フィデル・アルハン議長との邂逅


◇◆カノン・ボリバル目線◇◆


 「フィデル・アルハン議長......。あなたが助けてくれたのか?」


 俺、カノン・ボリバルは死刑寸前に救出され議会堂にある議長室を訪れていた。

 脱出を文字通り手助けしてくれたコティッシュ中尉が、俺を先導して議長の部屋までの露払いを勤めてくれている。


 独立運動の際真っ先に独立の承認をしてくれたのが、ここ『ヒューゼン共和国』だ。

 撤退を決意し、亡命を求めたのもここ。それほど大きな後ろ盾となってくれていた。


 「最初から最後まで……。貴方の友誼に助けられた」

 

 『平等』を旗印に急成長を遂げたこの国に、強いシンパシーを感じ俺カノン・ボリバルは早くから度々接触していた。

 その際、このフィデル・アルハン議長と知己となり友誼を得ている。


 「お礼の言葉も見当たらぬ。私に出来る事なら、何なりと申し付けて頂きたい」と片膝を付き、首を垂れて臣下の礼をとる。


 フィデル・アルハンはヒラヒラと手を振り「コティッシュ中尉、見事に任務を果たしてくれた。礼を言うよ。後は、こちらがやるから休んでくれ。ご苦労様」

 と少ししゃがれた声でコティッシュを下がらせると、俺の手を取り立ち上がらせた。


 ここ『ヒューゼン共和国』の最高議長フィデル・アルハン。

 歳の頃は六十と少し。

 だが年齢を感じさせぬ覇気と、長い時間をかけて政敵を排除しこの国のトップになった強かさが、実際より十は若く見せる。


 「君ほどの男を、失うのは惜しいと思ってね。コンガの件は聞いている。残念な事をした」

 肩を抱きながら、議事堂へ続く廊下へ促す。


 「ライガ君の事も聞いた。密偵を放って探させよう。なに、彼の事だ。切り抜けている筈さ」

 俺カノン・ボリバルと肩を並べる程の巨躯で、肩に回す手の力が若い頃のソレと微塵も衰えていない事を感じさせた。

 銀髪の髪をベリーショートに刈り上げ、面長の顔は笑うと右頬に大きなエクボができた。

 それがなんとも愛嬌のある顔になるので、初めて会う者もその笑顔に引き込まれてしまう。


 「私が約束を違えるとでも思っておられたか?」チラッと俺の方を見ると、なんとも言えぬ例の愛嬌のある笑顔を浮かべた。逆に……と続ける。


 「ずいぶん遅くなってすまなかった。だが、事はゴシマカスへの内政干渉にあたる。我らも相当な覚悟がったと言うわけだ」

 肩をすくめると、専用の扉を開けて先に階段を登り始める。他人払いしたのも階段を先に登り始めたのも、未だ警戒の取れない俺を背を見せて安心させるためだ。


 政敵を躊躇なく粛清する冷徹さと、味方には気を遣いすぎるくらいの配慮を示す。一代でこの国を纏める事ができた彼一流の人身掌握術だ。


 「何故死に体の私を?」

 気になっていた事を尋ねてみる。


 「……何故だろうな。口先だけの理想を叫ぶ輩と違い、君は世界を変えようとした。命懸けで挑戦した君に、立ち直るチャンスを与えたくなった。と、言うべきかな?」

 そう語りながらガチャリと金属製の扉を開けると、眩しい日差しとビュゥッと風が吹き込んで来た。

 議事堂の屋上にあるテラスの様だ。

 「無論、ゴシマカスに喧嘩を吹っかけるついでだがね」とこちらを振り返って笑う。


 金属製の白い手すりの向こうに広がるのは、議事堂から真っ青な海まで伸びる大通りとそれに連なる碁盤の目の様に走る小路。

 整然とした街並みは茶色いレンガで統一され、多くの馬車が行き交っていた。ヒューゼン共和国の首都『ロマノフ』の街並みが一望できる。


 「素晴らしい街並みだな」


 「だろう? だが見て欲しいものはあれだ」晴れ渡る空を指さす。黒い胡麻くらいに見えるワイバーンが空を舞っていた。ゾワッと総毛立つ。


 「フィデル・アルハン議長っ、ワイバーンだっ。早く避難させた方がいい。我らも退避をっ」

 思わずフィデルの肩を抱き、入って来た扉まで戻ろうとすると、「はははっ、落ち着きたまえ。カノン・ボリバル君。あれをよく見るんだ」抱えた手をポンポンッと叩くと上空を指さす。


 通常ワイバーンは、狩りをするときに円を描く。そこから狙いを定めると、高周波を放ち輪を縮める様に襲ってくる。ところが、このワイバーンたちは矢印の先の様にVの字を描いて飛行していた。


「テイムに成功したのか?! それにしても」

息を飲む見事な編成飛行。「あれほどの動きはできないはずだ」


 「それを可能にしたのはアレだ」

 上着の内ポケットから鏡を取り出すと、日に反射させてチラチラと合図を送る。


 すると、群れの中から一匹のワイバーンが急速に近づいて来て我々のすぐ真上を背面を見せて飛び去って行く。

 羽ばたく風切り音と吹き寄せる暴風に顔を顰めながら、ある一点に注目して固まる。

 その背にはリュックのような人工物が取り付けられていた。


 「飛竜鞍だ」

 飛び去るワイバーン見る見る小さくなって行くのを見送ると「古代遺跡の古文書からヒントを得た」と続ける。

 およそテイムは不可能と言われる空の覇者ワイバーンは、古代においては兵器として利用された伝承がある。

 だがその方法は失われ、人間にとって災害に等しい存在になっていた。


 「テイムに必要なのは凝竜石だった。それを探り当てるのには苦労したがね。古代の飛竜の化石が結晶化した物だ。そしてその凝竜石を埋め込んだ飛竜鞍を卵から育成したワイバーンに取り付けたところ、ご覧の通り意のままに操れる様になった」

 上空を見上げながら目を細める。


 「三十年かかったよ。そして……」俺に向き直ると、バッと両手を広げる。


 「誕生したのが我が軍の空軍だよ。これが魔法と陸軍、金属兵に偏ったゴシマカスを打ち破る必殺の刃となる。君さえ良ければ、その一隊を任せてもいい」


 ハッと口を開けて歯を剥き出し戯けるようにワイバーンが威嚇するマネをすると、はははっと笑う。


 例のエクボのある人懐っこい笑顔で「この世界の覇者ゴシマカス王国を倒し、生まれや人種に縛られない『平等』な世界に変えないか?」と言い放つ。


 まさに……まさに俺が目指した世界じゃないか?!

 

 「ああ、喜んで……」

 俺(カノン・ボリバル)は差し出された右手を両手で包み込み、堅く握った。


 「ところで『ドラゴンズ・アイ』なるものを君は知っているかな?」

 フィデル・アルハンが尋ねて来た。


 「……?」


 「いや、知らないなら良い」


 フィデルには気がかりな事があるらしい。その『ドラゴンズ・アイ』がこのあと、我々に大きく絡んでくる。

 あのオキナが、王宮から去る事となったのも知るのはもう少し後の事だ。


 ゴシマカス王国に、暗雲が立ち込めていた。

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