コウヤくんの憂鬱⑤

 本陣への襲撃を退けたものの、食糧庫が襲われていた。とはいえ食糧庫へ駆けつけてはここが手薄になる。

 ここも再び急襲されてナナミが逃亡用の人質に取られては、悔やんでも悔やみきれない。

 代官所の方も襲撃して来る筈だ。

 手は無いか? 


 迷う俺に『風の民』の一人が、信じろっと声をかけて来る。背中をドンッと押された気がした。


 俺はスゥッと大きく息を吸い込み大音声を張り上げた。

 「『風の民』は皆聞けぇっ」


 走り回っていた『風の民』が一斉にこちらを振り返る。


 「『風の民』聞こえるかぁっ! 本陣に二十、代官所に二十、食料庫に百集まれっ。他の部族は外を固めろっ」

 あらんかぎりの声で叫ぶ。


 「ここは我らが守り切るぞっ」


 「「おうッ」」

 頼もしい野太い声が返ってくる。


 更にあたりにとどろけとばかりに声を張り上げる。

 「獣人の民よっ、最強の強者どもよっ、盗人どもが諸君らから食料と君らの金を奪おうとしているっ」

 さっきからこの騒動をチラチラと物陰から見ている視線に気付いていた。


 「奪われようとしてるのは、お上から支給されるものではないッ。元は君らが血の涙を流し、その体を、その心を痛めてかき集めたものだ。

 生きてきたその証そのものだっ。この食糧を、金を盗まれたなら我らは明日にでも飢えるっ」

 

 ゾロゾロと獣人が集まってくる。


 「今っ、盗賊団が『同じ獣人』と偽り掠奪を繰り返した挙句我らの食糧と金を奪い、その罪を『他の獣人』になすりつけ逃げようとしている。それはもはや獣人でも人間でもないっ。

 ただの畜生だっ。君らを虐げてきた連中と、どこが違うっ?」


 次から次に手に松明を翳した獣人が集まって来た。

 

 「俺は確かにこの国の領主だっ。諸君らが移民して来たのに配慮の足りなかった大マヌケ様だっ。だが、俺の命は君らと共にあるっ」


 俺は戦闘服の首元をはだけると、首にビクビクッと脈打つ『肉の芽』を露わにした。

 「これは『隷属の呪法』で植え付けられた『肉の芽』だっ。諸君らも解放の際、仕込まれたからわかるだろう?」


 獣人の目が憎しみの色で光る。

 あの時の屈辱を思い出した様だ。だが俺の首元にも同じ『肉の芽』が巻きついているのを見ると、驚きの色へ変わった。


 「君らが死ぬ時は俺も一緒に死んでやるっ。その覚悟がこれだっ。君らの命を繋ぐ糧を守って見せる。

 その糧を奪う連中を俺は許さんっ。

 だが、君らの助けがいる。無理強むりじいはせん。

 怯える者はここに残れっ。だが自らの手で明日の糧を、未来を掴み取りたい者は俺に続けぇっ!」喉も裂けよと叫ぶ。


 「「「「ウォォォッ」」」」

 俺の叫びに応える様に、広場を獣人の咆哮が埋め尽くした。


 「行くぞっ、森の戦士たちよっ。我らの力を盗っ人の畜生に見せてやれっ」

 そう叫ぶと敵の気配で満ちていた食糧庫へ走り出す。


 「「「「ウォォォッ」」」」

 雄叫びを上げながらゴォッ、っと疾風の様に乱戦となっている食糧庫の前へ襲いかかった。


 食糧庫の前にたどり着くと、『風の民』と盗賊団と思われる一団が乱戦になっている。 

 二百名はいるだろうか?

 『風の民』も屈強な連中だが、もともとスピードを活かした騎馬戦が本業だ。数は優っていたが、数とフィジカルに勝る獣人に押されて苦戦していた。

 

 盗賊の連中は革鎧に覆われて、頭には鉢金を被っている。明らかに戦う装備だ。

 対して後から駆けつけた獣人は着の身着のままで駆けつけたせいで、頭には鍋を被っている者や何も被っていない者ばかり。

 あとから押し寄せて来た獣人との違いは一目瞭然で、手には粗末な棍棒やら、せいぜい錆びついた槍。


 向こうは荒事に慣れているせいか、統率が取れた動きをしており錐揉みのように『風の民』の壁を切り裂き食糧庫へ襲いかかっている。

 援軍で駆けつけたものの、百姓一揆が武士に襲いかかる構図と思えば良い。


 もうこれは数と勢いで押し切るしか無い。


 「『風の民』よっ! よくここまで踏ん張ったっ。もう少し踏ん張ってそちらに壁を作れっ」

 俺は叫びながら駆け寄り、後ろから二、三人を斬って捨てる。

 「挟み撃ちにするっ、獣人の『森の戦士』が援軍に来たぞおっ」と、大声で喚き散らした。

 敵を撹乱したい。

 少しでも怖気付おじけずけば、十の力も半減する。

 更に二、三人突っ込んで来たヤツを叩き斬った。後を追って来た獣人も勢いで来ているだけのヤツも多い。

 反乱軍上がりとは言え戦場は怖い。突っ込むべきか躊躇している。

 

 「『森の戦士』たちよっ! 相手は少数だっ。五人ひと組で取り囲んで片っ端から叩きのめしてやれッ。手柄を立てたヤツは褒美を取らすっ! 今が稼ぎ時だぁっ」

 

 「「ウォォォッ」」


 最後の一押しが効いたのか、次々と背を見せていた盗賊の一団に襲いかかり薙ぎ倒して行く。

 

 「ま、待てっ、俺らは仲間だっ。人間どもから食糧を取り返してるんだろうがっ」

 革鎧を着込み、鉄鉢を被った獣人が叫んでいる。昼間集会所で噛み付いて来た狼族の一人だ。

 どうやら盗賊の親方はコイツのようだ。


 「やかましいっ、鼻から支給される食糧を何故襲う? てめぇらの懐に入れる為だろうがっ」

 熊の獣人が言い返すと、手にした棍棒を振り回し二、三人を吹き飛ばした。

 

 見る見るうちに敵は殲滅され、運良く生き延びた連中も外を固めていた騎馬部族の皆さんに絡め取られて行く。


 やがて日が昇りあたりを見渡すと、殲滅された盗賊団と俺の前に片膝を付いて首を垂れる獣人達がいた。

 恐らく二千は下るまい。


 「あなたこそ……。我らのあるじだ」

 ひたむきな眼差しが俺を見ている。微笑む顔や、熱い思いを秘めた顔。ここに来た時の敵意に満ちた顔ではなくなった。


 「違うよ。共に生きようとしている仲間だよ」

 そう言って微笑む。

 「よくぞ盗賊どもを討ち取ったっ、ここにいる全員に褒美を取らすっ。手柄をあげたものは申し出よ。酒もあるだけ持ってこいっ、パァッと行こうぜッ」

 パァッと両手を広げると、ニパッっと笑った。


 「大王様っ、万歳ーっ」

 ひときわ大きな音頭が響き渡る。

 ん? と目をやると『風の民』のカイだ。


 「「「大王様っ、万歳ーっ!」」」


 釣られて万歳の大合唱が巻き起こる。

 

 「待てっ、待てったらっ。さっきの俺の話聞いてた?

 仲間なんだって件……。まぁ、いいか?」

 手柄の査定やら酒の調達やら事後処理が大変そうだが、代官のモーリーに丸投げしよう。


 止むことのない万歳コールに、俺も一緒になって万歳を繰り返していた。


 コウがこのあと”世界を変える者”と遭遇することも知らずに。

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