コボルトの洗礼


 『ボダイ』の魔獣の森に入って暫くしたころ。

 「コボルトの群れだ」

 コウが探知したのはコボルトの群れだった。


 「そんじゃ、ひと暴れするか」

 

 フンッ、と闘気を全身に纏わす。

 ドンッと足元の地面が沈み、ミスリルの剣がビィーンと細かく振動を始めた。


 「行くぞっ」


 俺の短い号令で『風の民』と獣人たちが、ナナミと運搬役シェルパを山の斜面に沿う様に展開した。

 少し離れた立木の間を縫う様に、コボルトは走り抜けて行く。


 「光の矢ライトニング


 シュタタタッ、っと下草をコウの光の矢ライトニングが薙ぎ払って行く。

 コボルトの的が小さい上に高速で動き回るため、木立や飛び出した岩に阻まれて回避されてしまった。


 「囲まれた様だな……」

 コウが形の良い眉を顰める。


 シャッっと『風の民』と獣人が、山刀マチエットを抜き放った。互いの刃先で傷つかぬ様、間隔を空けて運搬役シェルパを囲む。ヤツらの狙いは運搬役シェルパの運ぶ食料だ。


 「ライトニング・ボウガンはあるか?」

 オキナが運搬役シェルパに声をかけて、折り畳まれたライトニング・ボウガンを素早く組み立てた。


 林道は細長く、平地の様に丸く防衛陣を展開出来ない。

 こちらは細長く縦列でしか動けないのに対し、コボルトは斜面だろうが木立の上からだろうが襲ってこれる。


 俺はコウに、そのまま撃ち続けろっと身振りで合図する。今は撃退するより、近づけない事の方が先決だ。

 コウならそれこそ無限に撃っても魔力切れを起こす事はない。


 「了解っ」


 ズザザザッっと、石畳みに豪雨が叩きつけられる勢いで光の矢ライトニングを掃射して行く。


 「「ギャンッ」ギャンッ」


 下草の生い茂ったあたりから、コボルトの悲鳴が上がる。


 「ギャギャギャギャッ」

 叫び声を上げながら、並び立つ樹木をすり抜け山の斜面を駆け降りて来る一団があった。


 「上だッ、コウッ。右十五時の方向っ」

 オキナが叫ぶと、ライトニング・ボウガンを掃射する。それに合わせるように、コウの射線は山の斜面を一斉に舐めて行った。


 パンッ、パンッ、と樹木を削り、白い破片が飛び散る。


 「ギャギャギャギャ」


 叫び声を上げながら、三十センチもありそうな爪を閃かせて頭上から三体襲い掛かってくる。風の民がマチェットで左爪を受け止めている間に、右の爪で耳を切り落とされた。


 「ぐっ!」


 反射的に顔を反られたのがいけなかった。着地するや否や、受け止められた左爪を引き抜くと腹に右爪を突き刺してくる。


 「シッ!」

 俺が飛びかかって、寸手のところでコボルトの右手を切り落とす。


 ギャンッ、と悲鳴をあげると、森の中に走り去って行く。辺りを見ると、もう一人押し込まれている『風の民』がいた。コボルトは右左と長い爪を閃かせて、脛を削ったかと思えば飛び退き、飛びかかっては顔の当たりを薙いで来る。

 相手の素早い攻撃に受けるのに精一杯で、必死に山刀マチエットを振り回している。

 

 「刺突だっ、突き放せっ」

 俺からの声に反応する様に、山刀マチェットを突き出した。丁度足元に潜り込もうと低く入って来たコボルトの額を山刀マチェットが抉る。


 「ギャアッ!」


 カウンターで入った山刀マチェットに、身体ごと後ろに吹き飛ばされ仰向けに転がった。


 「ギャギャギャギャ」

 いつのまにか下草から忍んできたコボルトが、運搬役シェルパに飛びかかっている。

 

 「ヒイッ」


 反射的に背を向けた登山用のバックパックが盾となって、コボルトの爪を回避した様だ。


 バックパックに衝突し、ボテリッと着地したソイツを俺が斬って落とすと、ナナミのいた辺りを振り返る。

 

 「ナナミッ、俺の影に隠れろッ。突っ込んでくるヤツは俺が防いでやるっ。後ろから削れるかっ?」


 「うんっ、やれるに決まってるッ!」

 俺の後ろに回り込むと、手のひらをクルリと回してその中に術式を書き込んでいる。


 「お勉強した甲斐が、あったじゃねぇか?!」

 肩越しに後ろに笑いかけながら、索敵に反応があったところを薙ぎ払う。


 「ギャアッ」


 「ん?」


 見ると悲鳴が上を上げながら、コボルトが転げ落ちていった。無意識に払い除けたつもりが、襲いかかって来たコボルトの脇腹を切り裂いていたらしい。

 無意識ってところは黙っていよう。


 「ウォーター・ボールッ」


 ナナミの詠唱が完成したのか、突き出た岩にバシャッとポリバケツでぶちまけた位の水が降りかかった。

 ナナミの水属性の魔術の怖い所はここからだ。


 「ウォーター・カッターッ!」


 甲高い声が響くと、岩を盾に隠れていたコボルトへ濡れた岩から無数の刃が浮き上がり、襲いかかった。


 「「ギャギャーーッ」」


 障害物の後ろに回り込んだ水の刃に、コボルト達の血吹雪が舞い上がった。


 「ナナミ……。これってウォーター・カッターじゃないんじゃないか?」


 「良いんじゃない?」


 「……い、良いのか?」


 まぁ良い。気がかりなのは前列に回ったコウとオキナだ。


 「コウッ、オキナッ」


 見ると、光の矢ライトニングをそこら中に掃射している。オキナも手にしたライトニング・ボウで、飛び出してくるコボルトを撃ち落としでいた。


 その弾幕を潜り抜けたコボルトが、俺の後ろに向かってダッ、と地を蹴ると飛びこんで来た。


 「フンッ」


 俺はすれ違いざまに右袈裟に切って落とすと、背中にゾワッと悪寒が走る。


 クルリッと振り返ると、上の斜面に気を取られている間に、背後に忍び寄ってきた様だ。


 「ギャギャ――ッ!」


  俺のくるぶしのあたり(アキレス腱?)を狙っていたようだ。

 ヒョイと飛び退くと、鋭い爪が空を切った。


 こちらから見れば、背中がガラ空きだ。そのまま剣を振り下ろして、息の根を止めた。


 「アォォォーーーッ」


 遠吠えが響き渡った。ガサガサと音を立てて迫って来ていたコボルトの群れが、ピタリと止まる。


 「アォォォーーーッ」


 あちこちで遠吠えが鳴き交わされると、そこら中に溢れる様に湧いていたコボルト達が、一斉に山へ帰って行く。


 「どうやらしのぎ切った様だな」


 フゥ、と息を吐き出しながら、オキナが去ってゆくコボルトの群れを見ている。やがて俺に向き直ると


 「探索は一旦中止しよう。仕切り直しだ」

 そう言って来た方向を指さした。

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