闇討ち②

 コウとの会合が終わり宿まで戻る途中、俺は黒ずくめのニンジャ野郎に襲われた。

 どうやらオキナをさらったのもコイツららしい。誘拐、暗殺、卑怯な事は、なんでもする連中だ。


 「前回は見逃してやったが今度は出来ねぇぜ。最初から最後までてめぇらが、吹っかけて来たんだからなーーー」

 食い縛る歯の隙間から、低い声を吐き出す。

 「何よりてめぇらがコウを泣かした。コウを泣かす野郎なんざ俺が許さねぇ」


 俺は黒い弾丸となって疾駆した。目の前の敵は二人。両手にはクナイが光る。


 「オン マカ キャロニキャ マカーー」

何やら真言の様な呪文を唱えている。

 手に持つクナイが光り始めた。

 どうやら、魔法が使えるらしい。発動まで時間がかかる様だ。なら、発動までに仕留めるだけだ。


 『亀ーーー縮地!』

 俺の左手は海亀が装着されている。海亀は『北面の守護神 玄武』だ。彼に願う事で、高位の魔法が詠唱無しで使えた。

 地面が波打つ。まるで絨毯じゅうたんを手繰り寄せる様に、空間が圧縮された。


 ドンッと疾風と共に一気に間合いを詰める。

 シュッ、シュッと詠唱が終わったのかクナイを投擲とうてきして来た。シールドで弾き一気に決める。ーーー筈だった。


 投擲とうてきされたクナイはシールドを通過して俺に殺到した。

 「のぉぉぉっ!」

 胸元に到達する寸前、偶然ガードを上げていた左手の海亀に弾かれて落ちる。


 (あ、危ねえーーっ、あービックリした)


 ドキドキしながら敵を見る。もう次の詠唱に入っている。


 (これが勇者タガの言ってた武器に魔法をまとわせるって事だな!? あん時真面目にやっときゃ良かった......)


 何しろ異世界いせかいに来たばっかりの頃

だ。魔導師カミーラの尻を追いかけてばかり

いて、まともに修行していなかった。

 とはいえ魔導師カミーラの気を引きたくて、下手なりに魔法発動するくらいは出来るようになっていた。 


 いや、 ほんと下手だけどね。


 (どうするんだっけ? 確かーーー)

 今更ながら記憶を辿たどる。戦闘中に考え事

など命取りだが魚の骨が喉に引っかかった様に気になる。

 

 相手はすでに詠唱を完了したか、クナイを投擲しながら斬りかかってきた。

 (あれはーーー確かーーー)


 『いいか! コウヤ。剣は腕の延長だと思え。その腕に闘気を流し込み魔法を行き渡らせろ。さすれば切れぬ物などない!』

 勇者タガの声が蘇って来た。


 気がつけば体が勝手に反応していた。

 飛んでくるクナイを左手の亀で叩き落とし、剣で空を十の字に斬る。

 ミスリルの剣がまばゆかがやきだしビリビリと振動していた。


 「行くぞッ」

 横薙よこなぎに一閃、ピュン! っと空気さえ切り裂く一閃はカマイタチを巻き起こし目の前の二人を切り裂いた。


 「グォッ! 」

 血吹雪を上げて倒れ込む。後ろから殺到する後続に目をやる。


 一、二、三......六人か?

 挟み撃ちにしようと意気込んで来た筈が片側はとうに崩壊。そして更に向かって来た俺に戸惑っている。たった一人に、ここまで追い込まれるとは思ってなかった様だ。今が攻め時だ。


 『亀ーーー縮地!』

 地面が波打つ。まるで絨毯じゅうたんを手繰り寄せる様に空間が圧縮された。


 「行くぞッ」

 体を前傾すると後続の集団に突っ込んだ。すれ違いざま一人斬り倒す。

 剣を振るうたびに人影はちぎれ飛び、逃げ出そうとする者もカマイタチが切り裂く。


 「バ、バケモノだぁッ」

 恐怖に駆られたか訓練されている筈の黒服面が悲鳴を上げた。

 「誰がバケモノだッ、このコウモリ野郎!」

 フンッ! 上段から唐竹割りに切り裂くと真っ二つになって地面に倒れ込んだ。


 これで六人。全部で十三、四人はほふった。もう討ち漏らしはないか? 更に索敵の範囲を広げる。


 どこだ? どこに居やがる?!


 索敵には引っかからないがさっきから嫌な感じがまとわりつく。


 路地の街灯。照らされたゴミ箱の影。路地の物陰。闇に生きる者なら影に潜む筈だ。見えないところに意識を集中する。


 こんな時俺ならどうする。こんな時俺ならーーー俺ならーーー!?

 「上か?!」

 街灯の奥にある非常階段。その二階から矢が放たれた。こちらからは見えないが、街灯に照らされた俺は丸見えだ。咄嗟に飛び退く。


 キンッ、キンッ!

 矢に削られて石畳が火花を散らした。

 

 「さすがは勇者様だ。索敵にはかからない筈だが勘だけで避けたかーーー」

 スタッ、と非常階段の二階から飛び降りて来た。しなやかな猫を思わせる。


 「ーーーだが、こちらもやられっぱなしじゃすまなくてな。アンタ邪魔なんだよ」

 薄暗い笑いを浮かべて近寄ってくる。


 「誰だ? てめぇーーー」

 どこかで見た顔だ。どこだ?


 「ツレナイな。この前会っただろう? 『赤の一号』と言えばわかるかい?」

 ニタニタ笑いながら近寄って来る。街灯の灯りがその姿を照らし出した。


 「ーーーてめぇだったかい? 道理でムカつく顔だよ」ここ王都ド・シマカスに来る際、 襲われた特急列車ジャックの犯人だ。

 それにコウに見せて貰った資料にも写真があった。


 「おまえがクソ溜『平等と自由の戦士』のヒューガかい? なら話は早い。オキナの居所を吐かしてやる。手荒になーーー」

 光陰流の構え『膝立ち』で腰を落とす。


 ヒューガがクックックッと薄く笑う。

 「その構えからイノシシみたいに飛びかか

って来るんだろ? 馬鹿みたいに?!」

 街灯の照らす灯りから外れると、闇に溶け込む様に消えた。同時にヤツの気配も消えた。


 どうする? 索敵も反応しないし気配も消えた。ヒューガの居場所がわからない。


 どうする?


 冷や汗が頬を伝う。どうする?

 

 何故か有名な拳法家の言葉を思い出す。

 「『考えるなーーー感じろ』だったか?」

 闘気を全身に回し五感を研ぎ澄ます。

 

 ユラリッと空気が動いた。

 シュンッ、と俺の喉元に鋭利な剣が突き出されていた。体を僅かに逸らしながら左手の亀で軌道を逸らす。すかさず剣の引かれた軌道に突入した。


 ドンッ、とヒューガに体当たりを食わせた様だ。

 

 「ぬぁぁぁぁぁぁッ」


 空気さえ切り裂く剣先でヤツの影を薙ぎ払った。手答えは無い。代わりに軌道上にあった石壁が《えぐ》られる。


 「軌道を読むのかよーーー?!」

 ヒューガの低い呟きが聞こえた。

 

 「コウヤさんよ、アンタがバケモノってのは良くわかった。アンタの弱点もな。今日はコレで終わりだ。


 不気味なセリフを残してヒューガは去って行った。現れた時と同じく霞の様に影の中へ、溶け込んで消えた。

 

 

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