第61話 く び

 黒こげの卵がひび割れて、中からしわくちゃのミイラ化した生首が浮かび上がる。

 あとから糸に引かれるように、マオが立ち上がった。


◇◇

 ネタは割れてっぞ!

 速攻でその気味の悪い生首を叩き落す!


 「シッ!」


 ふわりっ

 「ん?」


 避けられた。


 「シッ、シッ、シッッ」短い気合いと共に、何度も叩き落そうと剣撃を振るうが、そのたびにふわりふわりと避けられる。

「こんの・や・ろ・う!」


 夏場の蚊を追い回す状態になった。

 的が小さい上に、まるで質量がないようにフワフワ浮かんでいるからやりづらい。


「コウヤッ、もういい。下がって!」

 コウから声がかかる。


 パッと飛び下がると、コウがシールドで生首を覆う。剣撃が効かないなら覆ってしまおうってか?  だがこいつの吐く黒い霧は、シールドを侵食するぞ? 


 しわくちゃの首が、口を開くとガサガサした声で泣いた。


 「ゲェエェッ、ゲェエェッ!」


 黒い霧が、口から吐き出される。

 逆さにした電球の中に、墨汁を流し込むように球体の中が黒く染まってゆく。

 やがて風船に、黒い水滴が付くようにポツポツと滲み出てきた。


 「ファイヤ・シールド!」

 コウのシールドが上書きされる。耐熱のアイス・シールドで、閉じ込めたあとだ。今度は別のシールドを張って、有効なシールドを探るつもりらしい。


 それでも、風船に黒い水滴が付くようにポツポツ

と滲み出てくる。

「コウヤッ、準備しとけよ。多分そうもたない」


 「どれくらい持つ?」


 「私に聞くな! 割れたらしまいだ」


 「りょーかいッ」


 ふぅーーッ。


 俺は薄く目を閉じて、口からゆっくり息をはきだした。全神経を研ぎ澄ます。


 ーーー点を突く。

 一点を撃ち抜く。

 例えロウソクの火のように、揺らぐ的だろうが芯を突けば消える。

 シールドが割れる一瞬を突く。ぼんやりと気配を感じた。


 シールドがジワジワと侵食されてゆく。やがてパッカリと、シールドは剥がれ落ちた。充満した黒い霧が溢れ出してくる。

 五百円玉ほどの黒い点が透けて見えた。


 「シッ!」


 コンッ! と乾いた音がした。コロコロと転がってゆく。マオの体も見えない糸で引きずられるように、転がって行った。


 「ゲェエェッ、ゲェエェッ!」


 ミイラの首が、その大きさに不釣り合いな大声で泣いた。ミシリ、ミシリと大きく口を開けてゆく。


 (うわっ、気持ち悪っ!)


 ミイラの首が、ガサガサした声を発する。

 「や、約束。の、カタを、もらう」

 声ではない。脳内にメッセージが放り込まれる。

 俺は鳥肌が立った。


 糸に引きずられる様に、マオがミイラ首に引き寄せられてゆく。

 「嫌ッ、嫌ッ! やめてぇっ」

 意識を取り戻していたマオが悲鳴を上げた。


 「やくそくーーーしたああーーっ!」


 カッパリと大きく口を開けると、黒い霧を吸い込む。黒い霧がマオを包み込み、墨汁が水に広がってゆく逆回転の映像を見るように、その口に飲み込まれていった。


 な、なんだ? 何が起きている?


 「ゲフゥッ」


 満足げなミイラ首が、中空に浮かんだまま巨大化してゆく。三メートルほどの巨大な首が出現した。

 能面のようにお歯黒をした半開きの口は薄笑いを浮かべ、ガサガサだった肌は艶やかな肌に変わっている。


 目は半開きだが、異様な目力めじからだ。

 髪は長く垂れ下がり、毛先がウネウネとうごめいていた。


 「ふおふおおっ、ふぉほほほ。爽快じゃ! およそ1万年ぶりの娑婆じゃばじゃ。ふぉほほほぉーーっ」

 ベチャベチャとした声で笑う化け物を、俺たちは唖然として見上げている。


 (((なんだ? このバケモンは?!)))


 「なんなんだ? てめぇわっ! 気持ち悪すぎて吐き気がするわっ。おまけにてめぇの仲間まで喰らいやがってッ。大事な証人だ! 元にもどさねぇと叩っ斬るぞ」

 俺はバケモンに吠えた。


 バケモンはジロリと、俺を見据える。

 「ずいぶんと威勢が良いのぉほほほ。我はキシボシン。人は我を《始まりの人》とも呼ぶがのぉほほほ」


 笑い声まで気持ち悪い。


 「首だけの人がいたら見てみたいわっ! おまえはだだのバケモンだ」


 「首だけぇぇ? わたし首だけぇぇ? わたしのからだは? どこにいっちゃったのぉほほほ? からだぁ! からだぁ?!」

 グルグル回り辺りを探しているようだ。


 今頃、気がついたのか?

 「うわぁぁ、わたしのからだぁぁ。わたしの体がなぁいぃぃ! わたしのからだぁ!」


 目から赤い血の涙が流れ出す!

 「足りないぃぃ! 体の分が足りないぃぃ。からだぁを寄越せぇぇ! 寄越せぇぇー!! おまえのからだぁぁ! おまえを喰ろうて、体にしてやるぅぅ」


 完全な復活が出来ず、首だけになったのか?

 どの道見たくもないが。


 バックリと口を開けた。口の中には真っ黒な闇が広がっていた。

 「寄越せぇぇー! おまえのからだぁぁ」

 髪の毛を逆立てて襲いかかってきた。


 俺は全身に鳥肌が立った。


次回 し な ず

俺はふらつく!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る