お出かけ前は肉の香り
◇◆コウヤ目線◇◆
「失礼しまぁするっ」
通信石から送られてきた報告書をヒラヒラさせて、サラが入って来た。
「方位石と、魔眼が『ボダイ』に設置できた様です」
ここからひと月はかかる『ボダイ』を調査する為、魔法陣の座標になる方位石を送っていた。
やっと調査の段取りが整ったわけだ。
溜まり溜まった仕事も、オキナとコウに手助けをもらい終わらせて、二ヶ月前倒しで仕事もあと引き継ぎを残すのみになった。
コウの見た幻影。
そこには苔むした巨大な竜石が聳え立ち山頂から下界を見渡している。
『リーン。時が迫って来ている。僕は『ボダイ』にいるよ。あの時の約束を果たすために』
スンナと名乗るドラゴンのメッセージ。
その調査の同行がやっと始まる。
サラは「こっち置いときますねぇ」と、言い残すとさっさと出て行った。
なんなんだ? アイツ……?
ちょっとポカンとすると、サイカラから突かれる。
「ーーーでは、非常時の連絡網はこれで良いですね?」
中央で政変が起きている以上、当てには出来ない。そのための体制の修正と、援軍が必要な際の連絡先、非常時の対応マニュアル……etc。
おおよその下書きは、オキナが作っていてくれたら手直しの作業だけで済む。
「ハァ……。よくここまで考えられるものですねぇ」
サイカラが、少し自信を無くした様に呟く。
オキナが、予想を上回る内容を出してきたものだから少し怯んだ様だ。
「まぁ、あちらさんはゴシマカス王国全体を見てたんだ。経験の差だろう」
落ち込むサイカラを慰めた。
慰めはしたが、どれだけの経験を積めばこれだけのモノが出来るのだろう?
およそ非の打ちどころのないマニュアルに舌を巻く。
やはり、天才軍師と言われるだけの事はある。
「では、これくらいに致しましょう。コウヤ様もご自身の準備があられるでしょうから」
「サイカラ。いつもスマンな。これも国債をたんまり買ってもらった義理だ。他にもアレも、コレも……」
「ずいぶん借りを作っているようですね」
「そうとも言う」
「今回も増やしてしまう事が無きよう」と、疲れた顔で少し笑った。
「なぁに、全部返済してくらぁ」
ニパァっと笑うと、ポンポンっと肩を叩いてやる。
「『ボダイ』には美味い薬膳酒があるってよ。
ポーション並に回復するそうだ。たんまり送ってやるから、それを飲んで少しは休めよ。たまにサボらねぇと、死んじまうぞ」
「しょっちゅうサボっている方から言われたくありません」銀縁のメガネが光った。
うおっ?! 地雷だったか?
怯えて見返すが、顔が笑っている。
「まぁ、お気持ちだけ受け取っておきます」
くれぐれも怪我のないようにと付け加えると、そそくさと執務室から出て行った。
◇◇◇
「オキナさん。色々手伝ってくれてありがとうな。明日飯でもどうだい? コッチはナナミを連れてくるから、コウも一緒に」
さすがにここまでやって貰って、何もなしって訳にはいかないだろう。ってわけで昨日お誘いしたらちょうど観光の目玉を探していたと二つ返事で了解してもらった。
観光といえば、美味い地元飯だ。
「これも役得」とニコニコしている。
オラーン・バータルの中心部。領主館から歩いて五分のところに唯一の一つ星レストランがある。
もちろんミシュランの一つ星ではないが、食通で知られるサユキ上皇のお妃も忍んできた際に『ここは一つ星よ』と叫んだ(そんなわけはないのだが)と噂の、格式のお高いところだ。
「ついに来たわねっ。肉っ」
昨日から気合いを入れていたナナミが、黄色い魔光石にライトアップされた『酒楼 竜襲亭』の前で、目を潤ませている。
「コウヤッ、遠慮なくご馳走になるよっ」
コウがオキナにエスコートされて入ってくる。
「田舎料理で大したもてなしもできないが、ここらじゃ一番マシなところだ。個室を取ってある。
手伝ってくれたお礼だから、遠慮なんかいらねぇよ。ドンドンやってくれよ」
俺は手酌をクイッとやる真似をしてわらった。
◇◇
「へぇ、これがボナシューですか?」
初めてみる拳大の蒸し餃子にオキナが驚いている。
「食う時は、汁が飛び散るから気をつけてな」
ナプキンを首に回しながら注意する。
ナナミは慣れたもので、箸ですくうと端っこを噛み切って汁を軽くすすったあと少しずつ口に入れては、モキュモキュしてる。
うん。モルモットみたいでかわいい。
コウも恐る恐る口に入れるが、焼き餃子のイメージが抜け切らなかったのだろう。ガブリッと行ってしまった。
「はふぅっ!《熱っ》 はつっ《熱っ》」
溢れ出る熱い肉汁に、口中を占拠されて目を白黒させている。
「だから言ったじゃねぇかよっ。ほれっ、水っ、水っ」
慌てて水差しからコップに水を注ぎ足してやろうとすると、すでにオキナが水を満たしたコップを差し出していた。
「こんなこともあろうかと思ってね」
こちらを見て、ニヤッと笑うと咳き込むコウの背中をトントンッと優しく叩いている。
「あ、ありがとうっ。オキナ」
ちょっと涙目になっているコウを見て、オキナが優しく微笑んだ。
うーん。ごちそうさまって感じだなぁ。
メインディッシュのワイバーンのステーキがやってくる頃にはほぼ腹がみたっていた。
「入るかなぁ?」
ほぼ全員が首を傾げていたが、ここから『ミズイ料理』の本領発揮だ。
素材はもちろんワイバーンの肉だが、その肉を酵母で包んで更にババリアの樹の葉で包む。
その葉に包んで三日間、じっくり熟成させると蕩けるように柔らかくなって、柑橘系の甘い香りが肉へ移り口の中に入れるとほのかに香る。
「「「美味いっ」」」
「とろけるな……」コウが驚いて目を見開く。
「うーん。ジューシーだが、ひつこくない」
口の中に濃厚な肉汁が広がるが、さっぱりとしたあと口になる。
あっという間に平らげて、いつの間にかドラゴンの竜石を探索する話になった。
「移動は魔法陣で行くとして、魔獣の森を抜けて行くんなら群れで襲われるかもしんねぇぞ? 五、六人はいるぜ。あと物資を運ぶシェルパも入れりゃ、十五、六人のパーティーは最低限だ」
気になっていたメンバーの編成をオキナに尋ねてみる。
「それは困ったな……。私とコウ、コウヤ殿の三人で行くつもりだった。『ドラゴンズ・アイ』召喚品関連だから、極秘で動く様にとのお達しだからな」
今から編成は間に合うか……? 形の良い眉をしそめて考えている。
「それなら心配ないよ」
ナナミがデザートのジェラートを口に入れながら、口を挟んできた。
「お父ちゃんが『風の民』の精鋭を集めたからって言ってたから。私も行くけどね」
「「はぁぁっ?」ええっ?」
俺とコウの声が被る。
ナナミさん、カイ《お父ちゃん》に話ちゃったの?
「獣人も五、六人見繕っておくって。是非、大王にお供したいってついて来たらしいよ」
「「「はぁぁぁっ?!」」」
俺、コウ、オキナはその場で固まっていた。
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