ライチ公爵の憂鬱
◇◆ライチ公爵の目線です◆◇
今日も魔界の天候は荒れていた。
荒れ狂う風に稲妻が煌めく。
その稲妻に照らし出されるのは、高さ五十メートルを超すピラミッド状の魔王城。
十五の層からなり、所々に火が灯り真っ黒な城壁に覆われたそれは、不気味な姿をそびやかせていた。
その最上階にワシ、ライチ公爵の執務室がある。
魔王オモダル様の復活を信じ、無軌道に破壊に走ろうとする魔人どもをまとめて来た。
「全く魔王オモダル様は何を考えておられるのだ?」
何度この言葉を呟いたのだろう?
前回獣人の反乱に乗じて、第三都市『ブホン』まで攻略させた。魔人の犠牲者はゼロ。対して人間どもに与えた被害は三千とも四千とも見積もれる。
「あと一歩であったのじゃ……。あとは王都ド・シマカスを陥して、他の中小の国を平らげるだけで我らは世界を統一できたものを……」
それを魔王オモダル様は良しとしなかった。
『世界を調和させ、生きとし生けるものを均等に生きる事のできる世界を作る』筈ではなかったか?
魔人こそ生きとし生けるものの覇者であらねばならぬし、力がなくては均衡も保てないではないか?
誰に問うでもない独り言に、魔王オモダル様の言葉が蘇る。
『お前がやろうとしている事はそう言う事だーーー。調和ではない。破壊と
またこうも言われた。
『『調和』とは、『適度な均衡』の上に成り立つ。それを破る者こそ我らが真の敵。我らが力を示す時はすなわち、均衡を壊す者を滅する時だ』
「魔王オモダル様は、何をされたいのじゃ?」
何度考えてもわからぬ問いに、荒ぶる気持ちを抑える事が出来ずにいた。
ブブッと音がして通信石から暗号文が吐き出される。
乾いた皮膚に皺が寄り、牙が剥き出しになる。
ガンケン公爵、いや今は『白の騎士団』のガンケン・ワテルキー団長からの報告だ。
「ほう? 『ドラゴンズ・アイ』が見つかったとな? して古代遺跡の秘宝は……? まだか。引き継ぎ探せと伝えよ」近侍にメモを渡し、指令を口頭で告げる。
ガンケン・ワテルキーは魔王オモダル様が勝利した第一次遠征の前から、人間界に潜ませた”使い魔”だ。
使い魔に出来る王族を探していたが、廃嫡された王族がいると聞き運良く見つける事ができた。
警戒の厳重な王宮と違い、比較的侵入のしやすい公爵家へ養子に出されていた事も幸いし接触も比較的楽だったし、まだ子どもゆえに『健康な身体と魔法』をチラつかせただけでコチラに引き入れる事ができた。
「安い買い物だったわい」
前回の獣人の反乱の際、カノン・ボリバルが派遣したコンガを引き合わせたのも彼だ。
引き継ぎ送られてきた文面に顔が綻ぶ。
「さて、教会が後ろ盾となったか。魔人の使い魔と、女神アテーナイの教会が手を組むなどとは……笑えるの」
戦とは、剣を交える前に八割がた勝敗は決している。
そこまで、どれだけの準備をしてきたか? にかかっている。ニッチもサッチも行かなくなってから、仕掛けて勝てた戦などないのだ。
『ガンケン・ワテルキー団長』のおかげで、調略の準備は整った。
「ライチ公爵。次は如何なる一手を?」摂政のガワツが尋ねる。ワシの右腕だけはある。聞き役に徹し、考えをまとめさせるつもりらしい。
「ゴシマカス王国を滅ぼし、魔人国を代わりに据える既定路線に変更はない。だが、肝心の魔王オモダル様の狙いがわからぬ限り動きが取れぬ」
「『調和』とやらで? 我らには一向に理解出来ませんが。既に肉体は滅びたお方は関係ないのでは? 調略が進み次第、侵攻をした方がよいと愚考致しますが」
「畏れ多い事を申すな。あの方を怒らせては我ら魔人国の方が滅びるぞ」
ゾクッと肩を顰める。
空間転移で亜空間『奈落』まで送り込んだのに、あの方は『奈落』ごと破壊してしまわれた。
もはやあがらう術を思いつかない。
「じゃが、『ドラゴンズ・アイ』と古代文明の秘宝が見つかれば、別の話じゃ。アレは世界を焼き尽くす災禍ともなり、救う『希望』ともなる。未だもって、詳細は不明じゃが……」
パズルを組み上げたくても、肝心のピースが揃わない。
「しばらくは様子見だわい」
ふぅ、と息を吐き出して皮張りの背もたれに沈み込んだ。まだやれる事があるとすれば……。
カノン・ボリバルの方か?
利用するには手強いヤツだが、目的のためには手段を厭わぬ筈だ。
条件次第では乗ってくるかも知れない。
ヒューゼン共和国に落ち延びたと聞く。主梁を勤めるフィデル・アルハン議長はカノン・ボリバルの事をえらく買っているようだ。
あそこも突けば転がり出てくるモノがあるやも知れぬ。
「ヒューゼン共和国あたりが、動き出すかも知れんな。放っているモグラに逐一報告せよと伝えよ。
軍部だけではない。政府広報に気を配れと付け加えてな」
プロパガンダ《世論誘導》は、共和国のお家芸じゃからのう。思わぬ狙いが探れるやも知れぬ。
やれない時はやれる事を、やれるだけやっておく。
さて、どんな駒がでてくるやら……。
「『ミズイ』にも動きがありました。勇者コウヤに、魔導師コウ、オキナが接触している様です」
宰相のガワツが、中空にクルリと縁を描き魔眼の映像を再生する。
音までは拾えていないが、何やら旅支度をしている様だ。
「フム……。ありきたりな旅装じゃのう? ゴシマカスの中枢から追われて、復帰する勢力を取りまとめに奔走すると踏んでおったが。何を狙っておる……?」
椅子の肘置きをトントンと弾き、思索の深淵に沈む。
「ともあれ、例の”モグラ”に逐一報告せよと伝えよ。魔王オモダル様の発現もあるやも知れぬ」
もっとも注視して置かねばならぬ連中かも知れぬ。
魔王オモダル様の発現があった時、一番そばにいた連中じゃからのう。
何が起きても対応出来るよう、魔人どもを張り付けておくか?
この時にはまだワシも世界が動き出す胎動を感じてはおらんじゃった。
あとから思えば、これが始まりじゃったのにのう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます