そりゃないよ!

 赤色の煙が上がっている。


 俺の位置を、魔眼で見ているオキナと教会で狙撃を狙っているコウ、岩場に潜ませた金属兵に知らせるためだ。

 とはいえ、教会まではまだ距離があるし金属兵には遠すぎて指示が出せない。


 敵の囲みを突破し、カノン・ボリバルを誘き寄せようと四人目を斬って落としたまでは良かったがーーー。

 さて、どうしたもんか?


「そこで、コウヤを釘付けにしろ! 援軍を呼びにやった。遠巻きにして、投槍で削れ!!」

 遠くからカノン・ボリバルが声を上げた。

 「「「オウ」」」

 五人が同時に後ろへ飛び退き、ギラリと光る穂先を俺に向けた。


 「フン! たった一人だぞ? 獣人ってのは群れなきゃ向かってこれねぇのかい?!」

 ちょっと挑発してみる。ムキになって突っ込んで来てくれりゃあもうけものだ。


 「ウガァッ!」

 目の前の獣人がいきなり投槍しやがった。

 ビュッ! と音を立てて飛んで来る。「シールド!」左手の海亀から白い膜が展開され、投槍を弾き飛ばした。

 それを皮切りに、次から次に投槍が飛んで来た。ビュッ! ビュッ! と四方八方から飛んでくる。シールドで弾き飛ばし、展開していない背後から来た投槍は斬って落とした。


 「どうした? もう終わりか? 来いよ! カノン・ボリバル。結着をつけようぜ!!」

 俺を囲んでいる雑魚を無視して、カノンに叫んだ。

 「それとも、◯玉ちじみ上がってこちらにこれねぇかい?!」思い切りバカにしたように、剣を肩に担いでアゴを突き出してやった。

 「葉武者の戯言たわごとか?! それに、そう急ぐ事も無くなったーーー」カノン・ボリバルが笑う。

 

「?!ーーーん?」


 ビリビリとした感覚が襲ってきた。

 ドドドッと地響きが聞こえる。見るとあちこちから湧いて出てきたように、灰色のコモド・ドラゴンに跨った獣人が押し寄せてきた。

 四、五十はいるぞ?!

 ゴクリッと唾を飲む。


 俺の知るコモド・ドラゴンはせいぜい二メートルだ。ところが、こいつらと来たら楽勝で五、六メートルはあるんじゃなかろうか? 背に鞍をくくりつけ、その上に赤い鎧で統一されたいかにもって感じの兵が乗っている。


 そのあとから、駆け寄せてくる足音が聞こえた。こちらも百五、六十はいる。

 歩兵の軽鎧を付けた獣人たちが、地響きをたてて駆け寄ってきた。手には百五十センチほどの手槍を携えている。山岳地帯の足元がおぼつかず、樹木が邪魔になる土地では長槍より手槍の方が取り回しが良いからだろう。


 「さぁ! お楽しみと行こうじゃないか? 」ニヤッ! と笑うと、さっきの兵が連れて来たコモド・ドラゴンにまたがった。


 そうかい?!一対二百なら仕方ないな。

 こっちも奥の手を使わなきゃなるまいよ。


 「燃えちまいな!」

 俺は一言吠えると、左手をカノン・ボリバルに向けてかざした。照準を合わせる。


 『亀! ディストラクション!!』

 左手の海亀の甲羅が輝き出した。

 海亀が敵に向けて口を開く。光の粒が亀の口に吸い込まれてゆき、凄まじい熱線に口の周りの空気から水分が蒸発して雲のような輪っかが発生する。

 

 カノン・ボリバルはゆっくりと左手を掲げると顔を引き締めた。「『遮断』!」

 しゃがれた声が、頭の中に響き渡った。


 「むっ!?」


 ーーー。こんなことは初めてだ。

 体の奥から湧き上がる魔力が左手に集中していたのに、こぼれ落ちる砂時計の砂のように抜けていく。

 「クッーーー」

 奥歯をくいしばる。抜けていく魔力を掻き集めようと意識を集中した。いつもなら熱い塊が天中(頭のツムジのあたり)から注ぎ込まれ、ヘソしたの丹田に溜まり左手へと抜けていく。

 ところが熱い塊は感じるものの、ヘソしたにある丹田に溜まって行かない。サラサラと抜けていく感じだ。


 「どうした? 私たちを焼くのではなかったのか?!」

 白い歯を見せて、せせら笑う。

 

 まだだ! 


 左足を半歩ほど踏み出す。つま先を内側に向けて踏みしめると、外側に絞り出すように踏ん張った。


 『光陰流奥義・魔練鉄心まれんてっしんーーー!』


 魔法を併用する光陰流では、魔力を練ることから始まる。効率良く魔力を練るだけでは無い。

 死力を尽くさねばならない時に、本来の魔力を集中させイメージ通りにコントロールする。

 その際この『光陰流奥義・魔練鉄心まれんてっしん』は全身を鋼鉄のように硬化させて、外敵からの攻撃を遮断し内側の魔力を瞬時に練り上げる奥義だ。


 スゥーッ、フッ、フッ、フッーーっと鼻から息を吸い、ゆっくり吐き出す。

 ケツの穴が引き締まる。丹田の下に皿を置くイメージをした。サラサラとこぼれ落ちる魔力の霧散が止まった。

 ゆっくりと魔力が溜まっていく。そのまま左手に流し込んでいった。

 

 左手の海亀の甲羅が光る。

 「バ、馬鹿な?!」

 カノン・ボリバルが驚きに目を見開いた。


 「『遮断』! 『遮断』!!」


 左手を掲げると意識を集中したようだ。互いの魔力が干渉し、うっすらと俺を取り囲む壁が見える。空気を抜くように魔力を掻き出していくのがわかった。

 再び、魔力が霧散しようとするのがわかる。


 「フンッ!」

 全身に闘気を行き渡らせた。剣先までビリビリと振動する。やがて剣が白く輝き出した。

 「ヌォッ!」

 裂帛れっぱくの気合いと共に振り下ろす。

 パァンッ! とガラスが砕けるように、目の前の壁が弾け飛んだ。壁が破られると、再び熱い塊が天中から侵入し丹田に溜まっていくのがわかる。


 「総員! 射線から離れろ!! 全速回避ッ」声が響き渡りカノン・ボリバルが、左右の障害物を指さした。

 「わぁぁぁッ!」

 獣人たちが、俺の掲げる左手の射線上から逃げ出した。

 モーゼの十戒に出てくる海を割るシーンに似て、今まで獣人の黒だかりだったところがキレイに割れていく。


 「くらえッ!」

 俺は照準を、カノン・ボリバルに合わすと叫んだ。


 「うわぁぁぁぁぁぁッ!」

 悲鳴をあげて射線上にいた獣人どもが、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。


 海亀の口が開く。光の粒が亀の口に吸い込まれていった。やがてその光は、目を覆うほどの輝きを放ちビリビリとあたりの空間を震わせた。


 「【万物突破】ディストラクション!」

 俺の声が響き渡った。


 「「「うわぁぁぁぁぁぁーーっ!」」」

 山岳地帯の首都『カグラ』の山並みに、獣人どもの悲鳴が木霊した。

 


 シュッ! シュ.......ぽんッ


 「え?」


 硬く目を閉じて、頭を抱えていたカノンが薄目を開けてこちらを見た。

 「不発ーーー?!」


 どした? 北辰の守護神! 玄武様よッ!?


 左手に目をやる。

 「不発じゃ」

 俺と海亀が顔を見合わせた。

 

 「ディストラクションは不発じゃ」

 ヒレが生えてパタパタしている。


 な・ん・で・す・と?


 「逃げるのじゃ」そう言うとスボッと甲羅の中に手足と頭を仕舞い込んだ。


 「今だッ! コウヤの首を取れっ!!」

 カノン・ボリバルがコモド・ドラゴンに鞭を当ててこちらに駆け寄って来た。釣られるように、騎ドラゴン兵と歩兵がこちらに駆け寄せてくる。


 「のぉぉぉっッ!」


 俺はクルリと背を向けると、街までの道を全速力で駆け出した。

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