コウヤくんの憂鬱②

◇◆引き継ぎコウヤ視点です◇◆


 獣人自治区は、俺の領地『ミズイ』の首都オーラン・バータルから約百五十キロ南に位置する。


 たしか旧帝国陸軍前世でも、騎馬による旅次行軍速度りょじこうぐんそくどは一日二十四キロから四十キロ。


 四日はかかる計算になるって言うのにさぁ。 

 もの凄い砂塵さじんを巻き上げて、『風の民』と遊牧民の列士の皆さんは平原を疾駆しっくしているんですけど。


 「ナナミもいるんだからさぁ。ゆっくりで良いって。先触れも出してるんだし」

 って言ってんのに、そこは騎馬で鳴らした『風の民』と遊牧民の皆様。


 「なんの、なんのっ」と笑いながら二日で駆け抜けてしまった。

 精強で知られた旧大日本帝国陸軍より二日も早く移動したことになる。

 心配していたナナミも、平気な顔をしてついて来ていたりして。


 それと比べて「け、ケツが……。内股が、痛すぎるっ」俺は馬からズルリッと崩れ落ちる。

 涙目でへたり込んでいる俺を尻目に、『風の民』は自治区を遠巻きに包囲して『大王』の軍旗をはためかせていた。


 「カカカカッ、婿殿っ、鍛え方が足りないようですなっ」

 豪快に笑い飛ばすのは、ナナミの父カイだ。

 

 むむむっ。あんたらが異常なんだよっ!

 平成育ちの俺が、紀元前からの移動手段に堪えられるわけがないってば!


 「イツツッ、親父殿、街の城壁の外回りだけで良い。偵察を手配してくんねぇか?」と頼む。


 カイがすぐに十騎ほど編成すると、「ただ見て来るんじゃねぇよ。

 火の手が上がってないか? 待ち伏せしていそうな箇所はないか? 脱出する時はどこから抜ければ良いかまで見るんだぜ」っと細かく指示をしている。


 「「了解しましたッ」」

 たちまちパカラッと子気味良い蹄の音を響かせて駆け出して行った。


 どんな体力してんだ? 『風の民』の皆さん。


 城壁から騎馬で五分ほどの位置に(約二キロ)本陣を置く事にした。

 「ナナミッ、俺が街の中の安全を確認するまで親父殿と待っていてくれ。もし俺が戻らず追手が来たら、ここから『風の民』の集落まで戻るんだ。良いな?」

 念のためってヤツだ。


 物資を積んだ荷駄からゲルを引き出し、設営を始めた頃先触れで出していた使者が、こちらに白旗を掲げて戻って来た。


 「コウヤ様ッ、代官モーリーからの書状です」


 「ん。ご苦労様。街の中の様子はどうだった?」


 「それが……」と、語り始める。どうやら着の身着のままで移動させられて来たらしく、衛生状態も悪いらしい。


 代官モーリーの書状に目を通すと、『路銀として一人頭二十万イン支給していたが、ゴシマカスの刑務官どもからピンハネされてとうに使い切っていた。

 五人一組にして班長を決め、それぞれ面倒を見てもらう様にそちらに支給していた金も底を尽き、紛れ込んだ盗賊団と共に一部の獣人が掠奪をしていた様だ』

 と、ある。


 「なんでそれを報告していなかった?」


 「それが……。ふた月前には報告を上げていた様なんですが、梨のつぶてだったと」


 あ……。


 『コウヤ様が後回しにした一日で飢える民、泣く民がいる事もお忘れなき様』


 サイカラに言われたセリフが蘇ってくる。

 結局俺が溜め込んだ書類の中に、その報告があったと言うわけだ。


 「だいたいわかった。視察に入るから、すぐに住人の代表者を集める様に伝えてくれ。それと魔眼を繋げるられるところを段取りして欲しい」

 張り終わったゲルに入り、すぐに旅装を解いて正装のデールへ着替え始めた。


 結納金のお礼返しにカイから貰った物で立襟のついた濃紺の長上着に、黒糸でドラゴンと狼が肩口から睨み合う様に刺繍してある。

 スプリングコートの柄の悪いバージョンと言えばわかり良いだろうか? 左手は海亀が普通の左手に変化してくれている。


 「どう? 大丈夫そう?」俺の着替えを手伝いながら、ナナミが形の良い眉を顰めて尋ねてくる。


 「あんまり良くはねぇな。もっと早く来るべきだった」

 後手に回っている。不満が溜まり切って爆発寸前だろう。


 「ナナミ。炊き出しが必要になるかも知れない。持ってきた食料と調理ができるヤツを選別しててくれ。

 帰りの分は使い切って構わない。誰かオーラン・バータルまで走らせて余分に持って来てもらうよう手配を頼む」

 着替え終わると手鏡を見ながら水で浸した手ぬぐいで、埃まみれの顔を丁寧に拭って髪を整える。


 「ふぅ。なぁにが領主さまだよ。とんだおマヌケ様だ」

 鏡に映る自分の顔に悪態をついた。


 「コウヤ様は悪くないよ。手助けする人が足りないんだよ。私も出来るだけの事はするから、遠慮なく言って」

 後ろからパンパンッとデールのシワを手で叩き伸ばしながらナナミがフォローしてくれた。


 「……すまん」


 

 愚痴を言っても始まらねぇのにな。気を遣わせちまった。さてと……。

 カイにはナナミの護衛をお願いし、二十名ほど視察に同行するメンバーを割いてもらった。


 「ではっ、行って来るっ」

 見送るナナミとカイに手を振り、ヨッっと騎乗する。


 (だァァっ、ケツと股擦れがぁ……)


 涙目になりながら、自治区の門を潜った。

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