煙幕を張ったんだが

 俺が放ったファイヤボールは、敵に届く筈もなくフラフラと両脇の家屋の軒下に落ちた。


 風がフゥーーッと吹いた。鉄臭い匂いがする。

 カノン・ボリバルが、ハッ?! と辺りを見回して声を上げた。

 「止まれッ! 火薬の匂いがするッ! 罠だッ」


 バァンッ! 爆風と共に真っ白な粉塵が舞い上がった。

 辺り一面が真っ白な煙に覆われた。


 ◇◇


 「ブハッ、ゲホッ、ゲホッ!」

 「く、くさぁッ! なんだこの匂いは?!」

 あちこちで悲鳴が上がる。

 目の前は真っ白で、おまけにひどい匂いがする。


 視界が利かなくても匂いだけで戦える獣人用に、アンモニアの詰まった火薬を仕掛けてやった。

 オキナ奪還の際、乱戦になった時にぶつけてやろうと準備したヤツなんだがここで役に立った。


 「おえッ!」

 「鼻が、鼻が曲がるッ!」

 

 ふふふッ! 我ながらナイスーーーってくさあぁッ!

 「オェッ!」俺まで嘔吐えずいてどうする?!

 鼻の奥がツンっとして、涙まで出てきやがる。

 ガスの来ない物陰に駆け込むと、水道石から水を絞り出し、目と喉を洗浄した。


 「ブヘェッ、ガハッ、ボェッ、ん、んん。あーー、あー、ヤバかった。アンモニアって、すんげぇヤバいんだな?!」

 刺激臭にやられて真っ赤に充血した目で、後方からの追撃を確認する。


 シュンッ、シュンッ! 

 と後方から光の矢ライトニングが煙幕を切り裂いて、獣人どもに襲いかかって行った。


 後方から追撃を受けて、後続の獣人たちがこちらに逃げ込もうと押し寄せてくるが、こちらはこちらで煙幕に巻かれ立ち往生している。

 

 五、六人は通れる街の通りが、煙幕に巻かれ動けずにいる先陣がフタをする形で大渋滞になっていた。

 

 「どけぇッ、前を開けろッ!」


 「バカッ! 前にも敵がいるッ! 俺たちが風穴を開けるから、お前らはそこに踏みとどまれッ」


 「ゲホッ、ゲホッ! ま、前は毒ガスがーーー」


 「?!ーーー毒ガス?! 横だッ! 風上に押し戻せッ、」


 あちこちで、バラバラな指示が飛ぶ。

 カノン・ボリバルの姿も、揉みくちゃにされて見えない。ここまで混乱させたら、立て直しどころでは無いだろう。


 教会の鐘楼しょうろうから、声が響いた。

 凛とした、よく通るコウの声だ。


 「コウヤッ! 良くやったッ、今すぐ地面から離れろッ」

 コウの声に振り向いた。


 地面から離れろって、どうすれば良いんですかっ?


 素早くあたりを見渡す。


 「?! あれだッ!」

 目についた窓枠を足場に、二階の窓から張り出している窓枠に飛び付くと、途端にコウの鋭い声が響いた。


 「ダブステップ!」


 パチーーンッと弾ける音がして、地面に青白く光る稲妻が這い回った。


 「ババババッ!」


 「アベベベッ!」

 たちまち五、六人の大柄な獣人が転げ回る。


 (あー。あれは嫌な痺れなんだよなぁーー)


 以前遭遇した魔人が、使っていた魔法だ。

 俺も喰らった当事者だからわかるんだが、勝手に身体が痙攣して立っていられない。

 案の定、手にしたライオットシールドを手放し転げ回っている。

 コウのヤツもう得意技にしてやがる。


 「光弾ライトニング・ブレット!」

 獣人が転げ回っている最中、続けてコウの声が響いた。


 光る球体が中空に出現すると、ヒュンッ、ヒュンッと辺り一面に無慈悲な光の弾丸を撒き散らした。


 「「「ギャァッ!」」」

 あちこちで悲鳴が上がる。


 白い煙幕が晴れると、あたりには獣人どものむくろが十五、六体ほど転がっていた。


 「やったか?」


 二階の窓の縁から手を離し、スタっと着地する。

 カノン・ボリバルは? 

 風に流されて視界がクリアになる。油断なく辺りをうかがいながら、散らばるライオットシールドを蹴飛ばしてはカノンを探した。


 ーーーいないか。

 煙幕に紛れて逃走した様だ。

 まだ遠くまで行っていないはずだ。あたりの建物を見てまわる。

 痕跡こんせきがあるはずだ。


 目を移すと、さっきまで怒号が飛び交っていた後方の戦場も、大人しくなっていた。

 教会前の広場での乱戦も、魚鱗ぎょりんの陣立てで揉みくちゃにされ、射撃と力押しでねじ伏せられていった様だ。


 「命がおしければ、降伏しろッ! 武器を置いて地面にうつ伏せになれッ!」とサンガ中尉の声が聞こえた。


 あっちは任せて良さそうだな。

 さてと、肝心のカノン・ボリバルなんだがーーー。


 「遮断!」

 あの嫌なしゃがれ声がした。

 シューーッ と何かが噴き出す音がすると、ボンッ、ボンッ、ボンッ! と続ざまに弾ける音がする。


 見ると、向かいの二階建ての建物の窓から銀色の筒が突き出され、白い水蒸気を吐きながら真っ赤な火山弾が打ち出されていた。


 バーーーンッ! と着弾した爆音と巻き起る爆風に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


 「ゲホッ、ゲホッ! チクショウッ、や、やりやがったなッ」

 爆音のした方角を見ると、教会の鐘楼しょうろうが吹き飛ばされていた。

 コウが潜んでいた筈の鐘楼しょうろうだ。

 

 「?!ーーーコウ?! コウッ!」

 

 そちらに向かって走り出す。爆破の衝撃で止まっていた鼻血がまだ吹き出した。


 「コウッ! コウッ、どこだッ、どこだぁッ!」

 爆発による粉塵が収まると、瓦礫を蹴飛ばして教会の中に飛び込んだ。

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