闇討ち①

 二人で散々泣いたら楽になった。妙な話だが勇気が湧いた。


 「ああ、やろうぜ。俺たち二人は無敵だ」

 そう言って緩くなったリュールで、カチンと乾杯した。


◇◇コウヤSide◇◇


 明日はナナミと面会予定だ。

 ナナミとは、前回マオの討伐の時知り合った。親父のカイから『妃に』と、ゴリ押しされている。

 領主に成り立てで貧乏領主の俺には、キラキラの十代はちょっと重い。

 リョウがナナミを片想いしてるし、オッサンが高校生くらいの女子を嫁に、と言われてもハイ、と言えるはずもない。

 とりあえず『花嫁修行』の名目でココ王都ド・シマカスに留学させていた。


 明日は『ゴシマカス魔道士学園』で落ち合い、昼飯でも食おうと連絡している。


 確か最初に会った時が十七、八だったから、もう十九か二十歳だな。

 立派な大人だ。魔道士の素質もあったから、今頃は魔道士見習いくらいできるだろ。

 俺じゃ無くても技能持ちの別嬪べっぴんさんだ。

 きっと、もらい手はいくらでもいる。

 ーーーまぁ、久しぶりの再会。楽しみだ。


 再会の言葉やこれからの事。考えながら、夜道を月を見上げて宿への路地に入った時だった。


 スッと背筋に寒気が走った。

 「のおっ!」

 そのまま前に飛ぶ。


 シュッ、と暗い路地の脇道から月明かりを反射して、白銀に輝く槍の穂先が背中を通り過ぎていった。


 「チッ! 勘のいい野郎だッ」

 街灯の陰から低い囁きが聞こえる。

 「誰だぁぁ!」

 ありったけの大声で叫んだ。大騒ぎして人を呼ぶ為だ。

 

 「無駄だよ。ココは俺ら以外、誰も入って来やしねぇ」くくくッ! と押し殺した笑い声がする。


 遠くで歓楽街の嬌声きょうせいが聞こえる。

 人が来る気配はない。素早く辺りを見渡す。

 路地の入り口と出口に二、三人の人影が見えた。索敵さくてきを展開する。


 「ずいぶん用意が良いこった。俺が誰だか、知った上でおそって来たってわけかい? 」

 「ああ。アンタが一人になるのを、ずっと待ってたんだぜ。悪いがこちらも仕事でな」


 暗闇から現れたのは全身黒装束のニンジャ野郎たちだった。

 目の前に三人。路地の入り口に二人。出口に二人。まだ他にも索敵に引っかかったのが三人。


 「久しぶりだな。もっとも、会いたかったわけじゃないんだがね」

 俺は話ながらミスリルの剣の鯉口こいくちを切った。

 辺りを見渡しながら脱出の経路を探す。

 

 どんどん索敵に引っかかる敵の数が増える。

 どうやら、これまでの会話も時間稼ぎだったようだ。


 「お覚悟ができましたか? 辺境卿様?!

 いや、貧乏領主様よ。借金もこれでチャラになる。あの世までは借金取りはか来ないからな」

 くくくッと黒服面の男が笑った。

 

 「てめぇらがオキナをさらったのか?

 元獣人部隊の皆さんよ。暗殺、誘拐、卑怯な手口が得意な連中と聞いてるぞ?」

 俺は小馬鹿にした様に、あおる。


 「だったらどうした? 今からおまえは、その卑怯な獣人部隊に殺されるんだ!」

 黒服面の男が吠える!

 そぉかい?ーーー言外に認めたな!?

 そぉかい! おまえらが、コウを泣かした連中かい?!


 無性にに腹が立って来た。誘拐に闇討ち? そこにどんな正義があるってんだ!


 俺は壁を背につけ低く腰を落とした。

 ギリギリと食い縛る歯の隙間から、低い声で吐き出した。

 「言っとくが、俺は今むちゃくちゃ機嫌が悪いぞ! てめぇら全員ぶった斬る!」


 ドンッ! 闘気が地面を穿うがつ。

 光陰流独自のしゃがみ込むような体勢から、目の前のニンジャ野郎を串刺しにした。

 左右に展開しようと飛び退く一人の脹脛ふくらはぎを切りつける。

 「ぐあッ!」

 「は、早いぞ!距離を取れ!」

 足を斬られて、動きの鈍いやつの胸板を刺し貫く。


 「撒菱マキビシを撒けっ、足を止めろ!」

 パラパラと撒かれる撒菱マキビシを飛び越えて目につく野郎から襲いかかる。

 「フンっ!」

 全身に闘気が渦巻いた。暗闇に関わらず、索敵に引っかかる敵の影を追う。


 「キェェェイ! 」

大柄な黒服面が上段から斬り掛かって来た。

 キンッ!

 ミスリルの剣で横薙よこなぎぎに剣を弾く。

 背中に、氷を押し付けた様な気配を感じた。

 右足を軸にクルリとかわすと、背後から斬り掛かったヤツがタタラを踏む。

 「フンッ」

 体勢を整える前にソイツの脇腹をえぐる。

 「カッ、ングッ」

 暗殺者らしく悲鳴を飲み込んだ。

 「邪魔だよ!」

 そのまま蹴飛ばして壁に叩きつけた。

 正面の黒服面を睨みつける。

 

 「チイッ!」

 ソイツがポーションストッカーから、紫の小瓶を引き抜くなり地面に叩きつけた。

 麻酔ポーションだ。紫の煙が立ち上る。

 吸い込まない様に、息を詰めてソイツの影に突っ込む。

 

 紫の煙から飛び出して来た俺を見て、ソイツが目をむいいた。

 「こ、コイツ!」

 即座に右から剣を横薙よこなぎぎに振るってくる。しゃがみ込み下から左手亀で擦り上げ、そのまま突っ込むとミスリルの剣で貫いた。


 「フッ!」

 串刺しにしたまま走る。

少しでも紫の煙から離れたい。頃合いを見て、剣を引き抜き振り返る。


 「チィ、投げ網だっ、絡め取れ!」

背中で声がする。

(敵に解る様に指示を出すなよ)

 思わず苦笑いをしながら「フンッ!」とむくろになった敵を引き剥がす。


 そのまま更に細い路地を探し逃げ込んだ。人が二人並んで歩けるくらいの道幅だ。

 「そっちの路地に逃げ込んだぞ!」

 低いが遠くまで通る声だ。流石に、良く訓練されている。


 左手に腰ほどもあるゴミ箱が目について、その影に潜む。間をおかず音もなく、二人が駆け込んできた。

 「ようっ」と声をかけると慌てて振り返る。僅かな光を反射して剣がひらめく。


 「フンッ!」首筋を横薙ぎに切り裂く。

 「フッ」更にもう一閃。ドサリと崩れ落ちる人影を飛び越えて走る。

 

 「そっちに行ったぞ! 回りこめ!」

 索敵で左前方から駆けてくる人影を感知した。後ろから更に二人。

 俺はクルリときびすを返すと後ろから来た二人に駆け寄った。

 「来るぞッ」

 低い叫び声を上げると、胸元からクナイを引き出し投擲とうてきして来た。

 キラリ、キラリッと光った軌道を頼りに、クナイを左手の亀で払い除け斬りつける。

 

 「フンッ!」

 ヤツが飛び退くより早く、胸板を貫く。

 「クアッ!」

 あと一人。抜刀して襲いかかる黒服面を、横薙よこなぎぎに切り倒した。

 ササササーーーっと後ろから駆け足の足音が聞こえる。


 シュッと風切り音が聞こえた。


 クルリと反転するとシールドを展開する。ブワンッ! と展開されたシールドに、投網が広がりハラリと落ちてゆく。同時に放たれたクナイも弾き飛ばされた。


 全身に巡った闘気のおかげで、暗視が効いて来た。闘気は五感を通常の三倍に引き上げる効果がある。


 「前回は見逃してやったが今度は出来ねぇぜ。最初から最後まで、てめぇらが吹っかけて来たんだからなーーー」

 食い縛る歯の隙間から低い声を吐き出す。

 「何よりてめぇらが、コウを泣かした。コウを泣かす野郎なんざ俺が許さねぇ」


 俺は黒い弾丸となって疾駆した。

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