コウヤくんの憂鬱④
まだ夜も空ききらぬ未明。
カンッ、カンッ、カンッと鳴らすドラの音が響いて、外に飛び出した。
広場に敷設した炊き出し用のテントと、窯のあたりが燃えている。
「どうした? 何がどうなってる?」
消火に走る『風の民』の一人を捕まえて、状況を尋ねる。「わかりませんっ、突然燃え出したので……」
まだ十五、六の若い子だった。
「カイはどこだ?」
「食糧庫のところまで走って行かれました。僕は火を消しとけって言われて……」
「わかったっ、ありがとう」
盗賊崩れもいた様だから、近隣の村から掠奪した物を運び出し、足がつく前に食料と金を奪ってトンズラする気だ。
食料費の次は金のありそうなここか、代官所を襲うつもりだろう。
「ナナミッ、ナナミッ」
ゲルに飛び込むと、既に魔光石に点火して俺の着替えを準備してくれていた。
「おまえもすぐに着替えろっ。食料と金を狙ってやがる。次に狙うならこのゲルだっ」
手早く戦闘服に着替えると、そう言い残してゲルの外に飛び出す。
「コウヤ様、これっ」
ナナミが投げてくれたミスリルの剣のショルダーベルトを肩から袈裟懸けに通し、手元のベルトをグッと引き下げた。
たちまち密着して剣の柄が右手に引き寄せられる。
『亀、出番だっ』
左手がボワッと輝くと、海亀か出現した。
ミスリルの剣を引き抜くと、あたりを窺う。
ヒョウっと音とともに、近くのゲルに火矢が打ち込まれた。二本、三本と続き火の手が上がる。
注意を逸らす為に火矢で仕掛けてきやがった。
「うわぁぁっ」
「落ち着けっ、火をっ、火をはたきおとせっ」
見ると『風の民』が火矢を引き抜き、上着を脱いで火を叩き落としている。
「ウォーター・ボールッ」
詠唱の声が響き、バレーボール大の水玉が発生した。
火の手が上がったゲルに飛んで行き、バシャッと弾けると鎮火して行く。
「ん?!」
驚いて振り返ると、ナナミが両手を突き出して立っている。
「ねっ?! 私も役に立つでしょう?」
得意げに顎をフンッと突き出した。
「でかしたッ! ナナミっ」ニパッ、と笑う。
腰のポーチから魔光石を二、三個取り出すと、火矢の放たれたあたりに投げ込む。魔光石に照らされて木造の平屋の屋根から、黒い人影が飛び降りるのが見えた。
『亀っ、縮地っ』
唱えると、人影が飛び降りたあたりがグウッとズームされる。まだ距離があるせいか、こちらを窺っていた。
「フンッ」
体を前傾させると、たちまち足元の地面に土埃が巻き起こり絨毯を手繰り寄せる様に空間が圧縮されて行く。
「ソリャッ」
圧縮された空間に踊り込む。
目の前には、狐族の獣人が立っている。驚いて目を皿の様に広げてアングリと口を開けていた。
「このバカモンがっ!」
剣の柄で、したたかに殴りつける。
ギャッっと短い悲鳴を上げると、後ろの平屋まで吹き飛びグッタリ倒れ込んだ。
「誰かコイツを拘束しとけっ」
言い残すと、ゲルに駆け戻りながら索敵を展開する。ゲルの入り口の反対側から五、六人の気配がする。
「ナナミッ、そっちに五、六人いるぞっ」
ゲルの後ろの茂みから、手に手に獲物を持った獣人が躍り出て来た。
「ウォーター・カッターッ!」
ナナミが無詠唱で水の刃を叩きつけている。
バシャッ、とポリバケツ一杯くらいの水が叩きつけられ中に潜む凶暴な刃が獣人を切り裂いた。
「グォォッ!」
鎖帷子を着込んだ身体に、水をたっぷり含んだ服が纏付き足と言わず手と言わず切り裂かれた連中は水溜りに蹲ったままノロノロとしか動けずにいた。
「てめぇらッ、神妙にしろぃッ」
一回言ってみたかった!
「ザ、ザケんなっ」
手にした槍の先端を俺に向けたかと思うと、矢の様に突き出してきた。
俺はその穂先をツッ、と跳ね上げそのままシュルシュルと槍の柄に沿わせて踏み込み、トンッと片刃の峰をソイツの首筋に叩き込んだ。
「グッ」
短いうめき声を上げるとそのまま崩れ落ちる。
ザリッと砂利を踏む音と共に、右目の端に影が映る。
前屈みになった体を大きく逸らし、右から襲って来た
ソイツが倒れ込む間に、手槍を振り回して来たヤツの打擲をバンッと左手の亀で受け流すと、クルリとミスリルの刃を回し柄ごと叩き切った。
「へっ?」
間抜けな顔をしてやがるっ。
体を前傾させると左足の膝の力を抜き、そのまま前に倒れる要領で右足をソイツの土手っ腹に叩き込んだ。
直蹴りだ。バランスを崩しやすいので、滅多に使うものじゃないが、全体重が右足に乗るので当てれば間違いなく吹き飛ぶ。
「ゴボッ!」
両手で半分になった槍の柄を持ったまま、後ろに吹き飛ぶ。ついでに後ろに立っていた賊のもう一人も巻き添えにして転がった。
「かぁぁぁぁぁぁっ」
地面を捕らえた右足に素早く左足を引きつけ、グッと前に体を前傾させる。
そのまま右足で地面を後ろへ蹴る要領で、左足を前に持っていき大きく踏み出す。
あっという間に吹き飛んだ連中に追いつくと、転がっているヤツの首筋に峰打を叩き込んだ。
「「グヘッ!」ゲッ!」
不細工なうめき声を上げると、二人とも大人しくなる。
ナナミのおかげで、速攻で片付ける事ができた。非常時でこの時間は大きなアドバンテージになる。
「ナナミッ! よくやったぁっ、凄えなおまえっ」
ナナミに満面の笑顔で、バッと振り返るとポカンとしている。なぜ褒められたか、ピンと来てない様だ。
「す、すごい? すごいね。コウヤ様もね……」
「おまえいつの間に二属性の魔法を使える様になった?」
「反転魔法を使ったんだよ。それより、お父ちゃんの所へ行ってっ。あっちで火の手が上がってる」
索敵を大きく展開すると、ここはさっきの連中が最後だった様で、食糧庫があるところにビリビリッと反応が集まっていた。
とはいえ、ここにはナナミがいる。
さっきの二属性の魔法のせいで、かなり魔力を消費した筈だ。再び急襲されて逃亡用の人質に取られては、悔やんでも悔やみきれない。
代官所の方も襲撃して来る筈だ。
手は無いか? ここにいる連中だけでは心許ない。
「大王ッ、『風の民』を集めて来ます。ここは任せて、カイ様の元へ」ベテランらしき四十代の男が声をかけてきた。
「我らを信じてください。命に懸けてもお妃はお守りします」こわばった顔で、笑う。
そっか……。俺には心強い味方がいる。
俺はスゥッと大きく息を吸い込み大音声を張り上げた。
「『風の民』は皆聞けぇっ」
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