酒と泪と男と女な件

 「かぁちゃん! 座敷ざしき借りるよ」

そう声をかけて上がる先には、所々歯の抜けたおばちゃんがリュールを注いで待っていた。


◇◇コウ視点◇◇


 「まま、まぁ先ずは乾杯と行こうゼ」

 飲んでいる場合じゃないのだろうがーー。ニコニコ笑うコウヤに連れられて、此処ここに来てしまった。


 「乾杯!」

 カチンとグラスを合わせコウヤに勧められるままにリュールを流し込む。


 「かぁちゃんっ、ボアのテール煮と串焼き一つずつ。それとーーー芋揚げ? で、良いか? ん、それ二つな」


 コウヤがかぁちゃんと呼ぶのは、この世界で知り合ったこの店のオーナー。

 コウヤの事を、自分の死んだ息子と勘違いしている。

 『かぁちゃんと呼ぶと喜ぶから』ってコウヤなりの優しさらしい。


 かなり前、修行時代に同じように煮詰まった時此処ここに来たと思う。


 「なぁーーー話せる範囲で良い。何があった?」

 コウヤはバカばなしが一段落し、ちょっと間が開くと真面目な顔になって尋ねて来た。


 「ーーーん。そだね。これから力を借りるんだからね。正直まだ混乱してるから、上手く話せないかも知れないけどーー」

 私はふぅっと息を吐いて話し始めた。


 極秘で旅行に出かけた事。魔眼で監視されていた事に気づいた事。

 シャワーを浴びている間に、オキナが消えていた事。それからの騒動ーーー。


「でも何も、進まない。こうしている間にも、あの人は拷問されているかも、山岳地帯は寒いから病気になっているかも、こうしている間に、あの人は、あ、あの人は、あの人はーーー」


 言葉にならない。目からポロポロ溢れる涙に後から、後から想いが溢れてくる。 

 コウヤは、黙ってそんな私を見ていた。


 「な、なんで? なんで、あ、あの人が辛い目に遭ってるのに、あ、あたし、こんな所に、い、いて良いのかな? 

 あ、あの人が苦しんでいるのに、な、なんでお酒なんか、の、飲んでるの? 

 だ、ダメじゃない? ねぇ? ダメだよね」


 疲れているところに酒が入ったせいか、思ってもいない言葉が口を突いて出てくる。


 コウヤを責めてる。コウヤは悪くないのに。

 でも、もう止めようと思っても言葉が勝手に出てくる。


 「なん、なんで? なんで、あたし達が、ね、狙われるの? ほ、他のヤツだって、い、一杯いる、い、いるじゃない?

 オ、オモダルだって、し、死ぬかと思っても、もうダメかと、思っても、が、頑張って。そのあとだって、ひよ、ヒョッコとか、言われたって、頑張って、評議員になって、あ、あたし頑張ってたじゃ、ない?」


 もう八つ当たりだって分かってる。コウヤが困った顔をしてる。でも抑制が効かなくなっていた。


 コウヤは、 んーーーッて口をとがらせて

てのひらで目をおおった。

 ズズッて鼻をすするとおしぼりで顔を《おお》う。

 ズビズビって、鼻をかみながらポロポロ泣いていた。


 「すまんーーーコウ、スマン。辛かったなぁ。 お、俺はこんな事しか、してやれねぇから。い、命懸けっで、やってやるからよ。許してくんなよ」

 情け無いくらい泣いてる。


 「ば、バカ、おまえが泣くなっ。泣きたいのは私だ。おまえが泣いたら、だ、誰が私を、な、慰めるんだ」


 「な、なんだ?! な、慰めて欲しいのか、泣きたいのか? どっちなんだよ?」

 いつか見た仔犬の様に、八の字に眉を下げてズビズビに泣いてるものだから、なんだか可笑しくなってきた。


 「何その顔ーーーホント情け無いッ。あんた男でしょう? 何一緒に泣いてんの? あんたってホントーーーちょっと笑えるんだけどーーー」


 「泣いてるクセに笑うなっ、泣きながら人の顔見て笑うなんて、なんてヤツだよーーーん、んんッ」


 二人揃ってふぅーーーって深呼吸した。


 何故かスッキリした。憑き物が落ちた様に、冷静になった。

 コウヤが一緒に泣いてくれたからだ。

 「コウヤーーーありがとう」

 化粧も落ちて、目の周りがパンダになっているんだろうけどお礼は言っとく。


 「へ、へへ......もう良いのか? 俺を許してくれるのかい? もっと責めても良いんだぜ」

 お手拭きで涙をぬぐいながら笑った。


 「フンッ、おまえなんか責めたって、時間の無駄だ。カエルの顔になんとかだ。化粧直してくる」

 と言い残して席を立った。


 ふぅーーー。深呼吸をして、落ち着かせながら化粧を直す。

 お手洗いの鏡を見ながら、演習で失敗して泣いた夜の日を思い出した。


 一緒に泣いてくれる同志がいる。絶対に裏切らない強い味方がいる。まだ戦えるーーー。うん。

 勇気が湧いて来た。


 ドドドッ、て音を鳴らして座敷に駆け戻る。

 「コウヤ、ありがとうね。勇気が湧いたよっ。一緒にオキナを助けて。お願いだよ」


 コウヤはしばらくポカンとしていたが、ニパッと笑った。


 「ああっ、やろうぜ。俺たちは無敵だ」

 そう言って、緩くなったリュールでカチンと乾杯した。

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