死地

 追撃を引き剥がし、一息ついたらこれだ。

 飛び道具ボルガニックを放って来やがった。吹き飛ばされた俺は負傷し、足元もおぼつかない。光陰流の息吹で負傷した傷を押さえ込みながら、追いすがって来た騎ドラゴン兵を斬って落とした。


 あと百九十九人だ。上等じゃねぇか? まとめて道連れにしてやるよ。


 「ウォォォッ!」

 俺は血だらけの口から、ケダモノの雄叫びを上げた。それに呼応するように「ケェェッ」と独特の咆哮を上げながら、コモドドラゴンが襲いかかって来る。


 弱った獲物を喰らう事しか頭にないのだろう。真っ赤に裂けた口が次々と眼前に迫る。

 ノコギリのような歯が俺を捕らえようとするたびに、軸足に体を預けてクルリと回り、横っ面を晒す相手の首を叩き落とした。


 闘気をまとわせたミスリルの剣は、硬いうろこで覆われたコモドドラゴンの首をまるで紙でも切り裂くように易々と斬り裂いてくれる。

 

 休む間も無く倒れ込むドラゴンから飛び降りた騎ドラゴン兵が、手槍を投擲とうてきしながら抜刀し斬りかかってきた。

 ビュッ! と飛んできた手槍を剣で払いのけると、左前足をすうっと前に滑らせる。

 振り下ろしてくる剣を左手のバックラー(海亀)で受け流し、よろいの隙間の喉元に剣を突き入れた。


 「ゴッ!」悲鳴ともつかぬ声を上げると、騎ドラゴン兵は足元に崩れ落ちる。素早く剣を引き抜きざま、右手から振り回してきた手槍に対処する。


 キンッ! と音を立てて手槍が半分くらいに切り落とされた。歩兵は使えなくなった獲物を捨てると、剣を引き抜き襲いかかって来る。二、三回剣を突き出すフリをしてこちらの足元にタックルして来た。


 クルリと剣を回すと、逆手に持ち替えてそのまま上から地面に縫い付ける。それでも足を絡め取ろうともがくソイツの頭を踏みつけて、剣を引き抜き首元から貫いてやる。


 「ケェェーーッ!」

 血の匂いに錯乱したのか、コモドドラゴンが後ろ足二本で立ち上がる。

 「うわぁっ!」と悲鳴をあげて騎ドラゴン兵が振り落とされた。五、六メートルは軽くある奴らだ。見上げる様はギラギラしたノコギリの歯しか見えない。


 「シュッ!」口を窄めると、唾液を吹き付けて来た。身を翻して避けると、ベチャッ! と音を立てて地面から煙が上がる。

 ツンッとする酸の臭いだ。

 この臭いだけでも、吸い込むとあたまがクラクラする。


 他のコモドドラゴンも立ち上がって、雄叫びを上げ次々と唾液を吹き付けてきた。飛びのいてはよろめき、フラフラと体が泳ぐ。


 ただでさえまだ足元が怪しい。飛び退くにも、突っ込むにも足がついてこない。

 かくなる上はーーー。


 ガクンッと膝を折った。軽く両足を広げて大袈裟おおげさに両手を広げて見せる。

 「うわぁぁっ!」天を仰いだ。


 やられたフリだ。

 足が動かなければ、向こうから来てもらうしか無い。ドラゴンはバクンッと顎を広げると、目にも止まらぬ速さで噛み付いてきた。

 左つま先を蹴ると、体を半開きにして食いついて来た顎から逃れる。さっきと同じ要領で次々と襲ってくるドラゴンの顎をかわし、晒された首を叩き落とした。


 フゥッ、と息を吐く。鼻から息を吸いながら油断なく辺りを見渡す。右手、左手、クルリと身を翻し左右を見回した。どこもかしこも、敵だらけだ。どいつもこいつも、ギラギラした殺気を放ってやがる。


 もういいかなーーー?


 剣を太陽に翳した。キラリ、キラリと光を反射した。

 一瞬、敵も躊躇ちゅうちょしている。

 何やってんの? おまえーーって顔だ。

 

 太陽がかげった。上空が黒い塊りに覆われる。

 ヒュル、ヒュルと音がしたかと思うと、上空から白い水蒸気を纏って焼け爛れた火山弾が落ちて来た。着弾と共に焼け爛れた破片が辺りを薙ぎ倒して行く。


 「「「ぐわぁぁぁぁぁぁッ!」」」


 「「「ギョェェェッ」」」


 獣人とも、コモドドラゴンともつかぬ悲鳴が、辺りを覆った。ブスブスと焦げ臭い匂いに覆われてゆく。俺はと言うと、半円のドーム状に覆われたシールドの中で涼しい顔だ。

 肩にミスリルの剣を担いで、辺りを見回している。


 「馬鹿な?! コウヤの魔法は『遮断』した筈だッ」目をやると、取り巻きのライオットシールドに守られたカノン・ボリバルが叫んでいた。

 信じられない光景に目を見開いている。


 「コウの火山弾ボルガニックだよッ!」エヘラっと笑って、叫び返してやった。


 コウのヤツ散々待たせやがってーーー。

 俺を囲んでいるシールドは、詫びのつもりか?


 「てめぇの『遮断』なんざ届かないところから、魔法を発動させているのさッ! どうだい? 本家本元の火山弾ボルガニックの味は?」腹立ち紛れに余計なことまで教えてやった。


 「てめぇの『遮断』は相手が見える範囲でしか、発揮出来ねぇんだろ?!」そう言ってやると、悔しそうに口を歪めた。

 出発前にオキナから渡された作戦の詳細を書いたメモには、カノン・ボリバルの異能『遮断』に関する分析が細かく書いてあった。


 一、『遮断』は目に見える相手に発動される。

 二、『遮断』は無限に効果を発揮するわけではない。カノンが対象を認識している間だけ効果が継続すると思われる。

 三、『遮断』は分類出来ていない魔法の一つと考えられる。つまり、魔力が尽きたと同時に解除されると推測される。


 ちなみに、コウはこのメモを見ていない。独自の考察から似たような結論に辿り着いたのだろう。


 「「「グォォォォッ!」」」

 「「「ギャァァッ!」」」

 あちこちから悲鳴は続いている。

 次から次と火山弾ボルガニックは降り注ぎ、見る見る敵の数を減らしていった。

 

 カノン・ボリバルは辺りを素早く見渡すと叫んだ。

 「生き残りは皆聞けッ! ライオットシールドを担いで前方の教会まで逃げ込めッ! 街の爆撃は避けるハズだッ。コウヤは無力化出来たッ! 十分な戦果であるッ!! 総員、全速退避ッ!」

 ライオットシールドを掲げた獣人どもが走り出した。


 「逃がすかよっ......って俺も動けねぇじゃん」

 パンッ、パンッ! と俺を守るシールドに火山弾が当たって弾けている。この場から動けば、俺まで被弾する。


 シュンッ! と目の前を光の矢ライトニングが横切った。

 敵の新手か?! 腰を落として身構える。

見るとガチャ、ガチャと音を立てて近づく集団があった。 光矢弓ライトニング・ボウを装着した金属兵たちだ。

 シュンッ、シュンッ! と光の矢ライトニングを放ちながら、退避する獣人達を追撃して行く。


 (あ?! 一体被弾して倒れたんですけど?!)


 見ると、被弾した金属兵が燃えていた。

 火山弾ボルガニックの降り注ぐ中、そんな事お構いなしで追撃している。三、四十体はいるなーーー。


 「よぉし! 狩りの時間だぜ!! カノン・ボリバル。今までの貸しを返してもらーーー?!」

 そう呟くと、シールドからまだ出れない事に気づいた。

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