アイアンゴーレム②


 「私が火属性の魔力を回復させるまでの間、10分しのぎ切れッ。おまえならできる」

 コウの声が飛んだ。


 アイアンゴーレムに囲まれて手詰まりになっていたところだってえのに、相変わらず人使いの荒いヤツだ。


 「た、たった、10分、で、良い、のか?!」

 槍衾やりぶすまの嵐の中で、剣を振り回してしのぎながら強がる。


 「な、なん、なら、寝てても、良い、ゾッ」


 強がりと裏腹に息が上がりそうだ。

 アイアンゴーレムの手刀は、触れば切り裂く鋭さで迫って来る。

 関節が10個もあるから思わぬ角度から突き出されて来るのが厄介だ。


 しのぐだけでも精一杯。

 バックステップで距離を取りたくても距離を空ければ『狙撃』が襲って来る。

 下がるも地獄、進むも地獄だ。


 フーッ、フッ、フッ、……ッ!


 息が続かなくなって来た。 

 シールドを展開して力技で突っ込む。両側から弧を描いて手刀が襲いかかって来た。

 両方の手刀がビンッ、ビンッ、とシールドを揺らし、弾かれたアイアンゴーレムの体が仰反のけぞる。


 今だッ、シールドを解除すると剣を突き出す。

 狙いは魔石のある眉間だ。

 

 「ギィィィッ!」


 額には届いたものの首を逸らせて回避しやがった。


 と、背中がゾワッと総毛立つ。


 反射的に首をすくめて、前屈みに体を沈める。ジョリッと後頭部をかすめて、他のアイアンゴーレムの手刀が通り過ぎて行った。


 前に突き出している爪先を軸に、クルリッと反転すると目の前にはもう次の手刀が襲いかかっていた。


 「のぉぉぉっ!」


 左手の海亀でり上げ、体を反らすので精一杯だった。

 バチーーンッ、とバットで殴られた様な衝撃が走り、そのまま後ろに転がる。


 クッ、少し切られたか?!


 目の前が赤く染まる。どうやら額を削られて流血した様だ。見る見る視界が奪われて行く。


 「コウヤ様ッ!」

 ナナミの悲鳴が上がる。


 もう一発来る筈だ。ただでさえ関節が多いせいで軌道が読みにくい手刀が、きらめいたのが見えた。


 『亀ッ、シール……』

 念ずる間も無くバチーーンッと吹き飛ばされる。

 幸いシールドを展開する為に掲げた左手に手刀が当たって軌道はらされたらしい。

 ただ頭を揺らされたせいで、流血が飛び散り目に入った。


 クソッ、見えねぇッ。


 吹き飛ばされたついでに転がって、右手の袖で目をぬぐう。少し開いた右目にアイアンゴーレムの顔が映った。

 口がチカッ、と光った気がする。


 『ヤベッ! シールド』

 目の前が真っ白になった。『狙撃』が着弾する直前で、シールドが展開していた。


 バァンッ! と爆裂音が耳を突き抜けて、後ろに吹き飛ばされていた。


 「ファイヤボールッ!」


 ナナミの声が聞こえる。俺を狙撃したアイアンゴーレムが火に包まれている。


 「コウヤ様ッ、今のうちに逃げてッ!」


 バスケットボール大のファイヤボールが二発、三発と打ち込まれて行く。


 「アイアンゴーレムの属性は金じゃ。なのになぜ火が効かぬ?!」

 ノサダがうめく。


 その体はナナミのファイヤボールに包まれてなお、動きを止めることはなかった。


 「師匠ッ!」


 「……ッ!」


 リョウとシンが、狙撃しようと回り込んで来たもう片方のアイアンゴーレムに踊り掛かる。


 「ギィィィッ!」


 急襲されてアイアンゴーレムも戸惑っている。手刀を振り回して応戦しているおかげで、俺への狙撃が出来ない様だ。


 カイとモンがライオットシールドをかざして、俺と対峙するアイアンゴーレムの間に走り込んでくれた。

 更にその側面からオキナとサラメ、ノサダが光の矢ライトニングを掃射して注意を逸らしてくれている。


 わずかだが、詠唱する時間が出来た。


 ここまで来れば出し惜しみはなしだ。霊力を纏わせていく。


 「集えーーー集え。わが盟友たちよ。我が名はーーー軍神アトラス」

 金色の光に包まれた。


 カイとモンを下がらせると、ふぅっと風を巻いて近づいて行く。


 ファイヤボールの火焔で、視界を塞がれていたアイアンゴーレムもこちらの姿を捉えた様だ。

 チカッ、と口が光りバビュウッ、甲高い金属音とともに狙撃が始まる。


 軍神アトラス憑依をすると、周りの時間がゆっくり流れる中を早回しで動く様な感覚になる。


 右手を振るうとバァンッ、と爆裂音がして狙撃の閃光が吹き飛んだ。


 「狙撃を吹き飛ばしおった?!」ノサダの声が聞こえる。


 スルスルと近づいて厄介な手刀を斬り落とし、返す刀(剣)でもう片方の腕も切り落とす。


 「ギィィィッ!」


 唯一残されたヤツの反撃の手段。

 狙撃を撃つためにこちらに顔を向けた。この瞬間を待っていた。俺に当てるためには顔を正面に向けねばならない。


 「フンッ!」


 ミスリルの剣でヤツの両眼の間、眉間を刺し貫いた。

 パリンッ……。

 魔石が砕けた手応えが伝わる。

 バキバキと音を立てて体がひび割れ、アイアンゴーレムの体が崩れて行く。

 パーーーンッ、と弾け飛ぶ様に粉々に砕けて消えた。


 「コウヤッ、もう良いぞっ。全員下がってッ」

 コウの澄んだ声が響いた。


 やっと準備が整ったかい?!


 残り二体のアイアンゴーレムを牽制しながら、他の連中を下がらせる。


 「コウッ、こっちも良いゾッ」肩越しに声を上げた。


 「フレアッ!」


 目を焼くばかりの火焔がアイアンゴーレムの足元から巻き起こった。


 ゴウッ、とあたりの空気が一気にたぎる。


 「ギィィィーーーーーッ」


 あまりの高熱にアイアンゴーレムも身動きが取れないでいる。

 立て続けにコウが次の魔法の詠唱に入る。


 「冷気の極みーーーフローズン・クールーーー更に下れ、更に下れーーー」


 あたりの空気が一気に冷やされて白い霧が立ち込めた。

 キンッ、キンッ、と空中の水分が凍り、サラサラと雪の様に舞い散る。

 アイアンゴーレムはギシギシと音を立ててこちらに近づこうとうごめいているが、関節まで固まって身動きが取れない様だ。

 先ほどまで真っ赤に熱せられた体が、真っ黒に変わり白い膜に覆われた。


 「絶対零度アブソリュート・ゼロ


 コウの掛け声とともに、アイアンゴーレムは真っ白になりパーーーンッ、と破裂して消えた。


 「体の表面だけ絶対零度に下げた。

 もろくなった表皮は高熱で膨張ほうちょうした内部の圧力に耐え切らずに砕け散る……。そんなところね」


 これはあれですか? 北斗◯拳的の奥義の後的な、アレなんですか?


 コウの呟きに全力で突っ込みたい俺がいる。それとは違う反応を見せている人がいた。

 吹き出した溶岩と岩石が冷え固まり、キラキラと輝いている。


 「守ろうとする力か? 何かを守ろうと死力を尽くし合うーーー素晴らしい……」オキナだ。


 「コウ……。素晴らしいよ」

 目にお星様が宿り、こぼれ落ちるくらいキラキラと輝いている。


 「えっ?! そ、そんなでもないよオキナ。前も使った事あるし。魔王戦の第一四天王の時だったかな?」

 我に返って急に恥ずかしくなったのか、コウがワタワタしている。


 「これで『VT信管』の破裂タイミングが調整できる」

 懐からメモを取り出して何やら数式と魔法陣を描き始めた。


 (仕事の事だったのかよ……)


 チッ、とコウの舌打ちが残念そうに響いた。

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