第66話 え ぴ ろーぐ

 ふぅーーっ。俺は二ヘラっと笑った。


 「これにて一件落着!」


◇◇

 馬車を連ねて、集落へ向け洞窟から出発だ。

 「先触れでハン、コビン、先に行ってくれ。首を長くして待ってるだろう。一刻も早く無事を知らせてやれ!」

 「うん、わかったっ! ご馳走を作って待っとくように言っとくよ」

 おいおい。

 自分たちが食いたいんじゃないのか?


 「じゃ、私はこれで」

 砂塵を上げて走り去る二人の馬を見送ると、コウがバックパックを背負って魔法陣を展開し始めた。


 おいおい!

 立役者が居なくなってどうする?!

 あと一日だけと、頼み込んで一緒に集落まで来てもらう事になった。


 「そんでね! 目の前にこーんな‥‥‥」

 馬車の中からナナミの弾んだ声がしている。どうやら、カイや救出した面々に今回の事の顛末を話しているようだ。


 頼むから盛るなよ。


 「先に行ってますね」

 サイカラは金属兵の損傷が気になるらしく、トレーラーの爆音を響かせて走り去った。


 ここにいる面々だけでなくサエキ上皇、オキナ、王宮呪術士、魔導師を含めたくさんの人たちが力を貸してくれた。

本当に『おかげさま』だ。


 「うー。うー」

 サラが、相変わらず自己嫌悪にさいなまされているようで

 「サラ、もう大丈夫だって。無事解決出来ただろう? 今はそれを喜べ!」

 と声をかけてやるんだが、俺を見るたび顔を赤くして小さくなる。時間がかかりそうだ。


 ま、生きていてくれるだけ良かったか?


 なんて事考えているうちに集落に近づいてきた。


 ん?

 眉を潜めた。


 出迎えにしては人が多くないか?

 集落の百名どころか、五〜六百名はいるのではないだろうか?

 何故か全員佩刀してるし、槍まで持っている。物騒なことになっているのか‥‥‥?

 怪訝な顔をしてカイを見るが、カイは笑って首を振った。


 「カイ、カイッ、カイッ」

 「偉大なる翼よ、蒼き狼よっ。よくぞ戻ってきた」

 さまざまな歓声が混じっている。


 なんか横断幕まで旗めいてるゾ?! 大事おおごとになってるんじゃないだろうな?


 カイって凄い人気者なの?


 コウが顎でツッと差して言った。

 「当然だろう。辺境国とは言え、最大部族の主梁の出迎えだ。近場の集落は、ほとんど来てるんじゃないのか?」


 そなの?


 着飾った馬(けっこう派手)を連れたハンが、ニコニコしてやってきた。

 カイが皆に手を振って声援に応えてる。こちらに向き直ると、俺に騎乗しろと促す。


 え?


 この馬カイのためじゃないの?


 ???


 ? マークがいっぱいな俺を、さぁ、さぁってするもんだから困った俺はコウを見た。

 「感謝の意を伝えたいんだろ。黙って乗れ」

 コウは爽快に笑う。


 いいのかな?


 ついこの前まで俺はよそ者だったんだが。

 「カイ! みんなおまえを待っていたんだ。おまえが乗った方がいいんじゃないのか?」

 カッカッカッカッ!

 カイが笑った。


 「なんの、なんの。御領主さま、あなたは命の恩人だ。私たちだけじゃない。部族みんなの恩人だ」

 そう言うと、馬から降りて早く乗り換えろと腕をクルクル回す。


 俺はカイの勢いに押されて、馬を乗り換えた。俺の手綱を引くのはなんとカイだ。さすがに驚き、やめろと言うとまた

 カッカッカッカッ!

 と豪快に笑うだけで、大勢の部族民の待つ広場まで馬を引いてゆく。


 やがて広場に着くと、大音声だいおんじょうを張り上げた。

 「やあ、やあっ、みんな心配かけたなっ。ここにおわすは新しい領主様だ。俺たちを命がけで救い出してくれたっ」

 ニコニコ笑いながら見回す。笑ってるんだが凄い”威”だ。


 「誇り高き《風の民》よっ! 義に厚く、何者も恐れず、信を尊び、何者にも屈しない《風の民》よっ、皆に問うーーー。我々風の民が、”恩”に報じるものは何だッ?」


 「「「義だ」」」

 全員が拳を振り上げ、喉も枯れよと叫ぶ。


 「皆に問うッ、我々風の民の命より大事なものは何だ?」

 「「「信だ」」」

 「皆に問うッ、我々風の民の誇りとは、何だ?」

 「「「勇気だ」」」

 「その全てを持つものを、我々は何と呼ぶ?!」

 「「「王だ」」」

 「ここにおわす方は、その全てを持って我等を救ってくれたッ、この方こそ我等の王だ!我等の王ッ、コウヤ様だ!」


 「「「ウォォォォーーーッ!」」」


 その場にいた部族民全てが、拳を突き上げた。もう歓声どころの話ではない。地響きだ。


 俺はびっくりして回りを見回す。

 「さぁ、さぁ!」と広場にある演壇にまで押し上げられた。


 全員の前に進み出たカイが、ムンッと辺りを睨み回しクルリと俺と向き合った。


 「この偉大なる我等が王にッ、全員、拝手ッ」


 その場にいた全員が、左手の掌に右の拳を叩きつける。

 ぱぁん!

 そのまま心臓の前まで持ってくると、片膝を着いた。


 壮観‥‥‥。


 いや、いやいや、ちょっと待て! 俺だけの手柄になってないか? そんなのはフェアじゃ無い。


 「あーっ、ちょっと聞いてくれッ。歓迎は感謝する。感謝するんだが、救出できたのは俺だけの力じゃない。そこにいるコウ評議員や、サエキ上皇、ゴシマカス魔道具開発のサイカラ、いろんな人が助けてくれたからだ! みんなのおかげなんだ! だから‥‥‥おかげ様なんだ」


 ??

 皆さん顔を見合わせていらっしゃる。何を言いたいんだ? 俺は?! 脂汗が出てきた。


 ふぅ! とため息をつくと、コウをチラ見する。

 コウはニヤニヤ笑っていたが、声を張り上げた。

 「そうだっ、偉大なる王の要請ならばこそ皆がそれに応えたッ。讃えよ、我等が偉大なる王コウヤ!

 永遠なれっ、《風の民》よ。万歳バンザイ!」

 全員が昌和した。


 万歳バンザイ万歳バンザイっ、万歳ーーー。

 幾年月いくとしつきも。永遠に。俺は涙目になった。


◇◇

 酒宴が始まった。

 各部族の代表や集落の長が、引っ切りなしに挨拶に来る。コウとサイカラも一緒だ。


 広場にはあちこちで火が焚かれ、羊の丸焼きを囲んで話の華が咲いている。

 盛んにコビンとハンが、武勇伝を語り散らしてるようだ。


 「そん時さ、俺はもうビックリさ! だって目の前に山よりでかいブラック・ドラゴンだぜ!? そりぁびびるよ。ソイツが口をガバって‥‥‥」

 そんくらいにしとけよ。盛るなよ!


 カイが近づいて来た。キタエも一緒だ。リョウがナナミを守るように連れている。

 「コウヤ様! この度は主人が‥‥‥」


 カイはニコニコ話を聞いていたが、コウをチラリと見てこっそり耳打ちして来た。


 「コウヤ様。こちらにいらっしゃるコウ様は、フィアンセにあらせられるのかな?」

 急に真顔になって尋ねてくる。

 「ーーいや。昔からの同志というか恩人だな。そう、ずいぶん世話になった」

 「‥‥‥とすれば、まだお決まりの人はいない?」

 何か含んだ言い方をする。

 「まぁーーーそうですね」

 それを聞いてカイがニッコリ微笑んだ。


 「実は、キタエとも話してましてね。うちのナナミを、お預けしたらどうかとーーー」

 なんだ? 就職??

 「はい。いや、もしコウヤ様が、気に入っていただけるのならきさきにしていただければと」


 妃? つまり嫁?!

 「《風の民》の忠誠のあかしです。きさきの一人にーーー」


 まてっ、まてッ、まってぇっ!


 いきなり縁談? 嫁にどうだって言われても、今の俺はナナミを親戚の子供のように感じている。

 忠誠の証に人質みたいな嫁取りなんて、冗談じゃない。


 「私なら構わないよ。コウヤ様が良いなら。だってお母ちゃんも、そうやって(人質の時)お父ちゃんと出会ったワケだし。なんて言ったってコウヤ様は強いっ。魔人が来ても、きっと守ってくれるに決まってる!」


 ナナミ、気付けよっ! リョウの気持ち。リョウが泣きそうになってるぞ!


 「それとも、ナナミが気に食わない所でもありましたでしょうや?」


 カイ、怖いからっ、目が笑ってないから!


 「気に食わないなんてとんでも無い。ただーーー」


 俺の悪い癖だ。つい流れで返事してしまう。

 カイの顔がパァ! と明るくなった。

 「ナナミ、キタエッ、良かったな!? 我等が王に、気に入って頂いていた様だぞ!!」


 まてっ、待ってくださいッ。話の続きがあるの!

 もう少し聞いて欲しいのっ!


 俺は慌てた。カイが、キタエとナナミを抱きしめている。リョウが泣きそうな顔で立っていた。

 これは夢だ。いつか見た夢の中だ! だが、何故かつねる頬が痛い。


◇◇◇

 俺は今、婚約パーティー会場にいる。

 色とりどりの花が生けられ、四、五百人はいる貴族の面々とひっきりなしの挨拶に忙殺されていた。


 コウが近づいて来た。

 「コウヤ!」

 コウが、挨拶してくる貴族様たちをすり抜け近づいて来た。

 「今日はありがとうなっ。おまえも忙しかっただろ?!」

 コウの顔が心なしか赤い。祝酒を飲み過ぎたのか? その隣にはオキナが立っていた。


 「コウヤ殿、まずは辺境の王となられた。心よりお祝い申し上げる。そして、私たちのためにご足労頂き感謝する」


 「オキナ殿。感謝するのはこちらの方だ。我が部族の為に、随分とお骨折り頂いた。この度は誠におめでとう」

 ーーーそう。

 ここは、コウとオキナの婚約パーティー会場だ。

 同志二人の晴れやかな門出。

 二人の幸せいっぱいの笑顔が痛い。


 パタパタッ! と白い鳩が舞い飛んだ。

 まぁ、そんなワケだ。

 辺境伯になれと言われて、飲んだのも。

 婚約パーティーを、忘れた振りをしたのも。


 惚れた女の門出を祝う。今回は笑って祝おう。


 俺は、コウとオキナの肩をガシッと抱いた。

 「俺も今より百倍幸せになるっ。おまえ等は、千倍幸せになれよ」


 いろんな思い出が、走馬灯の様に流れる。ほんと『おかげ様』だな‥‥‥。


 俺はニパッ! と笑った。


第二章 おしまい

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