煮立たせたようにボコリッ、ボコリッ、と泡立つ溶岩の塊があった。

 やがて泡立つ溶岩の中から真っ黒い塊が噴き出して来る。


 ドン、ゴロンッ、と飛び出して来たその塊は不恰好な人型を形成し始めた。


 「ゴーレムか? 仕留め損なったか?!」


 コウが眉を顰めると、エリアクールをキャンセルして魔力の錬成を始めてる。


 「ブァァァーーーッ!」


 人型を形成した塊は一気に膨れ上がった。

 見上げる巨体は三メートルは軽く越す。

 樽状の胴体に、臼の様な頭。やたらとでかい目玉と対照的な小さい口が、丸く穿うがかれたようにポカリと顔の真ん中に開いている。

 太く短い足に比べ、地に着くほどのやたらと長い腕。

 関節が十節以上分かれており、その先に熊手の様な大きな手をぶら下げている。


 「こ、コイツは……」

 サラメが呻くように呟く。


 ソイツの後ろに転がっていた黒い固まりが同じく人型を形成し始めた。

 一、二、……四体もいやがる。


 「ア、アイアンゴーレムじゃ……」

 サラメが呟くと後ずさった。


 ただならぬ雰囲気に、俺も毛穴が開き総毛だっているのがわかる。

 「……なんじゃそりゃあ?」

 デカブツをにらみながらミスリルの剣を引き抜く。


 「ロック・ゴーレムの第二形態じゃ! 全身が鋼鉄で出来ておるっ。あれには矢も剣も通らんっ。逃げるのじゃ」

 

 ノサダとサラメは髭を震わせて手を振り回す。

 「何をしておるッ、ロック・ゴーレムどころではないぞッ。逃げねば皆死ぬッ!」

 逃げろ逃げろっ、とシェルパの服を引っ張り自らも下がって行く。


 「……って事はだ。コイツら倒さねぇと進めねぇってワケだ」


 コウもさっきデカイ魔力を使ったばかりだ。今度は俺のディストラクションで丸ごと吹き飛ばしてくれる。


 『亀――出番だ』

 ヒューンッ、と左手が海亀に変化する。

 その左手をデカブツにかざすと放射線状に広がるイメージをした。


 黒いデカブツのやたらとデカイ目が、ギンッと俺を睨む。


 『亀――。ディストラ――』

 念ずる間も無くアイアンゴーレムの口が光った。


 バヒュウンッ! 甲高い音とともに口から吐き出された閃光は、左手が咄嗟に展開したシールドごと俺を弾き飛ばした。


 「コウヤ様っ」ナナミの悲鳴が聞こえる。


 二、三メートル吹き飛ばされてゴロゴロと転がる。


 じ、冗談じゃねぇぞ?!

 魔力のタメなしで撃って来やがった。


 「ナナミッ。みんなと下がっとけっ。コッチくるんじゃねぇぞ」

 吹き飛ばされた衝撃でまだ頭がクラクラする。

 

 バビュウンッ! バビュウンッ! 


 別のデカブツ二体も俺を目掛けて撃って来る。シールドを張りながら飛び退いて避ける。


 バパァーーーンッン!


 地鳴りと共に黒煙を噴き上げた。爆風で今度は前に転がる。


 俺が(亀を使って)ディストラクションを放とうと魔力を集めたのに反応したのか? ターゲットとして固定されたようだ。


 「ギューーーッ」

 甲高い声をあげて、熊手のような手をビュゥッ、と突き出して来た。

 

 「ノォっ!」

 ミスリルの剣を握り直すとバチンッ、と振り払う。

 

 「上等じゃねぇかっ!」

 腰を沈めると一気に懐に飛び込んだ。このデカブツが邪魔になって他のゴーレムは狙撃出来ない筈だ。

 左手から来る手刀は亀で受け流し、右手から来る手刀はミスリルの剣で弾き返す。


 「ダァァァッ!」


 アイアンゴーレムの胸のあたりにミスリルの剣を突き立てた。ビィーーーンッと細かく振動し、剣はズブズブとのめり込んで行く。


 「ビィッ!」


 死にかけのセミの様な声を上げる。手応えは十分だ。


 どうだっ?! やったか?


 何事もなかったように、抱えるように手を回して来る。 


 まさか鯖折さばおり?


 ミスリルの剣にぶら下がるように真下にしゃがみこんだ。

 剣が抜けると同時に元いた場所へビュゥ、と腕が巻きつく。


 あっぶねぇ……っ。

 と、言う事は胸に魔石は無い。

 

 洞穴の様な口がチカッと光った気がした。

 反射的にヤツの股下へ転がる。


 ズドンッ! 目の前が真っ白な閃光に包まれ吹き飛ばされた。一瞬意識が飛ぶ。

 気がつくと左手をかざしその影に隠れる様にしゃがみ込んでいた。


 アイアンゴーレムを見ると仰向けに転がっている。地面を狙撃して反動でひっくり返った様だ。

 

 「ダァァァッ!」


 剣を逆手に握り直してアイアンゴーレムの眉間に突き立てた。


 パリンッ、と小さく音がして、アイアンゴーレムの動きが止まる。やがてポロポロとビー玉の様な粒になり崩れ去った。


 頭だったか?! 魔石があるのは眉間!


 弱点がわかれば倒せないこともない。

 再び力が湧いて来る。


 「コウヤ様ッ、危ないっ」


 ナナミの悲鳴が上がる。

 反射的にシールドを展開すると、後ろにいたアイアンゴーレムの狙撃で二、三メートル吹き飛ばされる。

 ドンッ、と速射して来るからディストラクションを放つ暇がない。


 「て、テメェらっ、いい加減にしろよ……」 


 飛び退き転がって射線から逃れようとするところを、槍の様な手刀が次々と襲いかかってくる。捌いては叩き落とし、時計回りに下がって行く。

 

 何か……何か手はないか?


 「コウヤッ! 10分凌しのいでっ」

 コウの声が飛んだ。


 「私が魔力を回復させるまでの間、10分凌ぎ切れッ。おまえならできる」

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