カノン・ボリバルの脱走
◇◇カノン・ボリバル目線◇◇
ガタゴトと馬車が進む音がする。
俺カノン・ボリバルは謀反の罪状で死刑を言い渡たされ、刑場へ移送する馬車の中にいた。
頭からすっぽりと被せられた麻布のせいで視界は薄茶色一色で、粗い織り目の間から漏れる日の光がチラチラと通り過ぎる建物の影を映す。
馬車の荷台に取り付けられている囚人を
時折り「てめぇのせいで家が焼かれたっ。地獄に落ちろッ」とか「あの子を返してッ」と言う子を亡くした母親らしき甲高い声がしてバシャッ、と投げ込まれる生ゴミのせいで、あたりには酸っぱい匂いが立ち込めていた。
放って置いても死ぬって言うのに人間どもめ。
自分の事ならまだ良いが、死出の旅に付き合わせる事になったライガを思うと怒りが湧いて来る。
努めて平静に声を掛けた。
「ライガ。俺は良き友を得たと思っているよ。再び生まれ変われるなら、また友として交わってくれるか?」
『カグラ』での魔王との戦いで雷撃を喰らい、てっきり死んでしまったと思いきや蘇生していた。せっかく蘇生したのにすぐに死刑にされる理不尽さに
気がかりだった他の獣人たちは、意外にも勇者コウヤの嘆願で助命され彼が引き取ったと聞いた。
首謀者だった俺カノン・ボリバルと、ライガだけは許される事は無く軍事裁判で死罪を言いつけられ即刻執行されると言うわけだ。
「何っ? またどっかで戦いが呼んでいるのか?」
少し笑いを含んだ声が帰ってくる。
「もう決着はついている。叶わぬ夢だったが最後まで付き合ってくれた。礼を言う」
彼一流の優しさだろう。戦うためだけに産まれて来た様な男だ。戦った事への後悔は微塵もないと言いたいらしい。と思っていると意外な答えが返って来た。
「何言ってるんだ? 刑場に着いたら檻を開ける筈だ。天井から手錠を外した瞬間に、俺が人間どもを蹴散らして突破してやる」
「隷属の呪法をわすれたか?」俺カノン・ボリバルとライガには首の後ろに逃亡すると爆発する『肉の芽』が埋め込まれている。
「肉の芽だろう? こんなもん削っちまえば良い」
フンッと笑う。
「死ぬぞ」
「希望はある。獣人の仲間たちが俺たちを助けに来るんだ。昨日夢で見た」
「そうか? 悪くない夢だ」ふふっと笑う。
「まだ終わっちゃいねぇよ、カノン」ライガも豪快にカカカカっと笑った。
死出の旅へ向かう馬車の中で、友の冗談ともつかぬ優しさに返す言葉を失った。
◇◇◇
王都から離れ二十分程の魔獣の住む森の近くまで来た様だ。ギャー、ギャーと鳴き交わす声が聞こえる。恐らくここで銃殺され、死体は魔獣の餌になるのだろう。
突然、ブルッと索敵に引っかかる気配があった。
「グワッ!」と言う悲鳴と、シュタタタッと響く|光の矢
《ライトニング》の音。
「な、なんだ貴様らッ」と言う警護班の声に続けて「ギャァァッ」と悲鳴が響く。
ガチャンッ! と言う音とともに馬車の扉は荒々しく開かれた。麻布を取り払われ顔を見せたのは、顔に傷のある狼の獣人だ。
首筋に光る魔道具を押し当て(解呪の魔道具か?)肉の芽をむしりとると、手早く手錠と足枷を奪い取った鍵で外す。
「誰だ? 見覚えの無い顔だが......?」
「説明している暇はない。死にたくなければついて来て貰おう」
どうやら味方の様だ。「ライガッ、行こうっ」
どうせこのままここにいても殺される身だ。二人で檻の外へ飛び出す。先程の男がバックパックから飛行帽を二つ取り出して投げてよこした。
「それをつけてついて来い」
「なんだ? この帽子は?」
「説明している暇は無いと言ったはずだ」
「待てぇッ、動くなッ!」と叫び声が聞こえる。
襲撃を察知してゴシマカス刑務員が追撃して来た様だ。
「早いな……」予想より早い寄せに舌打ちをすると、ライガがニヤリッと笑った。
「先に行け」言い捨てて走り出すと、刑務官の前に躍り出る。
「て、抵抗するかッ、貴様っ」
刑務官が振り回す剣を掻い潜り隙だらけの腰に取り付くと、ガゥッ! っと咆哮を上げてそのまま地面に叩きつけた。
「ぐおっ」と呻き声が響く。
「ガァ――ッ」
ソイツの剣を奪って振り返ると、あっと言う間に追いかけてきた三人を斬り捨てた。
「……たまげたね」
助けに来た筈の狼の獣人は、ポカンと呆れた顔で見ていたが「コティッシュだ。コティッシュ・ガーナン。ヒューゼン共和国の第二空挺部隊所属。お前を連れて来いとの議長の指令だ。助けてやる」
そう言って右手を差し出して来る。
「議長が欲しがるわけだ」と付け加えるとニヤッと笑った。森の奥を指さし「この先に脱出用の飛竜がいる。そこまで走れ」そう言って、ついて来いと走り出した。
ブブッ、と索敵が反応し背中の毛が逆立つ。
「五、六名はいるな。小隊クラスが追いかけてきた」走りながらコティッシュに告げ、後ろからついてくるライガを振り返った。
「ライガッ、森に逃げ込めば我らのものだっ。森の中に誘き寄せて始末しよう」
何故かライガが立ち止まっていた。
「いや、それでは逃げ切れまい」
迫り来る小隊の更に後ろを見ていた。もう五、六人が馬を疾駆させ見る見る追いついて来ている。馬上でクロスボウを構えると一斉に掃射して来た。
「カノンッ、ソイツと逃げろっ。運が良ければまた会おうッ」身を翻し、森の縁に沿って走り出した。
馬鹿なっ? 囮になる気かっ?!
「ライガッ」
後を追って駆け出そうとする俺を、コティッシュが押し留め首を振る。
「行くなッ、行ってもやられるだけだ。彼の気持ちを無駄にする気か?」
じっと俺カノン・ボリバルを見つめる。
唇を血が滲むほど噛み締め「死ぬなっ、ライガッ。必ず助けに来るッ」と叫ぶと、コティッシュの後ろから駆け出した。
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