エピローグ
獣人の反乱が鎮圧されて二ヶ月が過ぎた。
終わった直後はてんやわんやで、王宮魔導士に取り囲まれて『魔王オモダルの残留思念』が残ってないか、憑依されていないか? と検査や尋問に明け暮れた。
幸いあの後、魔王オモダルはどこかに行ってしまったようで痕跡も残っていなかった。
「良かった……」
と、迎えに来たコウがホッとしてハグをしてくれる。コウとオキナに連れられて、暫くオキナの館に世話になる事になった。
「なぁ……コウ、オキナ、頼みがある。獣人の事なんだかーーー」迎えて貰ったその日の夜。
俺はある頼み事をした。結果は今度の軍事裁判の結果次第になるそうだ。
◇◇
ひと月の経過観察が終わると、伸び伸びになっていたナナミに会う算段が整った。
俺の領国『ミズイ』からは「早く戻ってくれ」と、矢の様な催促が来ているが、まずはナナミへの礼と自分自身にも踏ん切りをつけたい。
生還してから会って無いから、久しぶりな気がする。
「へへへっ」
ちょっとはにかんで笑い、肩を
「……ん? どした?」
「なんでもないよ……」
二人で紅茶などを飲んでいる。
来週に迫った卒業式に備えて、服を買ってくれとせがまれた。買い物帰りの歩き疲れた
ちょっとオシャレさんになったナナミは、赤い下地が透けて見えるスリットの入った黄色いワンピースを着ている。首元には銀のチェーンに、女神アテーナイのレリーフの入ったペンダント。
ふわっとしたボブカットの髪型に耳元には赤いピアスをつけている。
形の良い唇は、何が嬉しいんだかニコニコしっぱなしだ。いつもなら憂いを帯びる大きな目は、ちらっと俺をみてはあっちこっち視線が定まらない。
つい二ヶ月前まで大騒ぎしていたのが嘘のようだ。
ナナミの門出を祝うように空は晴れ渡り、二人で入ったカフェは、備え付けのステンドグラスを通して爽やかな初夏の光に包まれていた。
「もう……大丈夫なの?」
何から聞いて良いか、ずいぶん悩んでるんですが思い切って聞きますって顔で聞いて来た。
「ああ。もう大丈夫だ。ナナミにはそのーーーなんだ、助けられた」
「助けた? 私、何にもしてないよ」
「詳しくは、言えないんだが助けられたんだよ。礼を言いたいんだ。つまり……ありがとう」
魔王オモダルの件は極秘扱いだし、今回の反乱の件も軍事裁判が決着してないから詳しくは言えない。
「どうしても聞きたい事があるなら、オキナの所なら大丈夫だぞ? 行くか?」
中途半端に答えても、収まりがつかないだろうから聞いてみる。
「ん? そのうちで良いよ。コウヤ様が無事ならそれで良いよ」
「ちゃんと伝えたくてな……」
「イヤだなぁ、お礼、お礼って。他人ギョーギじゃない? コウヤ様の無事を祈るのは、当たり前だよ」
「そう、それだよーーー。その当たり前は、当たり前な事じゃないんだよ」
「そっかな? 爆撃の時みんな祈っていたよ?」
「そっか……その時なのかな。お前の祈っている姿が見えたんだ」
「えっ? ……私もコウヤ様を見たよ」
大きな目を溢れそうに大きくして見つめている。
「血だらけで暗い闇に消えそうになってた。だから私っ……行っちゃダメだって叫んだの。とっても怖かった。夢かと思って……本当に大丈夫なの?」
「まぁ、大怪我とは言わないが、ちぃっとキツかったな……。もうダメかと思った」
「ちょっと、大丈夫じゃなかったんじゃ無い」
「あん時な……。お前とした約束が無ければ戻って来れなかった。戻りたいって思ったんだよな」
だから、お前の当たり前は当たり前な事じゃないんだよ。俺にとって。
「良かった。戻ってきてくれて……。ねぇっ、私って役に立つでしょッ? 健気な良い奥様になると思わない?」
ちょっと冗談めかして早口で言うと、鼻に皺を寄せてイーーっとする。
照れ隠しのつもりか?
全くだ、と調子を合わせて笑い、ううんッ、と咳払いを一つする。ちょっと緊張するなぁーーー。
「そんでだな……俺の帰る家になってくんねぇかな? 色々心配かけちまうし、苦労ばっかりと思うけどな」
え?……とした顔で暫く固まって口をパクパクしてる。
「な、な、な、なんでぇ……?」
ナナミが顔を真っ赤にして目を白黒させている。
「そ、それって私を……って事?」
「「嫌か?」イヤってわけないっ」
「いきなりでビックリしたよな。先々考えるって事で良いよ。まだお前も若いし……って良いのか?」
「良いに決まってるッ」
「……待てっ、早まるなっ、お前は今、動転している。自分の幸せを第一に考えてだなっ」
「えっ? 私を妃にするって事じゃないの?」
「ん?……そうなんだが。 良いのか? 簡単に決めて」
「簡単じゃないよ。ずっと前から決めてたんだ。この先の事なんて……心配いらないよ。私魔法も使えるし、何があっても大丈夫だから。コウヤ様の妃になるんなら、それくらいの覚悟がなくちゃつとまらないもの」
そう言ってニパッと笑った。
なにそれ? なんだか目の前が
ちゃんと伝えたかったけど、先送りにしてきた。
だけど今回のカノン・ボリバルとコンガを見て、今が当たり前じゃないって事に気付かされたんだ。オキナと寄り添うコウの姿にもそんな覚悟を感じた。
今、ちゃんと寄り添わなければ明日も大切な人がいるって約束は無いんだと。
一方的な俺の思いに、即座に応えてくれる。こんな時、なんて言えば良いんだ?
「えーと、なんだ、その……つまり、ありがとう」
◇◇◇
パンパパーーーンッ♩ パカパカパーンッ♩
パカパカパーン、パカパカパーン、パカパカパンパンッ♪
ファンファーレが鳴り響き、真っ青な空に白い鳩がパタパタッと飛び上がった。
ここ『ミズイ』では
視界のずっと奥に白いゲル(遊牧民の移動式テント)が五十戸ほど見える。
そこから部族のみんなが、赤や青の立襟の長い上着を着て迎えに来てくれた。
遊牧民の正装デールと言うらしい。
満面の笑顔で近寄ってきたのは『風の民』の主梁カイだ。
「やぁやぁっ、婿殿ッ。我らが大王よっ! ついに観念されたようですなっ」
濃紺のデールに金糸でドラゴンとワイルドウルフが刺繍してある。両手を羽のように広げ抱きついてきた。
「おおっ! カイさんようっ……いや義父どの。わざわざのお出迎え感謝する。元気そうで何よりだ。だが楽隊まではやりすぎだろう?」
「なんのなんのっ、我らが大王がナナミを妃に迎えてくれるのだ。これくらいでは足りないくらいだっ」
真っ白い歯をニッと見せて、ガハハハッと豪快に笑う。
「よせやいっ、お礼を言うのはこっちの方だ」
そう言ってナナミをチラリと見ると、二へラァッと笑って「そうよっ、大事にしなくちゃバチが当たるんだからッ」っと笑う。
ブィーーーンと魔法陣が展開して、光の噴水が吹き上がりオキナとコウが空間転移して来た。
「おめでとうコウヤ殿。ナナミさん。ついにご婚約ですか」にこやかに笑いながら、手を差し出してきた。
ガッチリ握り返すと「さんざん見せつけられたからな?! お二人にッ」とからかってやる。
コウは少し顔を赤らめて、イッ、と
「コウヤッ、ちゃんと幸せにして差し上げろよ」と笑った。「綺麗な人を見ては変なベルを鳴らしていたら、消し炭にしてやるからなッ」
って、なんてこと言うんですか?!
「はっはっはッ。気が抜けぬなコウヤ殿?!」オキナが肩を抱きながら、再会を喜ぶ面々から俺を連れ出すと小声で「獣人の件だが……」と耳元で囁く。
そうーーー。俺は反乱に加担した獣人の助命を嘆願していた。這いあがろうとしていた連中を、叩き潰したせめてもの償いだ。
確かに叩き潰すよう命じたのはゴシマカス王国だ。
だが、あいつらの過去を知ってしまった以上直接手を下した俺には、黒い塊りのようにシコリが残っている。
「流刑の扱いで、首謀者を除く反乱加担者三千人を『ミズイ』に引き渡すよう算段した。ついては……」チラリとあたりを見回し、
「今回の褒賞金に上乗せして国の予算から刑務費名目で三十億インを賜る事となった。ただし、獣人には『隷属の呪法』がかけられる。
反乱を起こしたと認定されれば、首から上が吹き飛ぶ」
そう言ってボンッ、と閉じた手のひらを花火が咲くように広げる。
「同時に、コウヤ殿にも『隷属の呪法』を受け入れてもらう事が条件だ。言いづらいが、魔王オモダルが復活して潜王とならないようにする保険だ」
へっ? って顔になる。
そりゃそうだろう? ウスケ陛下の機嫌次第で俺ははいつでも殺されるって事だよね?
「イヤ、ちょっと違う。『隷属の呪法の爆死』を発動するのは議会だ。簡単に救国の英雄は殺させないよ。受け入れるかどうかはコウヤ殿次第だ」
なんてこったい!?
反乱を起こしたテロリストどもの面倒を押し付けられた挙句、生きるの権利まで渡せってかよ?
結局俺はこの条件を呑む。俺の忠誠の証ってわけだ。
「とんでもないお人好しだよ、俺は……」
後々、これが俺の運命を大きく変える事になる。獣人たちから『生死を共にする獣王』と支持を集める事になり、この世界を変えていく。
「すまん……。代わりに『ミズイ』観光化のコンサルタントとスタッフを二十名、無償で派遣する。加えて『ミズイ』への支援金もだ」
そう言ってオキナが目録を懐から取り出して手渡す。
「いつまで話し込んでいるの?」
コウとナナミが、もうッと腰に手を当てて怖い顔だ。
晴れ渡る睦月の空。楽隊の華やかな演奏に包まれて、笑顔の輪に戻っていく。
「なぁ、ナナミ。とんでもなく苦労をかけるぞ。本当にそれでも良いのか?」
「なんの話? 気が変わっちゃったの?」
「運命が変わるってこった。楽はさせてやれないぞ。俺もどうなるかもわからん」
「苦労するのは良いけど、コウヤ様がヤバくなるのは嫌かな。大丈夫ッ、私がついているっ」
てへへっと笑う。
そりゃ頼もしいや。笑って手を差し出した。
ん? って顔でナナミが手を差し出してくる。
「ちょっと目を
んーッと目を閉じるのを確認すると、その右手の薬指に指輪をつけてやった。こちらではエンゲージリングの習慣は無いが、俺の気持ちだ。
サイズが合ってないが、魔法を練り込んだヒヒイロカネの指輪はピッタリのサイズに伸び縮みして収まった。その真ん中には加護付きの光属性の魔石がキラキラ輝く。
「うわぁぁッ、綺麗っ」
ナナミと部族の女子たちは大騒ぎになった。「コウヤ様、これは?」顔を上気させたナナミが、キラキラの瞳で見つめてくる。
「ん?……俺の祈りの
「どんな?」
「ずっと側にいて欲しい」
きゃーーっ と聞いていた部族女子たちから声が上がった。俺はビックリして周りをキョロキョロ見回す。
言われた本人はボーッとしてやがる。
オキナが、コウとチラッと顔を見合わせて笑った。
「おおッ、これは焼けるような
ババババッと割れるような拍手が降って来た。急に照れ臭くなる。
「ナナミっ、行くぞッ」
差し出す手とナナミの手が結ばれようとしたその時、急にドクンッ、と胸の真ん中が脈打った。
「?!」なんだ? まさか……? だよな?
スゥーーッと深く息を吸い込む。
見上げる空には爽やかな風が吹き抜けていた。
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