コウヤくんの憂鬱①
「ゴリョウシュ様」
サイカラの声だ。ご機嫌はすごぶる悪い。
だいたいアイツがカタカナで俺を呼ぶときには、そうに決まっている。
「ハイッ、ナンデショウ?」
『ゴシマカス魔道具開発』から無理を言って引き抜いた俺としては、ご機嫌を損ねたくはないのだ。
「ひと月前にお願いしておりました決裁はいかがなりましたでしょうか?」
チラリッと書類の山を見る。机の上では収まりきれず、テーブルワゴンにまではみ出していた。
その山の中の日付けが一番古い方、そうですっ! 確かここら辺に埋まっていました。
ここら辺、この辺り?
「あ、ありましたっ」パァッと満面の笑顔で応える。
「あるのは当たり前でしょう。で……? 御裁可はいかに致します?」
サイカラの銀縁のメガネが光る。
「えっ? えっと、これねぇ?! 水問題で揉めてたヤツ? 話し合いの調停だったら、終わってたと思うんだけどな」とパラパラ書類を見直して、慌てて付け加える。
「御裁可は補償金です。付箋をつけていたと思いますが?」まさか見ていなかったとは言いませんよね? って目でじっと見てるんですけど?!
「他にも”至急”と銘打った決裁もありましたが、目を通して頂いてますよね」
おおっ、なぜだ? なぜサイカラの体が二倍に膨らんで見えるっ?!
「あの……。サイカラさん? 議会の承認が通っているなら、俺の決裁は無くてもいいんじゃないかなぁ……なぁんて思うんですけどっ。アハハハ」
これ以上無いくらいの愛想笑いを浮かべながら、魔王戦にも感じた事のない圧力に壁まで後ずさった。
「それでは、この国が堕落し腐敗します。領主たるもの端々まで目を光らせつつ、民への愛情を持って施政に携わらなければなりません」
でなければ……と続ける。
「ただの税金泥棒ですッ」
ウゴッ! サイカラの言葉が俺のHPをごっそり持って行った。
「ですよねぇ。俺は民の
「内乱の後のご婚約、それに伴う諸々の行事で忙しかったのはわかります。しかし、コウヤ様が後回しにした一日で飢える民、泣く民がいる事もお忘れなき様」
そう言ってサイカラが領主部屋から出て行った。
ハァッ……。とため息をつきながら、財務計算書と支出配分、返済計画書を睨みつつ懸案事項をチェックする。
へへへっ、文字が滲むのは泣いているからじゃないやい。
「ふざけんなっ、グォラァッ!」
二百五十億インの国債を販売して来た事を聞きつけて、いい加減な申請も多い。
地元の有力貴族になって来ると『出さないと、痛い目に遭います』的な脅しも混ざっている。
確かにゴシマカスとのパイプをチラつかせる貴族からの申請は、裁量決裁しにくいだろうなぁ。
即刻呼び出しのハンコを打つ。『どんな痛い目に遭うのでしょうか?』とコメントも載せて返信するよう指示を出した。
「命懸けで引っ張って来た資金に
ケッ、と吐き捨てて次の書類に目が止まった。
「えーと、こっちは……獣人の案件?」
目に止まったのは、受け入れた獣人の自治区周辺の村々から寄せられた案件だ。『度々隣村を襲い掠奪を繰り返している』と、ある。
『警護団を冒険者ギルドへ依頼して派遣してもらっているが、何しろ逃げ足が早く現場を押さえることも出来ないし、容疑者を特定しない限り獣人全部を捕まえるわけにも行かない』
「命懸けで助命してやったのに、なにやってくれてんだ? こいつら。仇で返しやがって」
警護団からの泣きが入ったって事は、現地での解決は無理だ。コイツらを受け入れたのは俺の責任でもある。
現地に赴く事にした。日程の調整をコメントに書き入れ、他の決裁を済ませると明け方近くになっていた。
「ブラックだよなぁ。前世より酷いんですけどぉ」
ブツクサ言いながら、サイカラのいる宰相室の前を通りかかるとまだ灯りがついている。
「早く楽にしてやんないとなぁ」
スマン。サイカラちゃん……と手を合わせた。
◇◇
その二日後。
「……と言う訳で、自治区へ行ってくる。しばらく留守にするから陳情の連中が来たら……って何やってんだ? ナナミ?」
イソイソと着替えやら、日常品やらをマジックバッグに詰めている。
「いや、ナナミさん? 危ないから、家で待っとけよ」
「行くに決まってる」文句は言わせないんだからって顔でちょっとこちらを睨む。
「はぁ? 旅行じゃないんだからさ。警戒レベルで四くらいの……「『風の民』も一緒だよ。コウヤ様一人に危ない目にあわすわけいかないもの」危ないところなんですけど――」
ガンッとして聞きませんからって顔だ。
「『風の民』? 親父殿もか?」
そりぁ相手は獣人三千名だ。心強いが、討伐に行くわけではない。リョウを含めた十五、六名の編成を考えていたってぇのに、厄介な……。
外から野太い声が守衛と揉めているのが聞こえて来た。
「いいから通せっ」
「コウヤ様からは何も承ってません。取り次ぎますから、お待ち下さいっ」
あの声は……? カイだなぁ。
やがて領主館のドアを蹴破る勢いで熊の様な男、カイが乱入して来た。
「大王よっ、獣人の反乱ですとッ?! 風の民は命をかけて討ち果たしてご覧に入れますぞっ」
「「カイさん、いや親父殿」あーいやっ! お任せあれいっ、ガッハハハハッ!」
どうしてこの親子は人の話を聞かない?
「大船に乗った気持ちで、ゆるりと過ごされれば良いッ! 婿殿っ」と笑うカイに悪い予感しかしない。
「旅行の間でも、その、なんだ、孫でも仕込んで貰ってですなっ」
そっちを焦ってるのかよ? ハネムーンじゃないってばよ。
アレな予感は的中し、自治区に近づく頃には五百人もの『風の民』と周辺の遊牧民が『大王』の旗を立てて疾駆していた。
なんでこうなった?
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