第33話 塵 芥

 シールドで囲まれた球体の中で、白い炎が踊り狂った。

 引火するように、次々と炎が吹き荒れる。


 ブゥワン!!


 密閉された空間に、灼熱の球体が出現した。


 ーーー閃光が収まり静寂が戻る。

 黒こげになった魔王オモダルが、横たわっていた。


 「‥‥‥我が、敗れ、る、とはの。

 あ、アッバレ、よーーーだが、我は、何度でも、蘇る‥‥‥

 ひ、人が、我を呼び、戻す。

 己が、憎悪 で、欲 で、己を満たそうとする、限り。そのものの、心、が、我と、なるのだ‥‥‥ふ は は は」


 そこまで呟くと、魔王オモダルはその肉体を塵芥と化し崩れ去った。


 コウは呆然と焼け跡を見ていた。


—コウヤ視点—-


 (なんだろう?)


 (暖かい雨が降っているーーー)


 コウヤはぼんやりと考える。

 しとしとと頬にかかる。まるで人肌のようで暖かい雨。


 (疲れているから拭わなくてもいいや)

 とても暖かで心地よい。


 遠くから声が聞こえる。

 誰かを呼んでいるみたいだ。


 ‥‥‥ヤ ‥‥‥ウヤ‥‥コウヤ

 「‥‥‥コウヤ! コウヤ! コウヤ」


 (うるさいな。せっかく人が休んでるのに、大きな声を出すんじゃないよーーー)


 「コウヤ、コウヤ、コウヤッ!」


 「だからうるさいって!」

 そこでコウヤは目が覚めた。


 ん? ん‥....? どしたの?


 ポロポロと泣くコウの顔が映る。

 髪の毛が顔に当たってちょっとうるさい。


 こちらを覗き込んでいる目から、ポロポロとコウの涙が落ちてきてコウヤの頬を濡らす。


 「どうしたの?」

 コウヤは口を開こうとして、カラカラに乾いているのに気づく。


 (コウの膝枕か? 悪く無いなーーーちょっと首が痛いけど)

 ーーーふふ。


 コウはハッ! としてコウヤに目を凝らす。

 「気がついたのか?‥‥‥い、生きているんだな! んっ、んぐっ。生きているんだな?! コウヤ!」



(あーあ涙と鼻水まで出して。せっかくの美人が台無しだぞぉ......)

 コウヤは可笑しくて、ちょっと笑った。


 「コウヤ! 返事をしろ。生きているんだな! 聞こえるか?! 聞こえてるのか? 返事をしろってっ」


 「......大丈夫だ......」

 コウヤは声を出そうとするが、口の中が乾いて声が出ない。


 仕方ないので口を少し開けて指差す。

 声が出ません‥‥‥


 「水か? 喉が渇いているのか? ちょ、ちょっと待ってろっ、待ってろ。

 すぐ持って来るから、すぐ持って来るから待ってるあいだに死ぬなよ」


 慌てて辺りを見回すコウ。


 携帯応急ポーチが転がっていた。

 魔王との戦闘の際に、弾け飛んでいたらしい。

 片袖を引きちぎると枕にし、コウヤの頭をそっと下ろした。

 中を開けてみると、ポーションが見つかった。

 が、小さめの栄養ドリンクほどしか入って無い。


 コウヤのもとに駆け戻り、飲まそうと口元に近づけためらう。


 僅かな量しか入っていない。

 たとえ一滴でもムダにしたくはない。

 意を決すると、コウは自らの口に含んだ。


 そのまま、口移しでコウヤの口に流し込んでいく。驚いたように、目を見開いたコウヤだがなされるがままに目を閉じる。


 ほんのりとだが、コウヤの頬に赤みがさしてきた。


「あ、ありがとう......」

 かすれた声が出た。


 コウは涙を拭うと顔を上げた。

 ふぅーーー。深呼吸をして少し微笑む。


「無理に話すな。生きていてくれたら、それでいいから。それだけでいいから」

 なんだか安心した。


 「なぁコウ‥‥‥」


 「なんだ? コウヤ」


 「俺‥‥‥ 。惚れちまったようだ」


 「なっ、なっ、なにを! なに言ってる?」


 「なにをって‥‥‥そのまんまだ」


 「み、見境のない奴だ!」


 「へへっ。照れてやがる‥‥‥」


 ふ、ふふ ‥‥‥。


 コウが微笑む。


 「まぁ、コウヤらしい......か」


 ふふふ。


 へへっ。


 二人の静かな笑いがあたりを包んだ。

 そしてコウヤは安心したのだろう。また瞳を閉じた。

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