第6話 欲に目が眩み

「なんなんだぁー?!」

 勇者タガは頭を抱えていた。

「弱すぎる。頭も、体力も、反射神経も......。こいつゴミだ」


「ダァから無理って。ね?! そもそもあん時も玄武(亀)の力なんだから。『体育も頑張りましょう』 評価なの! 修行、修行ってーーー。もう、泣いちゃうわッ」コウヤはむくれていた。


 頭から湯気が出そうな勇者タガが叫ぶ。

「泣きたいのはこっちじゃあっ。このままではこの世界は滅びてしまう! 時の間でしか生きられない俺では救えないのだ。頼むッ救世主ッ、救世主様っ、修行して強くなるのだ。世界を救ってくれ」


「断る!」


「この世界の何億と言う命が、かかっているんだ! お前が守らなければみんな死ぬんだぞッ?!」


「なんで俺なの? 他にもいたでしょうが?! プロの軍人とか格闘家とか......無理なんです〜って」コウヤはもう完全にふてくされて、三角座りし膝を抱えて動かない。


「お前、子どもかッ」


「あら?! もう終わってたのぉ?」

 甘ったるい声が、後ろから聞こえた。


「カミーラ?!」

 コウヤの声が裏返った。黒ずくめの、やたらと体に密着したつなぎを着た女魔導師カミーラが立っていた。


 はちきれんばかりの胸元。見事にくびれた腰から、すらりと伸びた足が艶めかしい。

 ぷるんとした厚ぼったい唇を、ピンクの舌でチョロッと舐めーーー。

「じゃぁ‥‥‥こっちで、 しよ?」

 とささやいたじゃありませんか?! 甘い香水の香りがふわっと包む。


「はい? はいっ? なにをしてくれる......?

 いや、なにするのかなあ?!」コウヤの鼻息が荒くなった。


 胸元のジッパーを、ゆっくり下げてゆき、谷間が大きく見えたっと思ったら首元まであっさり締めてしまった。


(え? ええーーーーーーッ? もうちょい、なんとかなりませんかね?!)


「基礎練まだなの? あっ! ごめんねー!」

 カミーラは上目遣いでチラッと見ると、スッと耳元で囁いた。


「終わったら......ね。......後でねッ!」


「ハイ!」

 裏返った声で返事をすると、コウヤは勇者タガを振り返った。血走った目と、鼻息が凄い。


「さあーっ、サッサとやりましょう! 勇者タガよ。トットっと終わらせましょう。基礎練とやらをッ。なんせ、世界を救わねばならないデスからね! あーっはっはっぁーッ!」


 勇者タガの目線が痛い。だがそれがどうした?! なんか問題ありますかね? 的な感じで完全無視して型を始めるコウヤ。

「こいつゴミってより、アホだな?」


◇◇

 一週間過ぎた。


 シュ、フォンッ、シュイーンッ! 煌めく槍先、空を切る槍の音がキレッキレのリズムを重ねていた。


「驚きだな......。スケベ心も極めると、馬鹿に出来ないのかもしれない」勇者タガが驚いている。

「頭の上に乗せた杯の水も、こぼれてないぜ」


 槍術基本の形 「突く」「打つ」「払う」だ。

 ブレると風切り音すら出ない。体が上下すると頭の上の杯の水も溢れる。

 最短、最速の軌道で手槍を振らねば、この音は出ないし、なかなか両手でもここまでキレの良い音は出せない。 


「心は鏡のような水面の如く、天地一つの軸となし、腰の要は点となす。ふふふーーー驚きましたかな? 勇者タガ。さぁ基礎練は十分でしょう‥‥。基礎練終わりにして休憩にしましょう」


「よーしっ、今日で基礎練は卒業だ。次は手槍に魔力を纏わせ‥‥‥ん? どこ行く? コウヤ? コウヤーッ」


 コウヤは残像だけ残し、走り去っていった。


「カミーラ先生ーっ、どちらですかぁ? 基礎練終わりましたよお〜カミーラ先生、いやさッカミーラぁ」


「呼び捨てにするな、先生だぞッ」

 飛び込んでいった先に待ち受けていたのは、革靴の底だった。


 ゴスッ! 顔面に蹴りがのめり込む。

「ん?  お前は......? 」


 顔面から靴底を剥がし、涙目で加害者を見ると

コウヤはワナワナと震え出した。


「島崎ーーー 島崎コウ! お前がなんで‥‥‥?!」

 ーーー嫌なやつにあった。


「で? なんだ? 当たり前だろうが。私は魔導師SS召喚者だ。魔法修行だ」


 島崎コウは前世の勤務先『ブラック商会』の

トップセールスウーマンだ。

 コウヤより五年遅く入ったくせに、それこそ新幹線が自転車を追い抜くスピードで追い抜き、初の女営業課長になった。

 コウヤの嫌いな勝ち組だ。


「あら? コウヤくん基礎練終わったの? 」

 カミーラがヒョイと顔を出す。


「はっはっはぁ〜♪ 基礎練ですからね。まっ、私にとっては準備運動に過ぎませんーーフッ」

 シユッ、と手槍を突く動作をする。


「練習も終わりましたので、あの、あのときの続きなどを.......。ねっ、ねっ? ハア、ハア」


「ん? なんだ? 先生となんか約束あったのか?」島崎が怪訝な顔をする。


「ん? コウちゃんも約束してたの? 」


「いやっ、勘違いデス。アナタ不注意ですからッ。約束してませんよね? 気をつけて下さいね」

 コウヤはいかにも心外ですぅって顔で、島崎を見つめる。


「ところで先生っ、あの時の続きをお願いします!」カミーラに向ける笑顔は爽やかだ。


(早く消えろ島崎!)

 目が血走っている。

「うーん? どぉっしょかなぁ〜? じゃあ、いいこと考えた。コウちゃんと一緒にしよ!」


(えっ? 二人いっぺんに......? 体力持つかな? いや島崎はいらんな。冷たそうだしなーーー)


「私は 別に構いませんが......」

 島崎の答えを聞いて驚きましたよ。ええ!

 いやー! 見た目と違って大胆な‥‥‥


「じゃ、これから魔法の修行をします! コウヤくんは槍に魔法を纏わせる初級魔法で、コウちゃんは中級まで終わったから上級魔法ねー」


(え? 修行なの?)


「そーだよお私、魔導師だもん。コウヤくんは基礎練終わったあ・と・で(魔法の練習)しよって約束したもんねー」


 グァボッ‼︎ コウヤのHPはゴッソリ削られ、その場に崩れ落ちた。


次回 コウヤは大金に目が眩み次のステージへ

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