魔獣の森

 鬱蒼うっそうとした森林地帯『ボダイ』。

 『ミズイ』の領都オーラン・バータルから更に六百キロ北に位置する。


 平均気温は九度。日本で言えば北海道くらいだと思う。夏場は二十五度くらいだが、冬場になるとマイナス十度まで冷え込むから、夏場の今が一番良い季節かも知れない。


 オキナが立ち止まって、大きく息を吸い込む。

 うん、空気が澄んでいると満足そうに少し笑う。


 「『ミズイ』も涼しく感じたが、少し寒いくらいだな」と呟いた。


 魔獣の森へ続くなだらかな坂道。

 道の両脇は牧草の絨毯を敷き詰めた様な、なだらかな丘になっている。

 魔法陣を使って『ボダイ』の魔獣の森近くまで、調査に必要な資材も一緒に転移して来た。


 俺もああ、と頷きながら黒々と広がる魔獣の森を指差した。

 「いずれは避暑地として開発するつもりだったが、こう魔獣の森が近くちゃな。物騒で買い手もつかねぇ」


 バックパックをヨイショっと肩にからげ直して振り返ると、俺たちから二メートルほど離れて、コウとナナミ、運搬役シェルパの四人、戦闘員アタッカー八名。

 殿しんがりに『風の民』のカイが続く。


 シェルパは疲労軽減の為、戦闘員アタッカーが交代して受け持つ。

 索敵シーパーは、コウと俺が兼務する。

 合計十九名からなるパーティーが、『ボダイ』の魔獣の森を目指して緩やかな丘を登っていく。


 「……でね。コウ様。酷いと思いません? コウヤ様ったら、こんだけ健気な私をほっといて朝から晩までお仕事ばっかり。どう思います?」


 ナナミ。そ、そう思ってたのか?

 そう言えばここのところ、忙しくて構っていなかった気がする。


 「コウヤの要領の悪さは筋金入りだからなぁ。まぁ今が一番大変な時期だし、少し見守ってあげたら?」 


 コウよ。なかなか良い事を言うではないか?


 話の途中からニヨニヨ笑いだして、埋め合わせにーーーと続ける。

 「ゲルも二人用を準備したところを見ると……」とここからは急に小声になってゴニョゴニョ話をしている。

 

 な、何を話している?

 言っとくが、二人用のゲルを準備したのはカイだぞ。


 『婿殿。場所を変えれば、気持ちもパァッと変わりますからなっ。

 仕事の事など忘れて、ナナミと仲良くしてやって下さい。まぁ……。その、なんだっ。

 “孫”でも仕込んで頂いてですなッ! ガハハハッ』


 なんで”孫”焦ってんだよ?!

 たしかに忙しくて、そんな事してる間がなかったけどよっ。今回もハネムーンじゃないからっ。


 妙に意識してしまって顔が熱くなって来た。


 「ふふふっ」


 「えーっ、そんな事……」


 な、何を話している?


 こちらをチラリッと見ては笑う二人に、思い切り愛想笑いを返しながらオキナと顔を見合わせる。

 二人の女子の会話が、鬱蒼とした森林の風景まで明るく彩っていた。


 ◇◇◇


 不意に先導しているコウの左手が上がる。


 「この先に何かいる」


 指さす方向には針葉樹の森が見えるばかりでそれらしい気配は感じ取れない。経験者だからこその勘らしい。


 コウが両手を広げて、魔力の網を広げていく。

 「索敵を展開する」そう言うと、目を半眼に閉じ指さされた方向に大きく広げて行った。


 「マズイな……」

 広げた両手で見えない敵を触るように形をなぞっている。 


 「木が邪魔して上手く索敵が出来ない」


 だが恐らく……と呟くと、シェルパを囲む様に指示した。もちろんナナミとオキナも囲みの中だ。


 「コボルトの群れだ」

 

 言い終わらないうちに、ガサガサッと下草をかき分けて高速で近づく気配がした。


 顔は犬、姿は小学生くらいの人型。両手から長い鉤爪を閃かせて、身体を低く沈めて走り寄って来る。

 こいつらの厄介なところは、群れで狩をする事だ。単体なら大人一人でも撃退する事も可能だろう。


 しかし、コイツらは二十から三十匹の群れで行動する。そして、群れで行動する以上、ボスがいる。

 群れの大きさにもよるが、二、三十匹ならハイコボルト、百を超えるとコボルトリーダー、その上位となるとコボルトキングとなって行く。


 このクラスになって来ると、冒険者でもAクラスのパーティーでないと危うい。Aクラスのパーティーでも事前に群れの獣道を調べておいて、罠を仕掛けるのが常套手段だ。


 「コボルトって夜行性と聞いていたんだがな」

 チッと舌打ちすると、俺はミスリルの剣を抜き放つ。鬱蒼とした森の中の林道はかなり狭く、足場も悪い。

 

 「こりゃあ、『縮地』も使えねぇな」


 突進技である『縮地』は相手が見える範囲で、着地点の足場がしっかりしていなければ転げてしまう。

 群れの中に飛び込んで、転がってしまう次に何が起こるかはご想像の通りだ。


 「コウっ、ぶっ放せるか?」

 薄く両目を開けて、索敵を展開しているコウに尋ねてみる。


 「周りを見ろ。火属性はダメだ。引火すればこちらが煙に撒かれる。ダブステップもこう障害物が多くてはな……」


 頼みのコウも森の中では苦慮している様だ。


 「範囲は限定されるが、光の矢ライトニングと物理攻撃で各個撃破しかあるまい」

 そう言うと、遠巻きに包囲しようと走っている一団を狙撃し始めた。


 「そんじゃ、ひと暴れするか」

 

 フンッ、と闘気を全身に纏わす。

 ドンッと足元の地面が沈み、ミスリルの剣がビィーンと細かく振動を始めた。


 「行くぞっ」


 俺の短い号令で、『風の民』と獣人たちがナナミとシェルパを囲む様に展開した。

 

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