ウォークライ

 「今だッ! コウヤの首を取れっ!!」

 カノン・ボリバルがコモド・ドラゴンに鞭を当て疾風の如く襲いかかって来た。釣られるように、騎ドラゴン兵と歩兵がこちらに駆け寄せてくる。


 「のぉぉぉっッ!」


 俺はクルリと背を向けると、街までの道を全速力で駆け出した。


 ハァ、ハァ、ハァ!

 耳障みみざわりな息を吐く音。後ろからは「ウォォォォ!」と雄叫びをあげながら、獣人どもが迫ってくる。ドドドッ! と地響きを立てて追いすがり、時折り手槍が頭上から振って来た。


 ヤバイッ! なんでこうなった?!


 ビリビリッとした感覚に合わせて、剣を振り切る。カチャン! と投擲された手槍を跳ね飛ばした。


 ドキドキがとまんねぇぞ! おいッ!!


 なんでディストラクションが、不発になった?!

 『遮断』を食らったからか? だが、確かに『遮断』の壁は叩き割ったはずだ。

 足を車輪のように回転させながら考えている。


 丹田からの流し込みに失敗したか? 


 体の奥に意識を集中させて見た。

 熱いーーー。

 体の奥に、熱いコーヒーを一気飲みしてしまったような塊がある。左手にもまだ熱が残っている。


 「ブォッ!」

 耳元で謎の咆哮が聞こえた。

 ステップを切って体をずらすと、ちょっと先にベチャ! と液体が飛んで煙を上げた。

 チラリと後ろを振り返ると、もう二、三メートル先まで例のコモド・ドラゴンが迫っていた。そこからさっきの液体が飛んで来たようだ。どうやら硫酸系の唾液を吐くらしい。

 「き、聞いてねぇぞ!」


 時折り吐き出される唾液と、落ちてくる手槍を避けるためステップを切りながら走るせいで、どんどん追いつかれて来た。

 『亀!ーー縮地!!』

 見る見る足元の空間が圧縮され、手繰り寄せられる。

 「うおっ!」

 縮んだ空間に、身を躍らせると剣を小脇に抱えポーチから狼煙石を取り出す。そのまま地面に叩きつけた。

 着地とともにもう一発!

 『亀!ーーー縮地!!』

 視界に映る一番奥の方の地面が、あっという間に手前に手繰り寄せられる。

 「のぉ!」

 変な掛け声とともに、縮んだ空間に飛び込んだ。着地とともに狼煙石を地面に叩きつけ、また縮地で縮んだ空間に飛び込む。

 「ウォォ......」獣人どもの雄叫びが、遠のいた気がした。チラリと後ろを振り返る。


 だいぶ引き離したようだ。

 「ふぅっ」と息をつき、ゴクリと唾を飲み込む。

 んーーー? 

 先頭を走るカノン・ボリバルが銀色に光る筒を小脇に抱えた。


 ボン、ボン、ボンッ! 爆音がすると白い煙が打ち上げられ、ヒュルヒュルと音を立ててこちらに落ちてくる。

 「また、飛び道具ボルガニックかよ?!」

 『亀!ーー』

 縮地を念じるより早く、『遮断』と嗄れた声が頭の中に響いた。


 「のぉぉぉっ!」

 飛び込むように地面を伏せて、頭を抱える。バァン! っと爆音がすると、目の前が真っ白になった。キィーンと耳鳴りがして目がくらみ、痺れる様な痛みが走る。飛び散った破片が、パラパラと落ちて来た。

 鉄の味がする。口の中を切ったようだ。

 まずいーーー。


 「クソッ!」素早く立ちあがろうとすると、足元が揺らいだ。グラグラと地面が近づいては遠のく。

 (なんだよ。地震か?)

 いやーーー。揺れているのは俺の方だ。衝撃波に晒されて、三半規管を揺らされたようだ。鼻血が吹き出してくる。

 「敵は手負いだ! 今こそ刈り取れ!!」

 カノン・ボリバルの声が響いた。


 「「「「グォォォォッ!」」」」

 地鳴りのような雄叫びを上げながら、赤い鎧を来た騎ドラゴン兵が、どんどん迫ってきた。


 「ケッ! ふざけんなって。冗談じゃねぇぞ」


 鼻血を右手の袖で拭うと、ペッと口に溜まった血を吐き出した。ズビズビと鼻血が流れ出してくる。 小脇に剣を挟み人差し指と親指で交互に鼻の穴を塞ぐと、フンッ! と息を通し吹き出した。


 あと二、三分は回復しねぇなーー。と言ったところで待ってはくれねぇか。


 つま先から指先まで意識する。痺れはないか? 握力はどうだ? 剣を握りしめてみる。

 大丈夫だ。ーーー大丈夫。まだ戦える。

 グッと剣を握りしめた。ドンドンっと地面を踏みしめ、足の感覚を確かめる。

 まだふらついてはいるがーーー感覚が戻って来た。


 ゆっくり鼻から息を吸い、ゴボゴボと流れ込む鼻血とともに息を吐き出す。もう口の周りは血だらけだ。

 構うものかーーー。

 スゥーッ、フッ、フッ、フッ、フゥーーーっと鼻から息を吸い口から吐き出した。

 まずは呼吸を整えてっとーーー。

 「フンッ!」と闘気を全身に行き渡らせる。ビリビリとした感覚が全身を循環し、ボウっと体が光を纏った。


 「グォッ!」

 コモド・ドラゴンがバックリ口を開けて襲って来た。「フンッ!」口の中めがけて剣を突き入れ、頭蓋骨ごと挿し貫いた。

 ドウッ! と倒れ込む。その背に跨っていた騎ドラゴン兵が転がり落ちると、立ち上がりざまを斬って落とした。

 

 あと百九十九人だ。上等じゃねぇか? まとめて道連れにしてやるよ。


 「ウォォォッ!」

 俺は血だらけの口から、ケダモノの雄叫びを上げた。

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