ドラゴンズ・アイ②
◇◇コウ目線◇◇
私コウは、オキナと博物館にいた筈だった。
あの時、展示してあったユドクラシスの杖に嵌め込まれた『ドラゴンズ・アイ』が輝いた。
目の前が真っ白になるほどの光が辺りを呑み込んで、私とオキナは意識を失った。
◇◇
気がつくと、鬱蒼とした森の中に佇んでいた。
(オキナッ、オキナッ)
あたりを見回そうとしても、視線が動かない。かろうじて見える範囲に注意を向けるがオキナの姿はない。
(ここはどこ? 何が起こった?)
夢を見ているのだろうか?
「リーンッ、リーンってばっ」裾を引く少年が映る。五、六歳だろうか? クリックリのかわいい青い目と真っ赤な頬、おまけに鼻水を垂らしている。
雪は降っていないもののかなり寒い。山鼠の毛皮を何枚も継ぎ接ぎしたポンチョをかぶって、厚着しているせいかモコモコしている。
(あらあら……)
思わず笑顔になる。末の弟の秀一朗も、小さい時はよく鼻水を垂らしていたな。
視線は首にしていた手ぬぐいを外し、少年の顔に近づける。
「ハイッ、チーンッてしてごらん」甲高い少女の声がした。この視線の主? 小学五、六年生くらいなのかな? って事は、私は誰かの記憶を見せられてる?
手ぬぐいを鼻に当てると少年はズビュゥと鼻水を吹き出す。
「もう一回、ハイッ」少女の掛け声に合わせて今度はバビュウッと吹き出した。クシャミも一緒に出たみたい。
「あははっ」
照れ臭いのか笑い出す少年を見て、少女もおかしくなったのかきゃはははっと笑う。
さてと……。ここはどこだろう?
この少年はこの少女の弟だろうか?
「コイチッ、行くよっ」
さっきの少女の声がして、森へと歩き出す。どうやら先程の少年はコイチと言うらしい。
「で、さ。リーンさ。その卵どうするの?」
見ると懐にバレーボールほどもある卵を抱えている。
「棄てて来なさいってお父様が言ったでしょう? だいたいコイチがいけないのよ。トーゾクが倒れていたところから卵を持って帰って来るなんて」
「コーちゃんが見つけたんだよ。だからその卵もコーちゃんのなんだよっ」少年は、少女の腕を取って言い募っている。
「お父さんに叱られても良いの? お父さんからゴチンッてゲンコツをもらうのよ?」
教え諭す様に、少女がコーちゃんに話しながら卵を撫ぜていると、卵がコトリッと動いた。
「ん?」
ゴトゴトッ!
「えっ?!」
う、動いてるんですけど?!
まさか孵化するんじゃないでしょうね?
「ミーッ」と鳴き声がすると、ぱっかり卵が割れて逆三角形の頭が顔を出した。
「「う、生まれちゃったぁぁぁ?!」」
二人の甲高い声が森に響き渡った。
「どうしよう?! 孵化する前に棄てて来なさいってお父さんに言われたのにっ」少女の目線が滲んでいる。
オロオロと卵を抱えたまま、どっかに捨てる場所はないだろうか? とあたりを見回している。
このまま捨てても魔獣に喰われることがない様な、親が迎えに来てもらえる様な……。
高い木の枝が見えた。
「コーちゃんっ、あの高い枝の間に置いて行こうよ。だって、魔獣も届かないしお空を飛んでお母さんが迎えに来てくれるかも知れないよ」
「ミーッ」と仔猫が鳴くような声がする。
少女と三角頭のドラゴンの幼生と目があった。顔の三分の一はクリックリの瞳だ。
「ミーッ」
薄ピンク色の皮膚の色に白い羽毛らしきものが貼りついている。つぶらな瞳は緑色でじっと少女を見つめ、短い前足をいっぱいに広げてパタパタさせている。
逆三角形に見えた両端は耳で、ブルブル震えていた。
「ミーッ」
リーンの目には、この生まれたばかりの小さな命が助けを求めているように見えた。
「コーちゃん。この子おうちで飼おう」少女は言った。
「えー? 良いの? お父さんがゴチンッてゲンコツするよ?」
「もう、決めたの。この子は私が飼うの」
「えー?! ずるいやっ」
ここで場面が、切り替わった。
◇◇◇
燃え盛る業火。轟轟と巻き上がる炎と、吹き上がる熱風に顔を背ける。
「コイチッ、もう行くよッ」
成長した少女の声が飛んだ。コイチと呼ばれた少年も成長して青年となっていた。
鉄鉢を被り革鎧を纏ったその姿は、背の丈もリーンを追い越し百八十センチはあるだろうか?
大柄な体躯の割に幼さを残したその面立ちは十七、八に見える。
「スンナッ、姉貴を頼むよっ」駆け寄ると目線をやや上向きに私の後ろを見上げて微笑んだ。
「ヒューッ、ルルルッ(コイチも気をつけて)」
鳴き声と共に念話が飛び込んで来る。後ろを振り返るとスンナと呼ばれたソレが目に飛び込んで来た。
(ド、ドラゴン?!)
真っ白な羽毛に覆われた逆三角形の頭をブルブルッと振り、黄色い嘴を広げると「ヒューイッ」と一鳴きし大きく翼を広げる。
端から端まで二十メートルはあるだろうか?
その巨大な翼に比べて、銅は短く翼の半分もない。
ただ折り畳まれた後ろ足は強靭な筋肉に覆われ、その先に凶暴な鉤爪が黒光りしていた。
「忘れたの? スンナはね。『沈まぬ太陽』って意味よっ。私とスンナは『大空の希望』。きっとこの国を守り切って見せるわ」
そう言って少女は微笑んだ。
「キュイッ(時間だ。行こう、リーン)」
そう言うとこちらに背を向けた。
ちょうど羽根の根元に鞍が取り付けてある。袋状の足乗せに足を突っ込むと、背もたれから伸びるベルトを身体に回し、ガチャリと留め具に固定した。
そのまま鞍の後ろにあるシェードを引き出し目の前にある金属の縁に押し込むと、半身が流線型の透明なフードに覆われる。
鞍の前方にある取っ手を掴むと手前にグッと引き寄せた。
スンナと呼ばれたそのドラゴンは、ボウッと一羽ばたきするともう空中に踊り上がっていく。
「さぁッ、行こうスンナ。この国を覆う悪魔を打ち倒しに」
そう告げると、ドラゴンは「ヒューッ」と一鳴きし羽ばたきを加速させた。
見る見る遠ざかる地上と、ビュゥビュゥと鳴る風切り音。リーンの身体はグッと鞍の背もたれに押し付けられる。
眼下には蟻が群がる様に、黒い鎧で覆われた魔人が城郭を取り巻き押し寄せていた。
「ピューーイッ」甲高く一鳴きするとドラゴンは大きく嘴を開いた。
◇◇◇
山頂の風景に切り替わった。そこには苔むした巨大な竜石が聳え立ち山頂から下界を見渡している。
『リーン。時が迫って来ている。僕はあの山にいるよ。あの時の約束を果たすために』
そのメッセージは頭の中で、風鈴の音の様に木霊して消え去る。
「コウッ、コウッ! 大丈夫かっ?! 聞こえたら返事をしてくれっ」オキナの必死な叫び声で目が覚めた。
目の前にはオキナと、心配そうな顔をした看護師の顔か私をぐるりと取り囲んでいる。
戻ってこれたのかな?
「私……。行かなきゃ」
ボーッとしたまま私は呟いた。
このあと、あのカノン・ボリバルが動き始めることも知らずに。
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