慟哭

 爆音のした方角を見ると、教会の鐘楼しょうろうが吹き飛ばされていた。

 コウが潜んでいた筈の鐘楼しょうろうだ。

 

 「コウッ! コウッ、コウッーーー!!」

 爆発による粉塵が収まると、瓦礫がれきを蹴飛ばして教会の中に飛び込んだ。


 ◇◇


 女神アテーナイの偶像が見下ろす聖堂には、ほこりが立ち込めステンドグラスから刺す七色の光が、まるで光芒こうぼうのように辺りを照らしていた。


 「コウッ! コウッ、返事をしろッ!」


 聖堂の脇にある扉が吹き飛ばされている。

 扉の奥からチロチロと火の手が見えた。あの奥が鐘楼しょうろうへ続く通路に違いない。


 吹き飛ばされた椅子を飛び交えて、鐘楼しょうろうへ続く通路へ駆け込んだ。


  「コウッ! コウッ!!」


 鐘楼しょうろうの天井はポッカリ穴が空き、真っ青な空が見えた。

 整備のために取り付けられている梯子も、グニャリと曲がり垂れ下がっている。

 しばらく呆然として佇んだ。


 ここまでの爆発ならーーー恐らく助からない。


 「コウーーー」

 両手がダラリとさがる。

 膝から力が抜けて、ストンッと尻餅をついた。


 なんでだ? なんでーーーこんなところで死ななきゃならない? おまえ、もうすぐ結婚するんだろ? 

 オキナと幸せになるんだったろ?


 うっ、と喉の奥から嗚咽が込み上げてきた。

 ぼたぼたとこぼれ落ちる鼻血と、ポロポロこぼれ落ちる涙を右手の袖でかき拭った。


 まだだーーー。まだ死んだと決まったわけじゃない。


 思い直して立ち上がり、声を張る。

 「コウッ! コウッ!! 生きてたら返事をしろッ、 てめぇ、ふざけてたら承知しねぇゾッ」

 大声でさけんで辺りを見回した。

 しばらく耳をそばだてたが返事はない。

 

 飛び降りて助かっているかも知れない?! 怪我を負って返事が出来ないんだ!

 そう閃いて外に飛び出した。


 「コウッ! コウッ!」

 俺の必死な様子に、爆発から逃れ身を潜めていた兵士が小走りに近寄って来た。

 「コウヤ殿、ここは危険です。まずは射線からの避難を」そう言うと俺を抱き抱えるように物陰へ誘導した。


 「奪還作戦でご一緒した陸軍少尉ロンです。いかがなされました?」チラチラと火山弾ボルガニックの放たれたあたりをうかがいながら、小声で尋ねて来た。


 「き、教会の鐘楼しょうろうに、コウが居たんだ、コウがあそこに居たんだ。で、でも、さっき吹き飛ばされてーーー?! おまえコウを見なかったか?!」

 涙と鼻血で顔が真っ黒になった俺を見て、ロンは少し戸惑っている様子だ。


 「コウ大佐が?! いえ、自分は獣人の制圧に当たっておりましたのでそれ以外は何も。獣人の武装解除に当たって居たところ、急に教会の鐘楼しょうろうが爆発したので、ここに避難したところでした」

 申し訳無さそうに唇を噛む。


 「そうかーーー悪かったな。俺は、教会の裏側を探して見る。おまえは仕事に戻れ」

 ズズズーーッ と鼻をすすると、ロン少尉の肩をポンッと叩いた。


 「コウヤ殿、こちらが落ち着いたら、自分も捜索に当たります。だから、落ち着いてください。まだ敵は潜んでいるかも知れません。くれぐれも、敵の手にかかるような事は無きように」

 俺の目を覗き込んで、祈るような目で告げた。


 「ああーーー。おまえも、気をつけてな。見つかったら、声をかけるわ」

 そう言うと手をヒラヒラさせて教会の裏手に回った。

 吹き飛ばされた建物の残骸を掻き分けて、下敷きになっていないか見てまわる。

 爆発の範囲と鐘楼しょうろうの高さを考えて、吹き飛ばされていそうな範囲をしらみ潰しに探す。

 巻き添えになった獣人の骸はあるが、コウの遺体はなかった。ちょっとホッとする。


 ひょっとして、これは生きているのか? 

 いや、きっと生きている。どこに行ったんだ? コウ、おまえ大丈夫なのか?


 教会の鐘楼しょうろうの足元に戻ると、あたりを見回した。教会の右手の建物の屋根から垂れ下がるワイヤーが目についた。


 そう言えば、コウのやつワイヤーを肩にからげて走って行ったよなーーー。

 ひょっとして、脱出経路を確保していたんじゃないか?!


 教会からワイヤーが伸びていたであろうその先へ駆け出した。「コウッ、コウッ!」声をかけながら、建物をグルリと回る。


 「コウ……?!」

 足元にキラリッと光る金属片があった。

 恐る恐る広い上げてみる。

 『コウ・シマザキ大佐 NO.00-000-15』

 銀色で平ぺったい金属の板だ。チェーンを通せるように五ミリほどの穴に金属の耳がつていた。

 そこにこびり着いた茶色い血痕。


 「ふん、ふぅん、ふぅーん。そっか、そうか、そう来たか? そっか、そうなんだねーーーーって、そんなわけねぇだろっが!」

 コウのドッグタグ(認識証)だった。


 「ぬがぁぁぁぁぁっ!」


 絶叫とともに、ミスリルの剣を引き抜いた。あたり一面をビリビリッと闘気が揺らした。

 ドンッ! と足元の地面が窪む。


 「おのれーーー。おのれカノン・ボリバルッ! ただじゃ済ませねぇぞ。なますに刻んで、肥溜めに叩き込んでやるよ」

 充血した瞼の血管が破れたのか、血の涙が溢れて来た。

 

 「ウォォォーーーッ!」

 凍りつくような咆哮を上げる。


 「「「ギョェェッ!」」」

 捕獲されたコモドドラゴンが、怯えた鳴き声を上げ、冷え冷えとした闘気に当てられた獣人どもが、毛皮を逆立たせて縮こまった。


 索敵を全方位に展開する。この日この『カグラ』に一匹の鬼が誕生した。

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