コウヤくんの憂鬱③
◇◆引き継ぎコウヤ目線です◇◆
「テメェッ、今更何しに来やがったッ?!」
「やめろってっ。わざわざ出向いてくださったんだ。俺らの命も救ってくれただろ?」
「馬鹿言うんじゃねぇッ、コイツはカノン・ボリバルの仇だっ」
様々な怒号が飛び交っている。
住人代表を集めた自治区の集会所。針の筵に座らされてる気持ちになる。
あー。そうなるんだろうね。ここまで悪化したのも、俺のせいだし。
「急遽集まってもらってすまなかった。対応が遅れてここまで悪化しているのも、俺の不徳の致すところだ」
皆の前で頭を下げる。
「ケッ」
く、空気悪いな……。
「見る限り、食料が無くなって来ている様だな。まずはそこから対処させて貰おう」
同行して来た一人に炊き出しを始める様お願いする。
「食料はこちらで準備する。他にも要望はないか?」
「み、水が足りないッ。三千人が暮らしているんだ。これでは干上がってしまう」
「住居が足りない。寿司詰めで暮らしているから、病気が発生している……」
次から次に上がる要望に、代官からの要望を加えてメモを取って行く。
何やってたんだ? 俺……。
配慮が足りてなかった。ホゾを噛む思いだ。
最後の要望を聞き終わり、ここの獣人ではないと思うが……と前置きすると
「隣接する村々から、掠奪の訴えが上がっている」と切り出した。
支援が遅れて止むに止まれずの事情はわかる。だが、掠奪まで認めていては領内が治らない。
「散々俺らを食い物にして来たんだ。人間どもから奪って何が悪いっ?」
見るからに、特別跳ね返りの人狼族の獣人が、食ってかかって来た。
あれ? 掠奪してたの認めちゃうの?
ややこしい事になるんですけど。
「自分達だけはのうのうと暮らして、俺らを見捨てて来たんだろうがっ!」
「受け入れに不備があったのは認める。『掠奪をしない、させない、した者は通報する』って事を約束してくれれば、これらの要望は出来るだけ早く対処するよう約束する」
静かに人狼族を見返す。
「「「はぁぁぁ?!」」」
一斉に不満の声が上がった。
ライオットシールドを翳した盾役の『風の民』が、俺と獣人達の間に滑り込んでくる。
まぁまぁっと手をかざし落ち着かせると、「大丈夫だ」と盾役を下がらせた。
「まだ何もやってくれてねぇじゃねぇかッ? 約束手形だけ渡しといて、ハイっ分かりましたっ、て言えってぇのか?」
人狼族の男だけではない。虎族の獣人まで息巻いている。それぞれが、それぞれの代表として来ているのだ。納得のいく回答を持ち帰らねばならないのもわかる。
だが、俺も『ミズイ』の代表として来ているのだ。
『要求』を飲む代わりに、『こちらの要求』も理解してもらわねばならない。
「まぁ、そんなにイキリなさんなよ。手始めに炊き出しを始める。食事が行き渡ったら、それぞれ持ち帰って話し合ってもらえば良い。
住宅に関しちゃ資材と大工の準備に時間がかかるだろうが、水と衣料品ならすぐに段取り出来る。
支給が始まっても掠奪がなされたら、約束違反だ。供給が止まるって思って貰おう」
「……っ。クソがッ、信用できねぇんだよっ!」
立ち上がって睨みつけていた人狼族の男が、ドカっと座り込んで吐き捨てる。
「これは信用してもらうしかない。
このままで良いってんなら仕方ないが、俺も今の現状を解決するつもりで来ている。約束した以上は実行するつもりだ」
今まで黙っていた代官のモーリーが口を開いた。
「御領主様がここまでおっしゃってくださるんだ。炊き出しが準備できたら声を掛けるから、それまで持ち帰って話をしてくれんか?」と助け舟を出してくれる。
代官所が準備した配給券を受け取ると、ブツブツ言いながらそれぞれの代表が退出して行った。
「助かったよ。あとはヤツらがどう判断するか? だけどな」誰も居なくなった集会所で、ご苦労様と肩に手を添えて
「とんでもない。一時は私を殺して領都を襲うって話まで流れて来てましたから、私こそ命拾いをしました」
っとブルッと身を震わせ、「獣人を信用してはいけません。アイツらが従うのは力がある者のみ。
話し合いで決着が着くと思われません様に」と苦々しい顔で付け加えた。
◇◇◇
日が傾いて来ている。
二キロ先で待機させていた本陣のゲルと、食料を積み込んだ荷駄を広場まで移動させて炊き出しを始めていた。
ナナミを筆頭に風の民の調理班の皆さんが、既に材料は下処理を終わらせてくれていて、あとは煮上がるのを待つばかりだ。
広場には食欲をそそる香辛料の香りが立ち込め、出来上がりを待つ獣人達のガヤガヤと騒がしい声に満ちていた。
「この鍋は出来上がりだ」
出来上がりを知らせる声と、待ってましたッと沸き起こる歓声。手に手に鍋や食器を持ち寄っている。
「量は十分にあるっ。慌てず順番に並べ」
声を上げる『風の民』の皆さん。
「こっちも出来上がりッ」
調理班に回った『風の民』からも次々と声が上がった。
鍋のグツグツ煮える音と、漂う香りにまだかまだかと気が早る顔。配給を受け取った獣人は顔が綻んでいる。
「もっと早く来るべきだった」
呟く俺に配給を手伝っていたナナミが近づいて来る。
ふぅッと一息着くと、頭巾を外し背中で結んである割烹着の紐を指しながら「取って、取って」と裾を引く。
人差し指をクルリと回し、背を向けと合図をするとムフフッと微笑んで背を差し出した。
て早く紐を解いてこちらに向き直すと、割烹着の両袖をつまみサッと引き抜く。
「疲れたぁ」
広がった両手でそのまま抱きついてくるから、うおっと呻いてナナミの背中越しに割烹着を折り畳み片手でクルクルと仕舞うと、近くにいた近侍に預けた。
「もっと早く来るべきだったな」
「うん。そうかもね。でも良かったじゃない? 領主自らが来て配給まで手伝ったんだもの。みんな喜んでる」
「だと良いんだがな」
腹が満たれば、大人しくなるって訳が無い。嫌な予感しかしない。
大方配給が終わる頃には、とっぷりと日が落ちていた。
日がなくなると、妙な考えを起こす輩も多い。
カイに頼んで三交代で警戒に当たってもらっている。特に怪しいのは食料庫だ。
あとは家族連れで移民して来た女子供のいる一画。盗賊崩れも紛れ込んで、人攫いや果ては性犯罪も起こっていると聞く。
仲間意識の強い獣人が、ここまで荒んでいた。
なんとなく寝付けずにいると、ノソノソとナナミが近づいてくる。
「寝れないのか?」
「ん」
「怖いか?」
「ぜーんぜんっ」
「じゃあなんだ?」
「落ち込んでないかな? って思って」
「心配すんな。この程度なんの事はねぇよ」
「心配するよぅ。まるで敵地だもの。また飛び出して行って、死ぬ目に遭うかもとか、さ」
「そうならない様にするさ。ここに居るのは敵じゃない。俺らの大事な仲間なんだ。ちょっと仲違いをしてるけどな」
「なら、良いけど……」
バァンッ、と何かが弾ける音がした。
カンッ、カンッ、カンッっとドラを鳴らす音が聞こえる。夜具を剥ぎ取って外へ飛び出すと、目の前の光景に息を呑む。
「な、なんだってんだ? どうなってる?」
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